第1話 友達の作り方(強制)
黒田は一通りの書類に目を通した上で、署名と拇印をして部室から出て行った。
相変わらずドアを閉めなかったので、素直が怒りをぶつけるように勢いよく扉を閉じた。
そして、廊下に向けて舌を出していた。
「べーっだ。あんな態度を普段からしてるんだったら、幼馴染さんから嫌われても当然だよ」
「まあまあ、素直さん。少し落ち着いてくださいな。強気な態度には男らしさも感じるじゃありませんか。ガムでも食べますか?」
「わーい。澄香先輩大好き」
素直は澄香の指ごと食いついた。澄香の手が唾液でべとべとになったが、特に気にすることもなく水道で洗い流していた。アルコール消毒もきちんと行っている辺り、衛生には気を使っている様子だ。
「貞彦さんも、いかがですか?」
「貰うよ。ありがとう」
「どういたしまして」
澄香は微笑む。
貞彦は、受け取ったガムを何気なく眺めた。なんの変哲もない、ボトルに入っていた長方形のライムガム。
ひょいと口に放り込んだ。
清涼感のある、落ち着く味。
「少し落ち着いたようですね。それではお二人にお聞きします。黒田さんのこと、どう思いますか?」
澄香の問いかけに、貞彦と素直は一瞬目を合わせて言った。
「嫌な奴」
「やな奴」
「あらあら。少し嫌な感じだった、というわけですね」
口調では困っている感じを出しつつも、澄香は口元に手を当てて笑っていた。
本来なら困る場面であるはずなのに、裏腹に笑顔なところは魅力的でもあり、得体の知れない感情も想起させる。
ぱんっ、と澄香は両手を合わせた。
「今は最初の印象が強すぎて、冷静な分析はできそうにないですね。それなら、順番は違いますが、先にお相手の調査をいたしましょう」
貞彦は依頼を受けてからの流れを思い出していた。
依頼を受けてからの順番として、
依頼内容と達成目標の確認。
現状の分析と推論。
実態の調査。
見直しと道筋作り。
道筋を作ったら作りっぱなしではなく、なかなか計画が進まない際には再度見直しが行われる。
たしかそういう流れだったはずだ。
細かいルールや注意点などはあるが、気を配るのはその時でいいと貞彦は思った。
「お名前は……
「わたし知ってるよ。小柄で可愛らしい感じの子だ」
「小柄って、素直よりも小柄なのか?」
貞彦がいらぬことを言うと、素直は目を尖らせた。
「わたしよりもちょっとだけ大きいよ。でも心の広さは貞彦先輩以上だね」
「心の広さが関係あるのか?」
「そういうとこ気にしてる時点ですでに狭いよ」
あからさまな挑発だが、貞彦は少しだけ傷ついた。
「貞彦さんの心が狭いことは、それはそれで魅力じゃないですか」
澄香は素直に諭すような口調で言った。
明らかな善意だが、貞彦はけっこう傷ついた。
貞彦の様子を知ってか知らずか、澄香は素直に質問した。
「心が広いというのは、何かそう思う理由があるのですか?」
澄香の質問に、素直は頭をわしわししながら考え始めた。
勢いで言っただけだと貞彦は思っていたが、素直なりに思い当たることはあるようだった。
「うーんとね、クラスが違うから噂だけなんだけどクラスのみんなにお菓子を配ったり、掃除当番を代わってあげたりしているみたい」
「なるほど。他に感じることなどはありますか?」
「見た目はおっとりした印象かなあ。てきぱきとしている感じではないかも」
「友人関係などはどうでしょう?」
「広く浅くって感じかな。おとなしめのグループにいるけど誰にでも話しかけられるような」
「ありがとうございます。素直さん」
清香は素直の頭をなでた。素直はわかりやすくふにゃっとしていた。
澄香は頭をなで続けてはいたが、口元の笑みは消えていた。おそらく何かを考えているようだ。
状況が膠着したまま五分ほど経過して、澄香はついに話し始めた。
「やはり話しているだけではわかりませんね。これ以上のことは、美香子さんに直接お伺いしましょう」
「直接って、一体どうするんだよ。素直が知っているつっても、クラス違うみたいだし、いきなり色んなことを聞くのはハードルが高いんじゃないか?」
貞彦が疑問をぶつけると、澄香は安心を促すように、笑みを浮かべた。
「予想した人物像通りであれば、相手のことを考えすぎるあまり、人に譲りやすい傾向を感じます」
「なんとなくわかるけど、それがどう話をすることと繋がるんだ?」
「シンプルなことですが、断り辛い状況を作ることと、友達になることです。少々強引ですが」
断り辛い状況を作って、友達になる。
言葉にするだけなら簡単かもしれないが、貞彦はどうすればいいかはわからなかった。
「今回は素直さんに頑張って頂きます。お願いしますね、素直さん」
「わたしなんだか友達を増やしたくなってきたなー」
貞彦が嫌な予感を感じていることには目もくれず、澄香と素直は一緒になってニヤニヤとしていた。
貞彦の嫌な予感は、見事に的中した。
まずは素直の友達ネットワークを利用して、大見美香子の居場所を特定した。
ちょうど良いことに彼氏と思われる男性と下校しているということだったため、タクシーを使って先回りをした。料金は全額澄香が支払った。
幸い、まだ彼氏と二人でいたため、タイミングを図って素直が二人に突っ込んでいった。文字通り。
ぶつかったことを謝罪している時の二人の態度は、鳥肌ものだった。
「ぶつかっちゃってごめんなさい……あれっもしかしてB組の大見さん? すっごい偶然。わたしD組の矢砂素直って言います。大見さんと前から話してみたかったんだ」
唖然としている大見美香子と彼氏が冷静に戻る前、すかさず澄香が切り込んでいった。
「うちの素直ちゃんがごめんねぇ~。大丈夫? 二人とも怪我はないかしら? これはもうなんとお詫びをすれば良いやら」
ペコペコと忙しなく頭を下げる澄香など、貞彦は見たことがなくてドン引きしていた。
「い、いやそんなお詫びだなんて。それじゃあ僕たちは」
彼氏が大見美香子の手を取って歩き出そうとした瞬間、素直はもう進行方向に立ちふさがっていた。
「デートの邪魔しちゃったのはごめんね。だけどわたしもこのお詫びをしなくちゃ生きていけないんだよ」
「ど、どういうことなんですか?」
ようやくしゃべった大見美香子は、弱弱しくも澄んだ声色をしていた。
勝機と見てか、澄香はいきなり涙ぐみ始めた。
「私たちは……呪われているんです」
「の、呪い?」
貞彦は、そんなことは初めて聞いたと思いながら、茶番を静観していた。
「ええ……人々に感謝の念が足りないという嘆きから生まれた神様、お詫びしニャンに遭遇しちゃって、人に迷惑をかけてしまったらきちんとお詫びをしないと……」
澄香はわざとらしく言葉を切った。
彼氏と大見美香子が、気迫に押されたのか生唾を飲み始めた。
貞彦はお茶を飲んでいた。
「お詫びしニャかったニャー! と夜な夜なお詫びしニャンに襲われてしまうのです。シクシク」
「えーんえーん」
二人して泣き出したことで、彼氏と大見美香子の冷静さはすっかりと失われてしまった。
彼氏と大見美香子は、小声で相談を始めた。瞳の色は困惑に満ちていたが、沈んだような表情から、罪悪感もなぜか感じているようだった。
諦めたように彼氏は溜息をついた。
「そ、それじゃあ、お詫びをしたいっていうのなら受けちゃおっかな?」
「ほんと! ありがとう!」
「ありがとうございます! お二人は命の恩人だよ!」
澄香と素直は、抱き合ってバンザイを始めた。貞彦は見逃さなかった。
満面な笑みの中で『してやったり』と言わんばかりの邪悪な光を。
帰宅部に戻るっていうのも、悪くはないよな。
貞彦はいつ頃この部活動を辞めようかと、算段をつけはじめた。
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