第233話 誕生③
サンがぎょろりと睨みつけたのに対し、ハーミスはどこか楽しそうでもあった。
「……どういう意味、かな」
彼女の問いに、肩をすくめて、おどけた調子で答えたのもその表れだ。
「そのまんまの意味だよ。お前はローラを愛してるって言ったけど、ちょっと訂正しとけ。自分を愛してくれるローラを、愛してるんだってな」
サンは自分が選ばれた存在であると言ったが、ハーミスにはそうは見えなかった。彼女は偶然ローラにとって使いやすいと判断されただけの、そんな感情を曲解しただけの哀れな人間にしか見えなかったのだ。
ハーミスは、自分が天啓を得られなかったのを、『選ばれし者』になれなかったのを、今この瞬間ほど喜んだことはなかった。
きっと彼が天啓を受けていたなら、ローラを信じ、使い潰されていただろう。真実を一つも知る余裕すら与えられず、虐殺に手を貸し、後悔するのはきっと世界が外神とやらに侵略され尽くしてからだ。
「……訂正して。私は心から……」
「しねえよ。イカレ女がちょっと気に障ること言われたくらいでキレんじゃねえよ、俺みてえに殺されたわけでもあるまいし……ああ、そうか、そこもそっくりだな」
「……何が?」
眉を顰めるサンに、ハーミスは煽るような声で、はっきりと告げた。
「はっきり言うとな、お前とリオノーレはそっくりだぜ。傲慢で、自分が失敗する様なんか一つも想像してねえし、都合のいいことばっかりで頭が埋まってやがる! 特に自分のことしか考えてないところなんて、姉妹そっくりじゃねえか、なァ!?」
リオノーレと自分が違うと言ってのけたサンだが、ハーミスは違うと確信していた。
彼女とサンの間に、違いなどない。方向性が若干ずれているだけで、双子らしく本質は同じだ。物事に固執し、現実に見向きもせず、己の力にどこまでも傲慢だ。
ハーミスとしては、現実をしっかり教えてやったつもりだったのだが、それはサンの琴線に触れる発言だったようだ。見ると、彼女のこめかみに、青筋が浮かんでいる。
「…………そんなに早く死にたいなら、そう言えばいいのにね」
人が変わったかのような低い声と共に、サンはハーミスを殺す手立てを整え始めた。聖女の像から離れて立った彼女が、両手を静かに前方に翳すと、白い光がサンの両隣に渦巻き、巨大な槍を形成していく。
白い光、輝く槍。ここまでなら、賢者が使う聖なる魔法だ。
問題なのは、それに覆い被さるようにして発生した、黒い光。サンの肌のような漆黒の魔力は、たちまち白い槍を埋め尽くし、宙に浮く暗黒の魔槍へと変貌させた。
サンが手を後ろに引くと、槍が僅かに、潰れるように身を引いて。
「
号令と、鋭く向けられた指先と共に、ハーミスへと勢いよく放たれた。
弓矢の斉射より、魔法による攻撃よりもずっと速い槍。しかも、床を這うように飛来するそれは、接触してもいない床を削り取るほどの威力を持っている。
「この魔力の色、もう賢者ってわけじゃなさそうだな! だけど、直線的過ぎるぜ!」
バントのような並の魔法師では到底作り出せない能力に、一瞬は驚いたハーミスだが、決して回避できない速度ではない。義手を装着した恩恵である、並外れた身体能力と動体視力を以ってすれば、難しい話ではない。
直撃する寸前で、ハーミスは二本の槍のうち、一本を飛び、もう一本を屈んでかわした。自分の背後で槍が壁に突き刺さりすらせず、壁に隔絶されて消滅したのを感じ取りながら、彼はサンに向かって突進する。
「『打撃形態』、一発で頭ブチ割って――」
右の拳を握り締めると、赤い蒸気が掌の内側から漏れ出す。
防御する姿勢も取らないサンに、顔を吹き飛ばしてやるとばかりにハーミスは飛び掛かり、思い切り殴りつけた。
「――うおわッ!?」
殴りつけたはずだったが、瞬きすらしない間に、ハーミスは彼女の後ろにいた。まるで、サンが最初からそこにおらず、すり抜けてしまったかのようだ。
いきなり目の前に到来した白い床に左手をつき、彼は混乱しつつも、振り向いてもう一度殴ろうとする。しかし、今度はサンも右頬に当たりかけた義手が擦り抜けて、彼女の左頬辺りから飛び出してきた。
今度こそ、ハーミスは確信した。自分の攻撃が、擦り抜けている。
冷や汗を拭いすらせずに、ハーミスはサンから距離を取った。聖女の像を背にする彼の無駄な足掻きを嘲笑うように、サンは口元に手を当てながら、彼に丁寧に教えた。
「ふふっ、私の
「……俺からお前に、攻撃を当てられねえってわけか」
分析力が高いわけではないハーミスでも、サンのスキルについては理解できた。
人を隔絶できない彼女でも、聖女の塔の一部を切り離したように、自分の周囲の空間そのものを分けて、自分があたかもこの空間にいないように立ち振舞えるのだ。だから、ハーミスの拳は擦り抜けて、彼女に命中しなかった。
自分で言っていてもおかしなスキルだと思うが、これがサンの能力だと思うしかない。
攻撃が当たらない敵。相当厄介な相手だが、全く敵う見込みがないわけでもない。
「だけど、いくらわけのわかんねえ力を手に入れたっつっても、不死身じゃねえみたいだな。じゃなきゃそんなスキルは使わねえし、第一シャロン達が不老不死の力なんか探してねえからな。覚えてるか、あのアホ兄妹のことだよ」
ハーミスの脳裏に浮かんだのは、かつて海岸と白い船で死闘を繰り広げた、フォーバーとシャロン兄妹だった。あの二人が探していたのは、不老不死の人魚の肉だ。
あの時は理由が分からなかったが、今なら理解できる。確かに不老不死になれば、延々と外神を呼び出す準備ができるだろう。時間稼ぎができる上に、誰にも邪魔をされなくなる。人なら必ずやって来る寿命を無視するのだから。
「もう、何も答える必要はないよ」
サンは努めて平静に答えたが、返事をした時点で、ハーミスにはお見通しだ。
「はぐらかすのが、何よりの証拠だっての! 不死身じゃねえならやりようはある! てめぇみたいな奴には、おあつらえ向きのアイテムとライセンスがあるんだよ!」
言うが早いか、ハーミスは義手に巻いた
「させないよ、ハーミスのスキルは知ってるから」
サンが掌を翳した途端、『注文器』のカタログ画面を見ていたハーミスは、突然怖気に襲われた。まるで、背後から槍で心臓を射抜かれたような感覚に。
(何だ、この感覚!? 分からねえけど、避けねえとマズい!)
体を抉られる感覚よりも先に動いたハーミスの元居たところを、背後から黒い槍が二本、飛来した。凄まじい勢いで放たれた槍は、ハーミスに掠りもせず、今度こそ天井に直撃して、結界によって削り取られるように消滅した。
「さっきの、槍……!?」
確かに槍が消える様を見てはいなかったが、どうして明後日の方向からやって来たのか。驚愕するハーミスに、サンが理由を教える。
「槍が外れて、壁にぶつかったと思った? 違うよ、私の『隔絶』スキルで削り取っておいたの。こうしてぶつける為にね。一度きりだけど、槍だけじゃなくて――」
教えながら、踊るように両腕を靡かせる。靡かせる度、光の球が周囲に発生する。
全てを察したハーミスの首筋を、汗が伝った。槍を隔絶して、もう一度放ったのなら、目の前で十、二十と増えていく漆黒の光の弾丸も、恐らく同じだ。
「――この魔力弾、全部にだってね。避けきれるかな、ハーミス?」
にこりとサンが笑んだ。
それを切欠に、想像を絶する速さで、二十を超える魔力弾がハーミスに襲いかかった。
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