第228話 光兵


 形勢は拮抗どころか、一気にハーミス達の方に傾いた。


「おい、反逆者が宮殿に入ろうとしているぞ!」


「賢者様に会わせてはならん、絶対に通すな! ここで皆殺しにしてしまえごぉ!?」


 サンの魔法によるサポートを受けている隊員達だが、彼らは決して兵士ではないし、ましてや精鋭でもない。強い皮を被った弱者であるとばれるのに、時間はかからなかった。

 魔物達が複数で囲んで頭を齧れば死ぬ。エルフの矢が刺されば死ぬ。獣人が頭をかち割れば死ぬ。レギンリオル正規軍が混じっているならまだしも、どこまで行っても宗教団体である聖伐隊と、戦闘集団である亜人達では、スペックに当然差が出る。

 その差は、少しずつ、少しずつ戦力に開きを作る。戦場と化した広い庭で、特に敵を蹂躙しているのは、やはり幹部クラスの亜人だ。


「邪魔じゃ、邪魔じゃ! 雑魚がごちゃごちゃとォ!」


 リヴィオは豪快にカタナを振り回し、辺りに隊員の屍を作り上げていく。ハーミス達のことなど忘れてしまっているかのように暴れる彼女を諫めるのは、剣の届かない位置から、槍で的確に急所を貫くニコの役目だ。


「リヴィオ、先行し過ぎるな! あくまでハーミス達を宮殿の中に入れるのが目的だ、僕達はサポートに徹するぞ!」


「ええい、分かっとる! お前らも援護せえ!」


 副頭領の一声で、近くの獣人達が前進するハーミスを囲む。開いた巨大な扉まではまだまだ遠いし、宮殿の外からやって来る敵の数も、減る様子がない。


「あんまり無理しないでよ、あたし達だって……」


 クレアが武器を構えようとするが、先導しながら矢を放つモルディが手を翳した。


「いえ、皆さんは『選ばれし者』と戦う時まで力を温存してください!」


「あ、あれ? あいつらと戦うって、ルビー達、言ったっけ?」


「ここはグルーリーン、聖伐隊のおひざ元です! 何よりハーミスさんが来ているのですから、敵は『選ばれし者』でしょう、違いますか?」


 カナディがにっこりと笑うと、一行としても、これ以上こちらから動くのは無粋だろうと思った。だからこそ、道を開いてもらおうと、笑顔で返した。


「……大した理解力だよ。そんじゃ、お言葉に甘えるとするか!」


「「任せてください、私達六番隊隊長、モルディとカナディに!」」


 尤も、二人がいつの間にか『明星』の隊長になっていたのには驚きだったが。


「い、いつの間にそんなに偉くなってたのよ!?」


 道理で、彼女達が他のメンバーや魔物を率いているように見えていたわけだ。しかも心なしか、弓矢の腕前も他のエルフより良く見える。

 そんな『明星』と獣人達に気圧され始めた聖伐隊の面々の顔には、焦りの色が浮き出ていた。彼らとしては、折角力を分けてもらったというのに、何としてでもサンのところに逆賊を向かわせるわけにはいかない。


「クソ、こっちは賢者様の加護を受けているというのに……仕方ない、扉を閉めろ!」


 ハーミス達がすぐ近くまで来ていると気づいた隊員の一声で、重厚な扉が、数人がかりで閉ざされ始めた。宮殿の内外で死闘を繰り広げる中、こっそりやってのければ、完全に閉めることもできただろう。

 ただ、こちらははっきりと見据えている。分厚い扉を再び開くのは、難儀だろう。


「まずい、扉が封鎖されます!」


 ならば、扉をなくしてしまった方が早い。

 ハーミスの右手が、再び唸る。装甲が少しだけ開き、光が瞬き、そして。


「こればっかりは、俺がぶっ飛ばさないとだな! 『砲撃形態』――発射ァッ!」


 放たれた深紅の魔力砲撃が、宮殿の扉に風穴を開けるどころか、勢いよく吹き飛ばしてしまった。その衝撃で、周辺にいた隊員も巻き添えを喰らった。


「うわああぁ!」「と、扉が一撃でぇ!?」


 ニコ達やモルディ、カナディが唖然としている眼前は、既に溶けてしまった敵と削り取られた地面で、一つの大きな道となっていた。

 これを使わない手はないと言わんばかりに、ハーミス達は一気に走り、真っ白な宮殿の玄関に足を踏み入れた。亜人達も我に返り、またも攻撃を始める聖伐隊の間を駆け抜け、封をするように入り口の前に立つ。


「よし、宮殿内には入れた……皆、聖伐隊の相手は頼んだぞ!」


「ああ、行ってこい、ハーミス! こいつらは僕達が請け負う!」


「「ここから先は、一歩も通しません!」」


 リヴィオとニコ、モルディ、カナディに睨まれ、敵はたじろぐ。

 その間に、ハーミス達は一番近くの階段から宮殿の二階へと走り出した。

 後ろから聞こえてくるのは、必死に聖伐隊を食い止める仲間達の声と、残虐な言葉と武器を振り回す敵の声。決して油断ならない相手を一人たりとも宮殿に入れないと宣言した通り、敵が追ってくる様子はない。

 というより、長く白い廊下を走っているのに、隊員達が躍り出てくる様子もない。一階から離れてゆくにつれて、戦闘中なのに、静かになってくるほどだ。


「……聖伐隊の姿が全く見えません。防御など不要ということでしょうか?」


 もうじき宮殿の端に到着し、三階に上る階段が見えてきそうだというのに、まだ誰も出てこない光景を疑問に思うエルに、ハーミスは正面を見たまま答えた。


「……いや、そうじゃない。あいつらがいるから、中の警護がいらないんだ」


「あいつら、って……!」


 あと少しで階段に辿り着けるというところで、全員が足を止めた。

 その階段から、明らかに人間ではない何かが五匹、のそりと降りてきたからだ。

 背丈はハーミスよりも高く、人の形をしているが、のっぺりとしていて、鼻や口のような凹凸がない。代わりに青く光る瞳が三つ、顔の部分に備わっている。右手らしい部位には、細槍のような形をした光を携えている。

 ゆらゆらと揺らめきながら歩いてきたそれらは、廊下の真ん中で止まった。外の喧騒が聞こえないくらいの威圧感と緊張感が、辺りを包む。


「どう見ても人間、って見た目じゃないわね。ルビーの鼻にも引っかからなかったし、さしずめ、賢者サマの魔法で作られた化物かしら?」


 クレアは独り言のつもりだったが、返事はきっちりと与えられた。


『――化け物じゃないよ。この子達は、『聖光兵』っていうの』


 頭に直接響く、サンの声によって。


「サン……!」


 きっと彼女のことだ、話しかけているだけでなく、見てもいるのだろう。

 周囲を警戒する一行に、サンは目の前の怪物についてご丁寧に説明してくれる。


『私とローラの力を分け与えて作られた、完璧な兵士。外の隊員達なんて比べ物にならないくらい、この子達はとっても強いよ』


 聖女と賢者の力を以って作られたこと。純粋に高い戦闘能力を持つこと。


『だって――戦闘力だけで言うなら、私のお姉ちゃん、勇者よりも高いんだから』


 そして、勇者であるリオノーレよりも強いことを、彼女は話してくれた。

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