第236話 誕生⑥


 聖光兵が立ち上がってから、レジスタンスたちの反撃は早かった。


「ワイバーンの皆、全方位から攻撃を仕掛けて! なるべく相手の気を引きつけて!」


「「グウオォ――ッ!」」


 ルビーの命令に従い、上空を旋回していたワイバーン達が、雄叫びと共に一斉に聖光兵へと突進した。敵も当然、斧を振って迎撃するが、この規模の魔物の襲撃を前にして、千切り潰せるのはせいぜい一匹か二匹。

 つまり、それ以外の炎の攻撃や突進は、ほぼ直撃する。いかに巨大で、人間サイズの者が放つ攻撃が意味を持たないとしても、ワイバーンは別だ。流石の敵も、よろめく。


「よし、あたし達は足元を叩くわよ! あいつだって無敵じゃないはず! 同じところを集中攻撃して、兎に角ちょっとでもダメージを入れるのよ、いいわね!?」


 ならばとばかりに、亜人達を指揮するのは、渾身の力を振り絞ったクレアだ。唯一残った武器、グレネードランチャーを瓦礫から拾い上げて吼えると、エルも呼応する。


「そういうことなら……リヴィオ、ニコ、モルディとカナディ! 私が魔法で武器を強化します、仲間達が敵の気を引いている間に、出来る限り攻撃を叩き込んでください!」


 そうなれば、ニコやリヴィオ、『明星』にも、覇気が伝わる。


「おう!」「ああ! 『ゼウス』、もうひと仕事だ!」


「「分かりました! 『明星』六番隊、作戦開始!」」


「「ううぉおおおぉぉ――ッ!」」


 エルの桃色の魔法を受けた者も、そうでない者も、覚悟を決めて聖光兵に突進した。


「行け、矢をありったけ撃つんだ!」「ビビんじゃねえ、攻撃を止めるな!」


 ワイバーンの攻撃でひるんだ隙に、エルフが矢を撃ち込む。足元の敵を払おうとした聖光兵の動きを封じるかのように、ルビーが突進し、再び生まれた隙に、今度はギャング達が剣やカタナ、槍で同じ部位に斬撃を加える。

 今や、死の怖れは吹き飛んでいた。勇猛な仲間、飛竜の存在も理由だが、何より誰もがこの瞬間、勝利する為に命を賭ける覚悟を決めたからだ。

 隣の知らない亜人、唸っている魔物、有名人、いずれも関係ない。誰もが今、恐るべき脅威を倒すべく、力を合わせて戦っているこの状態こそが、恐怖を掻き消しているのだ。

 だからと言って、蛮勇にも似た特攻をする者もいるが、それはクレア達が窘める。


「敵の気を散らすだけでも十分です! 突進し過ぎないように!」


「そうよ、死んだら元も子もないんだから!」


 なるべく最低限の犠牲で、敵を倒す。根幹にあるのは、友を守る考えだ。

 やがて、ワイバーンの炎が、弾かれた矢が、折れた剣が、聖光兵の体に奇妙な変化を及ぼし始めた。光り輝く肉体の所々に、黒く滲んだひびが入っているのだ。

 間違いなく、全員が集中して攻撃した個所だ。つまり、聖光兵は完全無敵でも、対抗する手段がないわけでもない。元を辿れば自分達と同じようにダメージを受け、いつかは死ぬか、消失に至る。そう気づいた面々は、更に恐れを勇気に変えてゆく。


「見てください、皆さん! 怪物の体に、ひびが入っていきます!」


「とてつもなく硬いが、決して無敵ではないというわけだ! ワイバーンの攻撃で転んだところに追撃しろ! ひびが入ったところを砕く要領でやるんだ!」


 ニコの号令に従い、ギャングが足元に入ったひびをいたぶるように剣で叩く。すると、ひびは一層大きくなり、黒く蠢く素肌が露出してくる。

 追撃としてワイバーンがタックルを叩き込もうとするが、顔にまで割れ目が浸透している聖光兵は、これ以上暴虐を許してなるものかと言わんばかりに、亜人達を斧で薙ぎ払い、どうにかして立ち上がった。

 だが、暴虐をこれ以上許さないのは、こちらも同じである。


「また立ち上がった……もうやらせやしないわよ! ルビー、あいつの顔の前まで乗せてって! 頭にキツイの、ぶち込んでやる!」


 グレネードランチャーを抱えたクレアが傍に来る。


「うん、分かった! ワイバーンの皆、援護して!」


 喉の奥から炎を漏らすルビーは頷き、彼女を乗せて空高く舞い上がった。ワイバーン達もまた、紅の王の後を追うように、聖光兵の目を眩ませるように飛び回る。

 ぶんぶんと、足元の小さい者達など気にも留めないで、どうにかワイバーンをはたき落とそうと躍起になる聖光兵の顔は、誰の目から見ても隙だらけだ。


「ワイバーンの炎とタックルで頭にもひびが入ってる……これなら!」


 顔の二割ほどの光が醜く剥がれた聖光兵は、群れる敵に夢中で、気付かなかった。

 そのすぐ正面でこちらを向くルビーと、銃火器を構えたクレアに。


「グレネードランチャー、最後の一発……くらいやがれーッ!」


 彼女があらん限りの大声と共に引き金を引くと、巨大な弾頭が放たれ、頭部に命中した。グレネードランチャー自体も限界を迎えていたのか、銃身が炸裂し、クレアの手元から離れて落ちていった。

 だが、明らかに効果はあったようだ。紫色の煙が晴れた時、聖光兵の頭部の、光の兜は殆どが剥がれ、黒い頭が露出していた。それすらも焼け焦げ、呆然としているように立ち尽くしている様から、相当なダメージを負っている。


「おお、頭の皮が剥がれおったぞ! 見るからに苦しんどるのう、ざまあ見晒せ!」


 恐らくだが、後一発、大打撃を与えてやれば倒せる。


「頭の魔力だけが明らかに弱い……だったら!」


 普段は考え込んでから行動するはずのエルだが、今回ばかりは違った。

 彼女は近くに見える聖宮殿の屋根、その残骸に向かって、思い切り両手からオーラを解き放った。ワイバーンほどの大きさがある白い屋根は、ゆっくりと浮き上がり、エルの頭の上にまでやって来る。


「え、ちょっと、エル!?」「何やってんの、ふらふらよ!?」


 相当な魔力を使っているのか、地面に降りてきたクレアやルビーが心配するほど、エルの足は震え、鼻血を垂れ流し続けている。

 だとしても、エルは手を止めない。よろめき、呆然とする聖光兵にとどめを刺す、最高の機会を前にして、がくがくと体が揺れようとも、敵の頭上まで瓦礫を持っていく。


「これくらいなら、なんとも、ありません! この質量と、私の魔力なら!」


 瓦礫の質量。魔法の加速。二つを掛け合わせた、エル特製即席ハンマー。


「――でええりゃあああああぁぁぁ――ッ!」


 それは彼女が放つ人生最初の雄叫びと共に、聖光兵の丸裸の頭目掛けて振り下ろされた。魔力に守られた瓦礫は砕けず、敵の頭の半分を叩き潰した。

 いや、頭どころではない。体を真っ二つに裂くように、エルが下ろす手の動きに合わせるように、聖光兵の体まで貫通した。そうしてハンマーが地面に激突した時には、敵の巨体は右と左に分かれていた。

 黒い体から黒い血が流れ、びくびくと痙攣しながら、青い瞳をぎょろつかせ、聖光兵の体は溶けてなくなった。あたかも存在しなかったかのように消え失せた敵の、僅かな黒い残滓を見て、一同は剣を、武器を振るう手を止める。


「……やった……」


 敵はいない。最早、倒す相手もいない。つまり、我々の勝利だ。


「溶けてなくなった、ってことは……倒した、倒したんだぁーっ!」


「「やったぞぉ――ッ!」」


 わっと、聖宮殿の前に歓声が響いた。

 ニコ達ギャング、レジスタンスが混じって抱き合い、勝利を喜ぶ中、ルビーとクレアは、どうと仰向けに倒れ込んだ。エルはというと、既に気絶し、モルディ達の治療を受けている。

 ルビーの傍にもワイバーン達が寄って来るのを見ながら、クレアは一人、呟く。


「あー……今回ばかりは、マジでダメだと思ったわよ……」


 そして空を――ハーミス達がいると知っていないにもかかわらず――彼が見つめているのを知っているかのように見つめて、右手の指でブイサインを作り、笑った。


「でもまあ、こっちはやってやったわよ……あんたも頑張りなさいよ、ハーミス」


 彼女は何故か、空の向こうで、誰かと目が合った気がした。

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