第234話 誕生④


 視界を埋め尽くす、邪悪な黒い光。

 バントの魔法も、ユーゴーの攻撃も超越した速度。ならば、威力もそれを上回って高いはず。そんな攻撃が一発でも直撃すれば、ただでは済まない。


(この攻撃頻度、俺に『通販』オーダーさせる余裕を与えねえつもりか!)


 しかも、ただ攻撃を当てる為だけにこれだけの弾数を用意したのではない。ハーミスの『通販』スキルの最大の弱点である、購入にかかる時間を作らせないつもりだ。

 『注文器』ショップを使いたいが、敵の攻撃速度と自分の指の動きを照らし合わせると、まず間に合わない。サンから見て右回りに駆け出したハーミスのいた場所に直撃する寸前で、床に命中しかけた全ての光弾が削られるように消えた。


「ほらほら、どうしたの、ハーミス? 一度避けたって、もう一度返ってくるよ?」


 サンの言う通り、明後日の方角、計三か所から、ハーミスに向かって黒い光が飛んでくる。走って半分の魔力弾を回避した彼は、掌を翳して発生させた赤い魔力障壁で、残り半分の弾を防ぐ。

 床が爆散し、煙が起きる。その隙間を縫うように、ハーミスは掌底をサンに向ける。


「見りゃ分かるっての! それと、反撃の隙もねえと思わない方がいいぜ!」


 そうしてハーミスは、掌のレンズから、赤い魔力弾を発射した。

 速度、威力共に、サンが放った攻撃以上の性能がある。命中すれば大ダメージは間違いなかったが、やはり光はサンをすり抜けて、背後の結界に当たって消滅した。

 どうやら彼女のスキルは、発動の宣言などせずとも、常に発動し続けるようだ。つまり、不意打ちや奇襲はあまり効果がないと言える。


「……やっぱ、効かねえか」


「通じないよ。切り離された空間には誰も入って来られない、私が認めたものしか入れない。ハーミスの介入が許可されることは、未来永劫、ないんだよ!」


 声高らかに叫ぶサンの声に応じて、再び無数の魔力弾が襲い掛かってくる。


「ちぃ……!」


 ハーミスが走り出すのに応じて、今度は魔力弾が追いかけてくる。一瞬でも気を抜けば命中しかねない状況で、しかも追尾してくる攻撃など、洒落にならない。

 ただ、壁を駆けるほどのハーミスの速度は、追尾式の攻撃でも追いかけきれないようだ。自分に利があると思った彼が『注文器』に手をかけるのを、サンは見逃さなかった。


「なかなか当たってくれないね……なら、こうすればどうかな?」


 サンが指を動かすと、ハーミスを追っていた魔力弾が全て消えた。

 かと思うと、壁を駆け抜け降りたハーミスの真上から、嫌な音が聞こえてきた。視線を上げると、眼前に光るのは、降り注いでくる黒い雨の如き魔力。

 さっきの爆風を見る限り、人間一人くらいは一撃で消滅させられる。そんなものが、ハーミス目掛けて一斉に飛来するのだから、流石のハーミスの顔にも、焦りが浮かぶ。どう見ても、この攻撃は走って回避できそうにないのだ。

 ならば、防御する他ない。手の内の多くを見せたくはないが、仕方ない。


「『防御形態』、『多角面遮断壁』!」


 ハーミスが叫び、装甲を複数開いた義手を天に掲げると、半透明の赤い板が掌から発生した。しかもそれが何枚も展開したかと思うと、ハーミスの周囲を覆い尽くした。

 黒い魔力弾は魔力障壁に直撃したが、いずれもハーミスには命中しなかった。周囲の床を破壊し、壁の結界にすら衝撃を与える威力だったが、赤い壁を破りはしなかった。バリアとでも呼ぶべき障壁が解除されるのを見ながら、サンは驚いた様子だった。


「……ふうん、全方位の魔力障壁かあ。そんなのも、発生できるんだね」


「お前の攻撃を防ぐくらいは、わけねえよ」


 ふう、と面倒臭そうなため息と共に、サンは言った。


「じゃあ、やり方を変えよっか。体を破壊するより、心を折ってあげる」


「何だと? 何をするつもりだ?」


「今に分かるよ。ハーミスが置いてきた仲間が、聖光兵と戦ってる仲間が今どうなってるか、見せてあげるね」


 今度は、サンはハーミスに攻撃をしなかった。

 代わりに発動させたのは、サンが指を四角形になぞって作った、淡い光を放って中空に漂う長方形。それはサンが指を離すと、たちまちステンドグラスくらい大きくなって、二人の間にふわふわと寄ってきた。

 何をするつもりかとハーミスが見つめると、僅かに長方形の中が揺らぎ、どこかの景色が映った。どうやら、これは離れた場所の景色を映し出す魔法らしい。

 そしてその場所とやらは、どこかではなく、ハーミスも知っているところだった。


「これは、聖宮殿の……ッ!」


 聖宮殿の廊下。真っ白な廊下をどうして映し出すのかなど、決まっていた。


「クレア、ルビー! エル!」


 サンの目的は、聖光兵と戦う仲間達の姿を見せつけることだ。

 目を見開いたハーミスの瞳に飛び込んできたのは、滅茶苦茶に破壊され、煙が立ち込め、炎が端々に燃える廊下。戦争の後のような、悲惨な状況。

 だが、何よりハーミスを不安にさせたのは、仲間達の姿だ。

 聖光兵の白い光の外装は、一つの傷がついていない。一方で、クレア達は傷だらけ。銃火器の殆どはへし折られ、ドラゴンとなったルビーの翼も折れ曲がっている。エルは体力が限界を迎えているにもかかわらず、魔法で足を覆い、無理矢理立ち上がらせている。

 肩で息をする三人の無残な様子を、サンは予見していたようだ。


「『選ばれし者』と同じくらいの力を持ってる相手に、しかも数で勝ってる相手に三人の人間と亜人、魔物で勝てると思ったの? あの子達はボロボロだけど、聖光兵は傷一つついてない。反逆者の攻撃なんて、意味ないよ」


 そんな自分達の姿を見られているなど欠片も知らず、クレアは口元の血を拭いながら、震える手でどうにかグレネードランチャーを担ぐ。


「ハァ、ハァ……こいつら、ちょっと、強すぎでしょうが……!」


「まさか魔法が一つも通用しないとは、想定外です……少しでもあの硬い外装が剥がれれば、どうにか対処もできますが……」


「グゥル……硬すぎるよ、こいつら……!」


 エルとルビーもどうにか起き上がるが、このまま聖光兵と戦っても勝ち目は薄い。


「クソ……!」


 仲間の危機を目の当たりにして焦るハーミスを見て、サンはもう一押し必要だと思ったのか、ローラとの愛の軌跡を語っていた時の顔で、彼に言い放った。


「このまま放っておいてもあの子達は死ぬだろうけど、それだけじゃ足りないからね。助けに来た獣人も、『明星』も、皆殺しにしてあげる」


 そして、彼女が指を鳴らすと、画面の向こうで変化が起きた。

 五人の聖光兵の体が大きく揺れたかと思うと、それぞれが一つの場所に集まって、急にどろどろと溶け始めたのだ。てっきり自滅でもしているのかと思ったが、そうではなく、溶けた肉体が一つの体として、再び構築し直されていく。

 五個の肉体が合わさるが、体積は十倍以上。それはうねりながらも、次第に人の形を作り上げ、とうとう巨大な一体の聖光兵となった。


「――これが、聖光兵の真の姿だよ。ねえ、見える? あの子達の表情が?」


 長方形からは、クレア達の表情が見えない。しかし、どうなっているかは分かる。

 槍ではなく、斧を持った巨大な聖光兵。小さな五人ですら圧倒されていたのに、それらが集まった力は、どれほどのものか。想像する間も、絶望する間も与えないうちに――。


「見えないなら見せてあげる――仲間が砕け散る姿と、一緒にね」


 聖光兵が、斧を三人目掛けて振り下ろした。

 凄まじい光が煌めいたかと思うと、廊下は砕け散り、映し出された世界は煙で何も見えなくなった。もうもうと立ち込める煙の隙間から、何が起きたかは見えた。

 怪物の一撃は、三人諸共、宮殿の一階まで貫いたのだ。

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