第2話 女子たちは仲良くなるのも一瞬
貞彦たちは、澄香に連れられるままに喫茶店に入った。チェーン店の喫茶店で、貞彦も何度か利用した経験があった。
店内は六割ほどの客入りで、ちょうど仕事を終えた社会人や学生が大半だった。
澄香は入り口からもトイレからも距離がある端の席を選んだ。理由はわからなかったが、何らかの意図があるように、貞彦は感じていた。
六人掛けの対面テーブルの席で、奥から素直、澄香、貞彦の順で席についた。対面には、大見が奥に座り、彼氏が続いた。
全員アイスコーヒーを注文した。澄香だけはガムシロップ抜きだった。
「かんぱーい!」
「いぇーい!」
「飲み会じゃねぇんだから」
テンションで押し切ろうという魂胆に、貞彦は義務的にツッコんだ。
彼氏と大見美香子の視線は定まらず、ソワソワと落ち着かない様子を見せていた。
「まずは二人の緊張をほぐして、関係性作りから始めましょう」
澄香は貞彦に耳打ちで伝えた。
内容はあまり入らず、吐息の温かさが貞彦の耳に残っていた。
「緊張していると思うから、まずは自己紹介しよっか。名前と組と、好きな食べ物を言ってください」
澄香の促しで、素直は「イチゴパフェ!」とフライング気味に発言し、少しだけ場の空気が緩まった。
まるで合コンのようだ、と貞彦は思った。といっても、合コンの経験はないのだが。合コンを実際に行うなら、きっとこんな感じなんだろう。
自己紹介は進み、彼氏の名前が
自己紹介を終えたところで、貞彦は困っていた。初対面でないとはいえ、話をするのはほとんど初めてのメンツである。
これから会話をどうやって展開していくのか、貞彦には良い話題を考え付いてはいなかった。
澄香は小声で貞彦に話しかけた。
「貞彦さん困っているようですね」
「当たり前だ。ほぼ初対面の相手と、一体何を話せばいいんだ」
貞彦も小声で答えた。
澄香は柔らかく口元を緩めた。
「私の聞きたい話は、二人の思い出です。どんな出来事があって、何を感じて、お互いをどう思っているのか、です。目標が分かれば、話す内容も明確になりますよ」
二人が思い出を話してくれるように質問を考える。
例えば、いつから付き合っているのかとか、二人が付き合うのにはどんなきっかけがあったのとか。
なるほど、目標が定まったことで、質問の内容も思いつくようになっていた。
澄香はウィンクした。
「でも、一番大切なこと。それは相手に興味を持つこと、ですよ」
貞彦はそう言われて初めて、大樹と大見の二人をしっかりと観察してみた。
お互い学校の制服を着用している。着崩した様子もなく、真面目な性格がうかがえる。二人は密着しているわけではなく、拳二つ分くらいの距離がある。まだ体の接触は恥ずかしいのだろうか。
机の上に置かれた、二人のスマートフォン。お揃いと思われる星型のストラップ。
でもなぜだろうか。大見のものだけ、少しくすんで見えた。
「そのストラップ、二人で買ったものなのか?」
「え?」
大見は困惑の様子で聞き返した。
「いや、同じものに見えたんだけど、少し色が違って見えたから、なんとなくな」
何気なく聞いた一言は、予想外に空気を重くした。
二人にとっては答えづらい質問だったかもしれない。強張った様子の二人を見れば、貞彦にも察しがついた。
しかし、その理由はまるでわからなかった。
「ここで出会ったのも何かの縁だし、トランプでもやって盛り上がろー!」
「おー」
空気を読んだのか読んでいないのか、唐突にトランプを取り出した素直に、貞彦は感謝した。
太田がトイレに立った時、貞彦はわき腹をつつかれた。つついたのは澄香だ。
澄香の視線を太田を追っていた。どうやら一緒に行けということらしい。
「ごめん、ちょっとトイレ行ってくる」
「いってらー。貞彦先輩お腹弱いもんねー」
大見は心配そうな目で貞彦を見つめた。
「違うわ!」
トイレに入ると、男性用小便器が二つ並んでおり、右側に太田がいた。
ためらいはしたが、覚悟を決めて隣に立った。
「よっ」
声をかけると、太田は驚いた表情をしたが、体勢はそのままで会釈を返してきた。
「久田先輩もトイレですか」
「ああ」
五秒ほどの沈黙。
尿意があまりない貞彦は、まだ用を足せない。
チャックを閉める音、太田の方は終わったようだ。
貞彦は、俺はどうしてうまく話を切り出せないんだ、と自己嫌悪に陥っていた。
「あの……久田先輩」
「お、おう」
ようやく出かかったものも、話しかけられてひっこんだ。
「さっき、ストラップのことについて聞かれたじゃないですか」
答えの得られなかった質問。太田は答えられなかったことを気にしていたようだった。
「お揃いの物かなって思ったんだが、なんだか大見の物の方が古い感じがしてさ。カップルがお揃いの物を買うのなら、両方とも新品のものじゃないかって思ってさ」
「よく見ていますね」
太田は正面を向いていた。何を言うべきなのか、考えているように見えた。
その間、貞彦は用を足していいものか悩んでいた。もし太田が話し始めた瞬間に出てしまったら、なんとなく格好がつかない。
一旦用を足すことを諦めた時、太田が口を開いた。
「久田先輩がご察しの通り、あれはお揃いのものではありません」
「やっぱりそうなのか」
「ええ、彼女が持っていた物を、僕も買ったんです。彼女に対する――誓いとして」
瞳が吊り上がり、柔和そうな表情が男の相貌に変わった。
「誓い?」
「ええ。大きな声では言えませんが、彼女には好きな人がいたんです」
貞彦はなぜかドキりとした。
大見と付き合うべきだという幼馴染、現在の彼氏、好きな人。
話がどんどんこじれていくような気がしていた。
「好きな人がいることはわかっていたんですけど、どうしても彼女のことを放っておけなかったんです」
「好きな人がいたっていっても、今は太田くんと大見さんは付き合っているんだよな。お互いが同意の上でなら、別になんの問題もないんじゃないか?」
貞彦は言った。好きな人がいるといっても、口ぶりからすると付き合っていたわけではないらしい。
交際関係であったのなら問題なのかもしれないが、ただ片思いであっただけなら、なんの問題もないのではないかと思ったのだ。
太田は、弱気な少年の相貌を見せた。
「問題はないです。まだぎこちないですけど仲良くやっていますし。でも」
太田は言葉を区切った。
吐き出すように、再び口を開いた。
「怖いんです。僕が彼女に好きでいてもらえるのかどうか。もし僕が情けない姿を見せてしまったら、彼女から見捨てられてしまうんじゃないかって」
太田は不安に潰されそうなのか、ぎゅっと拳を握りしめていた。
貞彦はとても困っていた。依頼者である黒田の応援をしなければならないのに、太田の方に気持ちは寄り添ってしまっている。
傲慢に幼馴染と付き合うべきだという黒田よりも、大見にとっていい男でありたいと悩んでいる太田の方を、好ましく思ってしまったのだ。
なんとか太田を慰めたいと思ったが、経験が少ない貞彦はどうすればいいかわからなかった。
心の中の澄香に助けてと問いかけると「貞彦さんなら大丈夫ですよ」という言いそうな言葉が返ってきた。
まるで役に立たない。
貞彦は太田を慰める方法を必死に考え出した。
「大丈夫だ。君はとても魅力的だ」
口説くようなことを言って、太田を抱きしめた。
経験が少ないことで、貞彦のやり方はどこかズレていた。
「あ、ありがとうございます」
まるで告白のような行為にも怒らない太田は、本当に優しい男なんだろうということを知ることができた。
気まずい雰囲気で二人が席に戻ると、女子三人は養鶏場のように盛り上がっていた。
「あ、おかえりなさい貞彦くん」
「なあ、俺たちがいない間にどうやってそんなに盛り上がったんだ?」
女子三人はなんだかニヤニヤしていた。空気に打ち解けていなかった大見ですらも、柔らかな表情をしていた。
澄香が答えた。
「女の子が盛り上がる話題っていうのはですね、好きな子の話題と、男の子の話題と、ちょっとした愚痴などですよ」
悪戯をしかけている時のような笑みだった。
「一体何を話してたんだよ」
「貞彦先輩には教えませんよーだ」
生意気に笑う素直を見て、貞彦は頭をかきつつも席に座った。
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