なんでも肯定する澄香先輩といると、他人のラブコメを見せられる

遠藤孝祐

相談内容X 他人のラブコメを見せられる人たち People who wish for happiness

幸せを願う部活動 綺麗な先輩と素直な後輩と

「ありがとうございました!」


 お礼を言って去って行く女子生徒。晴れやかな笑顔を見ていると、少しだけこちらにも笑顔が移る。


貞彦さだひこさん。なんだか嬉しそうですね」


 相談支援部の部長、白須美澄香しらすみすみかに言われ、恥ずかしくなって真顔に戻る。


 久田貞彦ひさださだひこは、自分の顔をぴしゃりと叩き、表情を引き締めた。


「そんなことはないけど」


「頬が真っ赤だよ。ちょっと強く叩きすぎじゃないかな?」


「そんなことはないけど!」


 小柄だが、正直で真っすぐな後輩女子、矢砂素直やすなすなおに指摘されて、貞彦はさらに強がった。


 相談支援部室は、和やかな雰囲気に包まれていた。


 たった今、生徒からの相談依頼をクリアーしたばかりだったからだ。


「それにしても、今回の依頼はなかなか大変だったな……」


「ほんとだよね」


「ええ。彼女が友達と不仲になって、原因は友達の友達にあって、友達の友達は恋人とうまくいかなくて、友達の友達の恋人の友達に相談したところ、友達の友達の恋人の友達に――」


「澄香先輩もういい! まとめればまとめるほど、頭がこんがらがってくる!」


 貞彦は頭痛を感じた。


 最終的には友達の友達の恋人の友達の幼馴染の先輩の友達の後輩の……ともかく多数の人間から話を聞いて、絡まった糸をほどくように、一人一人の思いをまとめあげていったのだ。


 結果的に、友達だと思っていた相手が、友達でいることを望んでいなかった。


 友達から恋人へと関係性が変わって、無事にハッピーエンドに至った。


「それにしてもさ」


「何か気になることでもありましたか?」


「いや、今まで何件か依頼をクリアーしてきたわけだけどさ」


「そうだね。貞彦先輩はほとんど何もしてなかったけど無事に解決だね」


 真っすぐな瞳で素直に言われ、貞彦は少し傷ついた。


 けれど、素直は決して悪意で言っているわけではない。


 ただ単に、素直な気持ちで言っただけだ。


 だからこそ、貞彦はくじけない。


「なんで俺たちは他人のラブコメを見せられるんだ!」


 依頼をしてきた彼女は、友達から恋人になった時、貞彦たちの前でイチャイチャし始めた。


 二人が仲直り出来て良かったと思ったが、もう一つの思いも感じていた。


 なんだこれ。


「他人の幸せな場面に立ち会えるということは、素晴らしいじゃないですか」


 澄香は笑顔で貞彦を諭した。


 なんの曇りもない笑み。眩しすぎて目がくらむようだ。


 澄香は何があっても、決して否定をしない。


 なんでも肯定して、受け止めてくれるのだ。


「幸せな人見ているとこっちもいい気分になるよ。わからないなんて心せまーい」


 からかわれるように言われて、貞彦はまた少し傷ついた。


 どこまでも素直な物言いに、反論は湧いてこない。


「貞彦さん。素直さん。人の悩みというものは色々とあります。ですが結局のところ、悩みの内容は一つだけなのです。何だかわかりますか?」


「悩みが一つなんて、そんなわけないだろ」


「色んな人が色んなことを悩んでいるよね」


 貞彦と素直が言うと、澄香は二人の肩に手を置いた。


「思い通りにならない。きっと、たったそれだけなのです」


 友達と仲直りできないこと。


 恋人ができないこと。


 ダイエットができないこと。


 願いに大小はあるかもしれないが、全て自分の思い通りにならないことが、悩みになっているように思う。


「今回もとても興味深かったです。やはり人と関わることは、とても楽しいですね」


 澄香は嬉しそうに頷いていた。


「確かにそうだけど、やっぱりちょっと疲れるっていうか」


「貞彦先輩は情けないなー。だから友達が少ないんだよ」


 オブラートに包めない素直の物言い。


 貞彦はくずおれた。


「そこまで傷つくの!? ほらほら。解決の記念にみんなでパフェでも食べに行こうよ」


 素直に腕を引っ張られ、無理やり立たされる。


 ちょっと困ったような顔で、それでも可愛らしい笑みを向けていた。


「たまにはいいですね。今日は私が奢りますので、好きなだけ楽しみましょうか」


「やったー。じゃあわたしはジャンボイチゴパフェ」


「奢りと聞いた瞬間にグレードアップするな!」


 わいわいと会話をしながら、三人は歩き出した。


 他人からの相談を受けて、支援を行うという奇妙な部活動、相談支援部。


 騒がしくてわけがわからないけれど、そんな日々も楽しく感じる。


 次はどんな厄介事が舞い込んでくるのやら。


 楽しみをあえて隠して、貞彦はため息をついた。

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