第242話 光輪
レギンリオル東部、とある平野。
この人間至上主義を現在は掲げる国は、中央部と北部、西部は栄えているが、ほかの地域はまだ発展途上ともいえる。東部は特にその特徴が顕著で、草木が自由に生い茂ったここは、最たる例だ。
そんな平野の、地面から少し離れたところ。地面から、頭二つ分ほど浮いた空間に、歪みが生じる。じわじわと大きくなるそれは、やがて周囲を覆うほどの巨大な暗黒空間――キャリアーがやって来るような空間となり、そして。
「「うおわああぁぁ!?」」
亜人が、魔物が、ハーミス一味が、平野に放り出された。
「――よぉし、着地ッ!」
そう、瞬間移動で彼らは、黒い怪物に埋め尽くされた西武グルーリーンから遥か遠く離れた、真逆の地域に飛ばされてしまったのだ。
瞬間移動に慣れたハーミスはすとん、と着地するが、残りの面々は顔から着地したり、ひっくり返ったまま地面に激突したり。その中でもルビーの上に落ちて、仰向けに倒れ込んでいたクレアはばっと起き上がると、ハーミスを怒鳴りつけた。
「は、ハーミス、あんたってば何考えてんの!? こんなスキル知らないし、いきなり視界が真っ暗になったと思ったら、全然知らない荒野に落ちてきたし!」
一方、隣でゆっくりと起き上がるエルとリヴィオは、冷静に状況を把握する。
「ハーミスの新しいスキルの力でしょうね……これだけの数の人間を、どうやら別のところに移動させる能力のようですが……」
「相変わらず、人間離れした能力の持ち主じゃのう……で、じゃ」
クレアを除いて、亜人達は即座に立ち上がって周囲を警戒したし、魔物達もずっと転がっているわけでもない。ここにいるのが彼らだけなら、その必要もなかったのだが。
「お前らはなにもんじゃ? モルディ達と同じマントを羽織っとるのう」
リヴィオが指差した先にいたのは、モルディ達『明星』と同様に緑のマントを羽織った亜人の集団。向こうも相当驚いているようで、武器を構える余裕すらなかったようだ。
エルフ、ホビット、ドワーフ、遠くには巨人まで見える。多くが傷を負っているか、中には動けないほどの重傷者もいる。自分達のように、さっきまで戦っていたかのようだ。
尤も、ハーミスには相手に見覚えがあった。というより、彼女達を座標としたのだ。
「…………こちらの台詞です。モルディ、カナディ、これはいったい?」
凛とした声でエルフ達に問うのは、小柄ながらも『明星』を統べる総隊長、エルフのベルフィである。穏やかだが静かな威圧感に射竦められ、しどろもどろになりながらも、モルディとカナディは全く同じ挙動で弁解を始める。
「「あ、は、はい、総隊長! 私達、ハーミスさんにですね、その!」」
汗だくで説明にならない説明を繰り返す二人の隣で、ニコはベルフィを見定める。
「ほう、彼女が『明星』の総隊長か。背丈は低いが貫禄はあるな」
自分の背の低さを棚に上げる彼の前に、今度は緑のマントを羽織っているが、土気色の連中がやって来る。これまた人数は山ほど多く、先頭に立つのはニコと同じくらいの背たけのえんじ色のロールを巻いたロングヘアー少女と、燕尾服を着た老人だ。
「お主達、どこから来たのじゃ? 見たところ、獣人のようじゃが」
右腕のない少女がじとりとリヴィオを見つめると、彼女は露骨に嫌な顔をする。
「何じゃあ、その喋り方は。わしのパクりか? このリヴィオの生きざまが幾ら有名だと言っても、無断でパクられると困るのう」
「ぱくりとは何じゃ、ぱくりとは! アルミリア・デフォー・レギンリオルを知らぬのか、わらわの高貴な口調を真似するでない!」
「レギンリオルぅ? だったらわしらの敵じゃな、パクりの上に敵か!」
「わらわと敵扱いとは、無礼な! ゾンビ軍団、この者をとっちめい!」
取っ組み合いの喧嘩になりかねない二人を諫めるのは、冷静な二人の役割だ。
「お嬢様、冷静に。私はオットー、『明星』の一員にございます。お見知りおきを」
「僕はニコ、獣人街のギャング『ゼウス』の頭領だ。ハーミスの仲間として戦線に加わった。お互いそのようだからな、先ずは喧嘩を止めようか」
「最優先事項でございますな」
ニコとオットーが、ゾンビとギャングの喧嘩を止める隣では、説明がまだ続く。
「「えーと、何だか分かんないのが襲ってきて、ですね、えっとですね……」」
未だに会話にならない単語を乱発する二人では話にならないといった調子で、ベルフィと、彼女の右腕である金髪のエルフ――黒い弓のシャスティは、ハーミスを見た。
「……貴女達も混乱しているようですね。ハーミス様、状況を説明してもらえますか?」
「私どころか、ガズウィードや他のメンバーまで相当驚いているぞ。あんなトラブルの後に、いきなりお前達が落ちてきたんだからな、ハーミス」
げんなりした様子すら感じられるシャスティの声を聞き、ハーミスはふと気づいた。
「……こっちでも、お前達のところと同じ現象が起きた、ってとこだな。ここでも人が、訳の分からない化け物に変身したんじゃねえのか?」
シャスティが目を見開くと、ハーミスの疑いは確信となった。
「どうしてそれを!? まさか、そっちでも……」
ハーミスが頷いた。おかしな様子に気付いたのか、離れたところで休憩していた他の『明星』の亜人達も、こちらに集まってくる。
山ほど、とてつもない数の亜人と魔物。恐らく、『明星』の所属者、全員。
亜人達、魔物、ワイバーン、獣人、ゾンビ。様々な種族が集まってくるが、いずれも共通点は一つ。腕を組んだハーミスによって助けられ、戦うと決めた者達だ。
「ああ、俺達はグルーリーンで聖宮殿をぶっ潰してたんだが、人間達が変身して人を喰い始めたんだ。だから、仲間を皆集めて、ベルフィのところまで瞬間移動したんだ。移動できる範囲で、一番安心して身を寄せられるのはお前だからな」
説明はともかく、事情は大方把握できた。シャスティとベルフィの反応は別々だが。
「連れてきたとは、これだけの人数をか!?」
「信頼できるなんて、そんな、ハーミス様……」
「ごほん、総隊長」
照れるベルフィを嗜めるようにシャスティが咳払いをすると、ベルフィは我に返り、自分達の状況を改めて話してくれた。
「……わ、分かっています。ハーミス様、私達のところでも同じような現象が起きました。東部攻略の要、ヴァンダモン要塞を攻略中に、空からオーロラが人間達に降り注ぎました。そして、黒い怪物になり、影に隠れて変身しなかった人間を……」
「喰い尽くした、と。で、あいつらは今度は、お前達を襲ってきたんだな」
「ああ、我々も被害を受けた。どんな攻撃をしても倒れない相手だ、はっきり言って勝ち目がなかった……だから、ここまで撤退してきたんだ」
シャスティ達『明星』の面々ですら、どうやらあの黒い怪物に手古摺ったらしい。モンテ要塞で会った時よりもずっと多い数なのに撤退したのだから、ハーミス達があのまま戦っていては、勝てるはずもなかっただろう。
誰もが納得し、現状を把握しつつある中で、クレアだけがまだ喚いている。
「ああもう、だからね、ハーミス! あたし達にも分かるように説明しなさいってば!」
ハーミスが振り返り、クレアに色々と話そうとしたのだが、必要はなかった。
彼やベルフィ達が長々と説明するよりも、彼の目に飛び込んできた凄まじい光景を、一緒に見てもらった方が早い。既に他の者達も、唖然として、空を見つめている。
「……簡潔に言うと、あいつがこの世界を滅ぼそうとしてるってことだ」
ハーミスの声につられ、ルビー、エル、ベルフィ、シャスティ、リヴィオ、ニコ、モルディとカナディ、アルミリア、オットー、その他全員の最後に、クレアが空を見た。
「あいつ? あいつって……あ、あ、ああぁ――ッ!?」
彼女の絶叫は、当然だった。
レギンリオルの上空に、金色のとてつもなく巨大な輪が浮かんでいた。
その中――漆黒に染まった暗黒空間の中から、黄金に輝く顔が現れたのだ。
街ほども大きな輪と同じくらい大きな、ローラの顔が。
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