相談内容① 幼馴染を振り向かせるためには Only one beautiful flower
プロローグ 幼馴染と付き合うのは運命……か?
「だからさ、俺と美香子は幼馴染なわけ。いわば運命で結ばれた関係なわけ。なのに勝手に彼氏を作るなんて、おかしいじゃんか?」
自分勝手すぎる主張に、
勢いよく扉を開け放ち、相談者の
どんな相談を請け負うと言っても、自分勝手としか思えない相談すらも聞かなければいけないのか。
うんざりとする貞彦の隣から、ガタガタと椅子の動く音が鳴っていた。
貞彦が横目で見ると、後輩女子である
まだ貧乏ゆすりでごまかせているだけ、彼女なりにがんばって我慢しているのだろう。
二人分の苛立ちで空気は悪くなっているが、気づく様子もなく黒田は続ける。
「小学生の頃はからかわれているところをよく助けてやったし、俺のお嫁さんにしてやるって約束までしたのに、これって浮気だよな」
何が浮気だよ。浮き輪みてえにしてやろうか。
貞彦は意味不明な罵声を心の中で浴びせた。
ガタガタ音もテンポアップする。素直の怒りもボルテージアップ気味だ。爆発する時もそう遠くなさそうだ。
早くなんとか言ってくれ。じゃないともう限界だ。
祈るように斜め前の黒髪に視線を突き付ける。当然だが表情はわからない。
メインで話を聞いているのは、相談支援部の部長である
今までの相談内容に、恋愛系の物も中にはあったようだが、今回のような自分勝手がすぎるものは、貞彦にとっては想定外だった。
そう考えた時、貞彦は少しだけ楽しみになった。いつも涼しげな笑顔を浮かべる澄香先輩が、初めて怒りを露にするかもしれない。そこまではいかないにしても、軽くお説教じみたことを言い出すかもしれない。
そんなある意味常識的な様子を、貞彦は見たことがなかった。
だからこそ、澄香がなんという言葉で、このむかつく相談者を一蹴するのか、興味が湧いてきたのだった。
さあ、この野郎を一体どのようにしてくれるんだ。
澄香は、大きく二回頷いてから、ついに口を開いた。
「黒田さんの言われることは、ごもっともですね」
「そうだそうだ……え?」
勢いで同意しかけたが、予想外の言葉が飛び出してきて、貞彦は戸惑った。
「おおっ。わかってくれるのか。いやあさすがはスミコ先輩だ。微笑みの聖女の名は伊達じゃないな」
味方を得たことで、黒田はわかりやすく声をあげた。
「いえいえ、そのような呼び名は、私にはもったいないです。あと、私はスミカと申します」
「すまんすまん。澄香先輩だったな。で、俺の気持ちはわかってくれたんだよな」
「ええ。痛いほど」
痛いほど何がわかったというのだろう。こいつの痛さしかわからない。
貞彦は、黒田からは見えないように鼻をほじった。素直はそっぽ向いて耳をほじっている。もはや真面目に話を聞く気にはなれないが、澄香が肯定的に接するのであれば、流れを壊すことはできない。
二人はとりあえず、静観の姿勢を取るように努めた。
「それで、俺の願いってのは、美香子と彼氏を別れさせたいっていうことなんだが、どうすればいいと思う?」
はいはい。どうすればいいんでしょうね。黒田という奴が改心するには。
でも、澄香先輩はこいつの傲慢をも肯定してしまうんだろうな。
「うーん……意中の相手を別れさせたい。黒田さんの本当の願いは、そこなのですか?」
意外なことに、澄香は肯定ではなく疑問をぶつけた。
黒田は、疑問について気にする様子もなく答えた。
「そうだ。彼氏と別れずに俺と付き合ったりなんかしたら、二股になっちまうだろ。それは倫理に反する」
「おっしゃる通りですね。ですが、別れさせるという願いがもし叶ったとしても、それは黒田さんの幸せにつながるものなのでしょうか?」
澄香の疑問に、黒田は初めて眉を曲げた。少しばかりの逡巡。
黒田は再び口を開いた。
「俺は美香子と付き合って、最終的には結婚して幸せな家庭を作ることが目標だ。だからこそ、今の彼氏との間違った関係を終わらせることは、幸せにつながると思っている」
「それはもちろんです。本当の願いはそこですよね。ですが、その場合、幸せという結果はあったとしても、その過程で幸せになれるのでしょうか?」
「その過程の、幸せだと?」
「はい。別れさせての幸せというものですと、おそらくは略奪愛という形になるでしょう。そうなると、もしかしたらお互いの心に、なんらかの影を落とすのではないかと心配なのです」
「なんらかの影? そんな心配はいらないだろ。お互いが愛し合っていれば」
澄香は、ゆっくりと深く頷き、言った。
「ええ。しかし、奪い取った黒田さんにも、罪悪感が芽生える可能性があります。きっとお優しい黒田さんのことですから、美香子様に辛い思いをさせたりする度に気にされてしまうのではないでしょうか?」
お優しいという言葉に、貞彦と素直は吹き出しそうになったのを堪えた。
「確かに、澄香先輩の言う通りかもしれんな。ちょっとしたことで気にしてしまっては、幸せも半減してしまうかもしれない。では、どうすればいい?」
澄香は、まっすぐに黒田を見つめた。
「これはあくまで提案なのですが、黒田さんが美香子様に思いを伝える、というのはどうでしょうか?」
「俺の思いを伝える? 俺の気持ちは十分に伝わっていると思うが」
いやそれはないだろ、と貞彦は心の中でツッコんだ。
「それはなんとも言えません。しかし、思いを伝えることで、自然と美香子様が振り向いてくださるのであれば、それは恋愛における自然な形ではないでしょうか」
「それもそうかもしれないな」
黒田は同意した。
しかし、思いを伝えることで相手が黒田に鞍替えをしたとしても、それは結局略奪愛という形とは変わっていないんじゃないだろうか?
貞彦はそう思ったが、あえて口には出さなかった。
「それでは、最終目標は美香子様に思いを伝える、ということでよろしいでしょうか?」
「ああ、それで構わない」
澄香は立ち上がって移動し、本棚からファイルを取り出し、数枚の書類を抜き出して黒田の前に広げた。
「右から契約書、契約に関する約束事一覧、個人情報保護に関する誓約書になります。ご確認して頂いた上で、署名と捺印を頂けますか?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。たかが部活動の一環で、契約書まで取り交わすのはやりすぎじゃないか?」
動揺が口調に現れていた。偉そうにしているが黒田もまだ高校生の身分である。形とはいえ、契約書というものを突き付けられることは生まれて初めてだった。
「あくまで契約は形だけです。やはり動揺される方が多いので、もちろん簡単にご説明させて頂きます。特に大事なことは三つです」
澄香はゆっくりとなぞるように、契約書の約束事一覧に指を這わせた。
「契約書に署名捺印を頂ければ、そこで契約が成立します。そして、契約が成立している間は、私たち相談支援部の全員は黒田さんに協力をします。法が許す限りどのような協力も惜しまないつもりです。良いですか?」
「あ、ああ」
動揺からは立ち直っていない黒田であったが、澄香は微笑みを添えて、説明を続けた。
「もう一つ。私たち双方はあくまで契約関係であるため、いつでも契約自体は解消することができます。何らかの不都合が生じた場合でも良いですし、目標が達成された時でもかまいません。理由も問いませんし、金銭のやり取りも行われません。場合によってはこちらから契約を終了することもありえます。ほぼないですが」
「わかった」
黒田の同意に、澄香は再び笑みをよこした。
そして、少しだけ真剣な相貌を覗かせた。
「最後に、もっともシンプルな約束事です。私たちは、決して契約者様を諦めたりはしません」
黒田は固い表情で押し黙った。澄香の表情に鬼気迫るものを感じているのかもしれない。
「大体わかったけど、一つだけわからん。こんなことをして、お前たちに一体何の得があるって言うんだ?」
黒田は当然の疑問を口にした。この内容ばかりは、貞彦も同意した。
こんなことをして、何の得になるのか。
かつて澄香に助けの手を差し伸べられ、なんだかんだでこの変な部に所属してはいるのだが、貞彦自身にも何の得になるかなんて、わかっていないのだ。
けれど、これから澄香が何と答えるのか。
それだけは、わかっていた。
「得といいますか……ただ単に――楽しいからですよ」
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