第243話 FINALE


 光の輪からせり出すローラの顔は、無表情だった。ただ、目だけはゆっくりと動き、こちらに誰がいるかを知っているかのように、ハーミス達を睨んでいた。


「な、ななな、何なのよ、何なのよ!?」


 空中に現出した奇怪極まりない人の顔に慄くクレアの隣で、エルは冷静に分析する。


「……あの顔が、聖女の顔で間違いないですね、ハーミス?」


「ああ、聖女ローラだ。といっても、もう人間を辞めちまってるけどな」


 誰もが良くない意味で視線をくぎ付けにする顔の口が、ゆっくりと開いた。


『――レギンリオルに集まりし我らの従僕に告げる。国を捨て、己を捨て、ありとあらゆる全てを喰い尽くせ。人の世を、現世に住まう者の世を終わらせろ』


そこから放たれる声は、空間を震わせて耳には届かなかった。代わりに、一同の脳に直接響くかのように、頭の中に入り込んできた。


「聖女なのに、なんだか乱暴なこと言ってるね」


「今は化物の仲間だ。正確に言うと、ローラ自身がそいつらの下僕みてえなもんだ」


 もっと詳しく説明してやりたかったが、今はこれが限界だ。

 というより、あんな化物を理屈で説明するのもおかしな話である。そんな彼らの会話など一切無視して、ローラと外神の中間体は、己の目的を淡々と告げる。


『この世の果てはじきに来る。人々全ては変わるべし。生きとし生けるものみなが従僕となった時、命が集まり、黄金の光となる――外神を完全に呼び出すのだ』


 この言いぶりからすると、ローラの計画はここでほぼ完了、というわけでもないらしい。寧ろ、半分がようやく達成したといったところだろう。ここから更に外神の従僕を増やし、それをまた黄金炉のエネルギーに変えて、外神を呼び出す。

 その為に、ローラの顔が出る輪を大きくするつもりだ。つまり、あれが次の『門』だ。


「あれだけでもかなりの被害を被ったのに、まだ何かしでかすつもりなのか?」


「手段はあるみてえだな。少なくとも、変わるべしなんて言ってるってことは、残った人間を黒い化け物にする手段はありそうだ」


「あたし、結構ヤバいんじゃないの……?」


 面子の中で唯一人間であるクレアが、自分だけ光を浴びなかったのを心底安心している様子で不安な面持ちを隠せないでいると、ローラの話はようやく終わったようだ。


『終焉は近い、輪を破壊するものも、止められるものもいない、いない、いない……』


 彼女の巨大な顔が、光の粒となって消えてゆく。言葉の穢れだけを一同の心に残していったローラの気配が完全に消え去ると、辺りは沈黙に包まれた。従僕達の声も聞こえてこないが、同じくらい誰も声を上げない。

 そんな静けさを破ったのは、背を向けて立ち尽くすハーミスに問う、クレアの声だ。


「……どうするの?」


 クレアに聞かれ、ハーミスは振り返った。


「どうするか、か」


 彼の視界の先には、仲間達。これまで出会ってきた亜人、魔物。助け、助けられ、ここまで共にやって来た大切な仲間達の前で、ハーミスは目を瞑り、開き、言った。


「俺はただ、復讐を果たす。ローラがくだらねえ野望を達成しようってんなら、全部ぶち壊してやるのが俺の復讐だ。だから――」


 彼の答えは、あの日から今に至るまで、何一つ変わっていない。

 ハーミス・タナー・プライムは、復讐を成し遂げる。敵が外神と融合しようとも、怪物に成り果てようとも、広大なる国の人間殆どが不死身の敵になろうとも、決して変わらない。全て巻き込み、復讐を果たすのみ。

 だから、ハーミスは自分を追って死ぬ必要はないと、仲間に言おうとした。

 しかし、彼は最後の最後まで、大きな勘違いをしていた。


「要するに、あの巨大な輪を破壊すればいいのですね?」


 毅然とした態度でハーミスを見つめるベルフィの視線。その後ろに続く者達の視線。旅を続けてきた仲間達の視線。何れも、言っていた。

 聖伐隊と、『選ばれし者達』との戦いに、最後までついて行くと。


「『明星』総隊長ベルフィの名において、我が軍団はハーミス様に力を貸します」


 『明星』を率いるベルフィは、隊長のシャスティ、モルディとカナディ、ガズウィードを含めた亜人達の組織を率いて、聖伐隊と戦いに終止符を打つと決めた。


「獣人街の『ゼウス』頭領ニコ、ならびに全構成員はこの戦いに参加しよう」


 獣人街のギャングであるニコとリヴィオ達は、粗暴ながら仁義に厚く、街を守ってくれたハーミス達に借りを返す気でいた。


「アルミリア・デフォー・レギンリオルが確約する。全てのゾンビは、わらわと、わらわの右腕のオットーと共に、最期まで自由の為に刃を振るう」


 地下墓地でただ時を待つだけだったアルミリア達ゾンビ軍団は、救世主と崇めたハーミスの為であれば、二度目の死を迎えることも怖れていなかった。


「「グウオオォォッ!」」


 覇気に満ちているが、ワイバーン達が何を言っているかは、ハーミスには分からなかった。ただし、隣にいる彼らの王であるルビーが翻訳してくれた。


「皆、ルビー達の傍で戦うって! ルビーも同じ気持ちだよ、ハーミスと一緒に戦う!」


「ここまで来て、逃げる選択肢などないでしょう。全能気取りの聖女の鼻を明かしてやるというのは、随分と面白そうですしね」


「ジュエイル村から付き合ってきた仲じゃない。水臭いわよ、ハーミス」


 何より、ハーミスの前で笑顔を見せたのは、彼の仲間達だった。

 逃げるはずなどない。ハーミス一人に任せるはずもない。世界最後の日のその瞬間まで、彼女達はハーミスの傍で戦い続けると、確かに目が言っていた。

 ならば、疑う理由も、迷う理由もない。

ハーミスは呆れたような、感謝に満ちたような声で言った。


「…………ありがとうな。早速だが、金はあるか?」


 戦うのに先駆けて、必要なのは金だ。

 ハーミスのスキルを最大限活用するには、莫大な金が必要だ。それこそ、この金銭が足りなければ勝機すらないと言っても過言ではないが、幸いにもクレア、リヴィオ、シャスティの三人には、しっかりと金銭を供給する保証があった。


「こっそりモンテ要塞からかっぱらってきたのが、あんたのポーチの中にあるじゃない。今こそ使う時ってわけよ」


 モンテ要塞から奪い取った金。


「安心せい、わしらも金なら持ってきた。あの時の戦いほどじゃないがな」


 ギャング達が一人一人持ってきた貯蓄。


「『明星』の軍資金は、五番隊が持っている。遠慮なく使うといい」


 巨人のバッグにありったけ詰められた財布。

 全てがハーミスの前に並ぶ。とんでもない金額の通貨、ウルが並び立つ。これだけあれば、国家侵略すらも可能となるだろう。


「よし、ありったけの金で、出来るだけの武器と防具、兵器を買い揃える。目標はローラが光の輪を創り出したシステムの根幹……聖女の塔の跡地にあるはずの、『門』だ」


 『注文器』ショップを開き、手際よく商品の項目を押し、揃えてゆく。

 ロボット、バイク、銃火器、兵器、その他諸々、出来る限り。


「聖伐隊との最後の戦いだ、出し惜しみはしねえ――準備が整い次第、行くぞ」


 もう一度振り返り、空高くに輝く光の輪を睨むハーミスの前に、暗黒空間が発生し、キャリアーがやって来た。


「お待たせしました。『ラーク・ティーン四次元通販サービス』でございます」


 彼女の後ろには、視界を埋め尽くすほどの暗黒と、兵器が揃っていた。

 『通販』オーダースキルと、聖女と外神の力。

 ――世界の命運を賭けた戦いが、始まる。

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