第227話 二匹


 その場にいたハーミス、クレア達、聖伐隊の面々が一様にぽかんとするのは、ある意味当然だった。どこからともなく、女性のキンキン声が鳴り響いたのだから。

 仮にどこかに隠れているのだとしたら、相当間抜けだ。なんせ、声が大きすぎて、庭の外の垣根にいるのだとばれてしまっているのだから。

 しかも、声は一度では収まらず、まだまだ怒鳴り続ける。


「おうおうおう、天下の際伐隊サマがたった四人を相手に馬鹿みたいに数を揃えて! 情けないったらありゃせんのう、おまけにポカンとアホ面までお揃いか!」


 ぽかんとしているのは、ハーミス達もだ。無言の一同の様子をどこからか見ているのか、今度は少年の、女性を諫める声が聞こえてきた。


「おい、よせ! せっかくここまで忍び込めたんだぞ!」


「じゃかあしい! ハーミス達の危機なんじゃ、黙ってられるかい!」


 独特のイントネーションに、喧しい声。ハーミス達には、どこか懐かしい声。


「……この声、どこかで聞き覚えが……」


 そんな記憶を辿る余裕すら、女性は与えてくれなかった。


「――もうええ、こそこそやるのは性に合わん! 全軍突撃じゃあぁぁ――ッ!」


「「おおぉ――ッ!」」


 彼女が雄叫びを上げた、次の瞬間、垣根が吹き飛んだ。

 いや、正確に言うと、垣根が吹き飛んだというよりは、垣根の外からとんでもない人数の集団が雪崩れ込んできたのだ。入り組んだ木々が倒れ、凄まじい数の第三者達が、ハーミス一行と聖伐隊の間に割って入った。


「な、なんだあぁッ!?」


 驚いたのは両方に言えることだが、特に驚愕しているのは、聖伐隊の連中だ。


「こいつら、獣人!? どうしてグルーリーンにげはぁ!?」


 なんとその介入者――獣の耳と尻尾を生やした、屈強且つ野蛮な体躯の男達は、一斉に聖伐隊に襲いかかってきたからだ。最も近かった隊員の顔面に、長方形型の刃を持つ剣が突き刺さったのを皮切りに、更に大量の亜人達が庭に入ってくる。

 瞬きすら忘れているハーミス達の前に、獣人達の後ろから歩きながらやって来た一組の男女が、悠然と立っていた。

 灰色の髪と眼鏡、背丈より高い槍が特徴の少年。全身虎柄の、カタナを携えた女性。


「全く……襲撃がうまくいったからいいが、無茶が過ぎるぞ、君は」


「はっ、物事は流れに乗れば万事問題ないんじゃ! そうじゃろ、ハーミス?」


 獣人街を牛耳るギャング、『ゼウス』の頭領である少年ニコと、副頭領のリヴィオが、聖伐隊を見据えるようにして仁王立ちしていた。


「ニコ、リヴィオ!」


 武器を構える二人を、ハーミス達は知っていた。

 彼らが以前、聖伐隊に関係するトラブルに巻き込まれていた際、ハーミス達が助けて、しかも侵略の脅威まで退けたのだ。その時、武器は置いていったし、いつでも力になるとは言ったが、まさかこんなところで再開するとは。


「あんた達、どうしてここに!? 獣人街はどうしたのよ!」


 しかも、目の前の二人は旅人ではなく、街での重鎮だ。

 どうしてそんな獣人が、仲間を率いて聖伐隊の拠点に来ているのかとクレアが聞くと、答えが返ってきたのは明後日の方向からだった。


「それは、私から説明します! えいやぁッ!」


 崩れた垣根を飛び越えるようにして、緑のマントが二つ、空中に翻った。

 その内側から煌めく鏃が放たれると、敵の眼球が四つ射抜かれ、屍を二つ作り上げた。これまた何事かと思っていると、マントを羽織った二人が、リヴィオ達の隣に着地した。

 二人の奇襲を待っていたかのように、ハーミス達の後ろから、同じくマントを着た亜人達と、彼らを背に乗せた小さな四足歩行の魔物が走ってくる。彼ら、彼女ら、そして二人の金髪の少女にも、やはり一行は見覚えがある。


「モルディにカナディ、『明星』まで!?」


 かつてロアンナの街で助け、獣人街で助けられたエルフ、モルディとカナディ。

 そして、聖伐隊に反するレジスタンス組織、『明星』の面々だ。彼らも聖伐隊との戦いに加わる傍で、モルディ達が振り返り、げんなりした調子で説明する。


「私達、ベルフィ姫の命令を受けて、獣人街に支援を求めに行ったんです! そしたらリヴィオさんが、仲間の危機に黙っていられないって言いだして……」


「本当は西側周辺の駐屯所を破壊する予定だったんですが、グルーリーンで不穏な動きがあるって、一番隊から連絡を受けてから……」


 二人の説明に、両手に腰を当てて笑うリヴィオが割って入る。


「ここまで来たっちゅうわけじゃ! いやしかし、来て正解だったのう、ニコ?」


 つまり、本来予定していない突撃が、偶然功を奏したわけだ。

 これを大成功というなら、どれだけ無策の特攻でも名案になってしまう。とことん呆れた様子で眼鏡を指で整えるニコの顔から、普段の苦労がうかがい知れる。


「たまたま、うまくいっただけだろう。グルーリーンへの潜入だって、君のせいで何度失敗しかけたか! 宮殿に来たのも、勘で皆がここにいると思うとか言い出すし!」


「いやあ、女の勘も捨てたもんじゃなかろう、ニコ?」


 げらげらと笑うリヴィオや肩をすくめるニコ、『明星』の面々は確かに戦力としてはありがたいが、状況はあまり良くない。なんせ敵は、サンの恩恵を受けているのだ。

 クレア達も、同じことを考えている。賢者の魔法で強化された武器や防具を前に、幾らかつてハーミスが渡した武器と言えども、通用するのだろうかと。


「応援はありがてえが、こいつらはこれまでの敵とは違うぞ。鎧も盾も、武器も、サンの奴が強化してやがる。並の武器じゃ、まず通用しねえ……」


 果たしてそれさえも、ハーミスの杞憂だった。

 襲いかかってきた隊員の顔に、カタナと槍が突き刺さった。不意打ちを仕掛けようとした二人の隊員の目を、エルフの矢が撃ち抜いた。


「うぎゅごえッ!?」「えびッ!」


 合わせて三人をたちまち殺してみせた四人は、ふん、と鼻を鳴らして言った。


「……わしら獣人を甘く見なや。顔面ががら空きなら、転がして刎ねるだけじゃ」


「リヴィオでも殺れるんだ、僕なら造作もない」


「「私達もです! エルフの矢からは逃げられませんよ!」」


 とんだ思い違いをしていた。この四人が――獣人街の男衆と『明星』が、頼りにならないはずがない。彼らはここで、聖伐隊と戦ってくれる。

 ならば、自分達は役目を果たさねば。


「……やっぱり頼りになるぜ、お前ら! 俺は宮殿の中に行く、ここは任せた!」


 大声で吼えるハーミスに、獣の猛りを有する者達と、反逆者は応えた。


「「任せとけえぇ――ッ!」」


 ハーミス達が駆け出すと、彼らの前にいた四人も敵中に飛び込んだ。

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