第248話 終焉⑤


 辺りのどこを見ても廃墟と化した、かつてレギンリオルと呼ばれていた土地。

 ここは最早、安全なところなどどこにも存在しない、異形と亜人達の戦争地帯である。銃撃が乱れ、人を喰らう怪物が縦横無尽に暴れ回り、激突する。

 僅かな間の間に人が、亜人が、魔物が死んでゆく。彼らの何倍もの体躯を誇る巨人ですら、その例外ではなかった。


「うぐ、おぉ……」


 黒い怪物に噛み付かれ、空を飛ぶ敵に焼かれ、自分達と同じくらい巨大な化物に突撃された巨人達は、既に虫の息だった。それでもどうにか軍隊の壁になり続けた巨人だったが、最後の一人がとうとう斃れた。


「ガズウィード!」


 五番隊隊長、巨人部隊のガズウィードが、大きな音を立てて家屋に倒れ込んだ。

 その間にも周囲には無数の敵が現出し、巨人へと群がろうとする。そんな怪物を矢で撃ち抜きながら、ベルフィが彼に駆け寄った。巨人はもう、目も見えていないようだった。


「塔へは、辿り、着けましたか……総隊長……ご無事で……」


 目的地である塔には、まだ辿り着いていない。それすら認識できないほど命の灯が消えかかっているガズウィードに、ベルフィは微笑みかけ、告げた。


「――ええ、着きました。貴方達は務めを果たしたのです」


 嘘だった。彼を安らかに眠らせる為の嘘は、効果があった。巨人は安堵の表情のまま少しだけ震えると、そのままぴくりとも動かなくなった。

 ベルフィは彼に近寄り、大きな瞳を手で閉じた。そして、きっと聖女の塔を睨み、どうにかして敵を薙ぎ払いながら塔へと進むハーミスの為、喉の奥から吼えた。


「……皆さん、ここが踏ん張り時です! 死力を尽くし、彼を塔へ!」


 今まで一度だって聞いたことのないベルフィの声を聞いて、『明星』の面々はますます士気を高めたようで、敵は慄きこそしないものの、明らかに塔を守護する暗黒の兵隊を押し込めていく。

 ハーミスやゾンビ軍団、ギャングも同様に、レジスタンスを率いるエルフの意志を背中に感じ取り、前線に更に躍り出て銃撃で敵を撃ち抜く。中には弾切れになったガトリング砲の砲身で敵の群れに突っ込み、殴る者までいる。

 そんな命懸けの戦いのおかげか、想定よりもやや早く、一同は聖女の塔のすぐ真下へと到着した。あれだけの光を浴びたのに崩れてもいない塔に着いた者は全体の三割にも満たず、おまけに誰もが疲弊し、満身創痍。


「よし、着いたぞ! 『装甲型大気圏外加速射出装置』装着、エネルギー充填開始!」


 それでも、誰一人諦めず、為すべきことを忘れていなかった。

 塔にへばりつくようにして立ったハーミスは、ポーチから鎧のようなアイテムを取り出す。かつて『選ばれし者』のリオノーレを撃破した、鋭角的なフォルムが特徴的な装甲をハーミスは纏っていく。

 しかも今回は、背中にとんでもなく大きな筒まで背負っている。彼が装甲を着こみ、青いスリットの入った兜を装着すると、筒が自動的に動き、彼を地面に平行にした。つまり、筒の先端に彼が乗せられているような状態だ。

 そんな姿の彼の体を、青いエネルギーが包んでゆく。この魔力充填が完了すればハーミスは空へと飛べるようだが、塔を囲む敵の猛攻を前に、待ってなどいられない。


「私が魔力を外部から補填します! その間、敵の迎撃をお願いします!」


「言われなくたって、あたし達が死んでも、何としてでもハーミスだけは守るわよ! あんた達、一匹だって化物を近づかせないで!」


 エルが桃色の光でハーミスを包み、クレアが絶叫しながら敵に向かって担いだガトリング砲を乱射したのを皮切りに、最後の防衛が始まった。

 無限にも感じられる、刹那の秒間。一瞬一秒でも気を抜けば死ぬというのに、敵は自分達よりも多く強い。ここはもう、狂ってでもいなければ戦い抜けない地獄だ。


「おらおらおらああぁッ! まだ肩がもげただけじゃぞおおぉぉッ!」


「立派な重傷だ、前に出過ぎるな! 『ゼウス』総員、リヴィオとハーミスを守れ!」


 肩を喰われ、抉られたリヴィオがさらし一枚で敵に特攻しようとするのを、ニコと仲間達が支える。守り続けても勝てないと判断したのか、恐怖に打ち勝とうとしているのか。


「シャスティ、貴女、腕が……!」


「「シャスティ様!?」」


「エルフ秘伝の鎮痛薬を塗り込みました、痛みはありません! それよりもモルディ、カナディ、ハーミスの護衛に集中するんだ!」


 ワイバーン型の化物に手を焼かれたシャスティが、己の腕を鉈で斬り落とした。痛覚を鈍くする薬を使ったとしても、苦痛に顔を歪ませている。そんな状況ですら、彼女が案じるのはハーミスの安全と戦いの勝利だ。


「お嬢様、オットーは、ここまでで、ござ、い、ます」


「ならぬ、オットー、ならぬ! お主はわらわの右腕じゃ、勝手に暇を貰うなど許さぬぞ! 死ぬには早い、務めはまだ果たしておらん!」


 オットーは半身がもげていた。仲間のゾンビ達が必死に守ろうとしている中でゾンビとしての役目を終えようとする従者を抱きかかえ、アルミリアは泣き叫ぶ。かけがえのないゾンビの仲間達が爆散し、引き千切られ、姫の心が軋む。


「ハーミス、どうなってんのよ!? 飛ぶには間に合わないの、まだ、まだなの!?」


「焦ってどうにかなるものじゃないでしょう、私も、ぐぐ……」


 クレアの手持ちの武器がほとんどなくなり、愛用してきた魔導突撃銃ことアサルトライフルのみとなる。エルの魔力注入が限界を超え、彼女の目と鼻から血が垂れる。

 いつなのか、まだなのか。誰もがそう思った時、ハーミスの声が響いた。


「――待たせたな、エネルギー充填完了だ! 行くぞ!」


 彼の全身を包む青い魔力エネルギーが消え、内側に収束されていき、後部から代わりにエネルギーが噴出される。塔を伝って真っ直ぐに、この筒が空に向かって発射するのだ。

 意識すら朦朧とし始めているエルが手を離すのと同時に、ハーミスはとてつもない轟音と青い光と共に、空へと発進していった。その勢いは鳥や魔物が飛ぶのとは比べものにならず、巨大な銃弾が天に向かっているようだ。


「凄い、本当に空を飛んでる……!」


 空を仰ぎ見るクレア達を背にして輪の中へと突き進むハーミスだが、視線を右にずらすと、ワイバーンを模した怪物達がこちらに飛来してくる。


「クソ、こんなところまで追いかけてくるのかよ、怪物連中が!」


 この状態だと抵抗できず、ハーミスは歯を食いしばるが、空を舞う仲間は彼にもいる。


「「グウオオォォ――ッ!」」


「ワイバーン、それにルビー!」


 ドラゴンの姿を得たルビーと配下のワイバーンが、ハーミスと敵の間に立ちふさがって迎撃したのだ。

 ただ、敵の数の方がやはり多い。ワイバーンは圧し潰されて墜落し、敵を一匹撃退しても数が減る様子はない。それでも、ルビーは翼を齧られながらハーミスに叫んだ。


「ハーミス、絶対勝ってね! あいつらをやっつけて、この、邪魔だァッ!」


 翼の一部を齧り取られながら戦うルビーの姿は、あっという間に見えなくなった。前方に顔を動かし、ただハーミスにできるのは、皆の無事を祈ること。


「ルビー、皆……分かってる、絶対にローラを倒す!」


 そして、直ぐ眼前に迫る暗黒空間に潜むはずのローラを倒すこと。


「うおおおぉぉぉぉ――ッ!」


 ハーミスは雄叫びと共に、輪の内側へと入って行った。

 水の中に沈むような感覚と共に、ハーミスの視界は黒く染まっていった。

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