第226話 神聖


 さて、聖伐隊の隊員を一度に二十人以上失ったサンだが、冷たい顔色になったものの、動揺はしていないようだった。寧ろ、想定の範囲内とでも言いたげだ。


「うん、やっぱり。ハーミスもすごく強いんだね」


 ハーミスもまた、これくらいの罠に動じはしない。


「こんなもんじゃねえよ、俺の力は。今からぶち込んでやるから、覚悟しとけ」


 赤く光る義手を唸らせるハーミスを見て、サンは口元を吊り上げて笑う。


「……でもね、忘れてないかな。ここは聖伐隊の拠点なんだよ。さっき倒した人達だけで全員なんてわけないよね……皆、敵襲だよ」


 そうして彼女が右手の指を軽く鳴らすと、宮殿の奥が騒がしくなった。


「敵襲、敵襲だ!」「賢者様をお守りしろ!」


 かと思うと、さっき真っ二つにした隊員の何倍もの聖伐隊の隊員が、わらわら、ぞろぞろと扉を開き、宮殿の入り口から飛び出してきた。

 いずれも剣や槍、盾を構え、正規軍の兵士のような鎧を身に纏っている。これまでの雑兵なら隊服を着ているだけに留まっていたが、どうやら第二の本拠地だけあって、装備も充実しているらしい。


「やっぱり、こうなるわけね。予想できちゃってたわよ」


 山ほどの隊員達が殺到する中、サンの姿がゆっくりと薄れていく。


「さっきのは小手調べ……この人達の武器は、全部私の聖なる魔法で強化されてるの。そう簡単には破れないから、頑張ってね」


 緑の髪も、白い隊服も透けて見えなくなる。


「私は聖宮殿の最上階、『賢者の間』にいるから。じゃあね、ハーミス」


 目を細めたサンが軽く手を振ると、彼女の姿は完全に消えてしまった。ここで話していたその姿すらも、彼女が作った幻影だとでもいうのか。


「待ちやがれ、てめぇ!」


 だっとハーミスが駆け出すが、遅かった。

 既に聖伐隊は庭に到着し、宮殿へと続く道を埋め尽くすかのようにハーミス達を取り囲んでいた。聖女に洗脳された土地の影響か、これまで戦ってきた隊員達よりもずっと目はぎらぎらと光っていて、殺意に満ちている。


「行かせないぞ、犯罪者どもめ!」


 ただ、こんな言葉に怯えるほど、一行も甘くはない。

 隊員の声を遮るかのように、クレアが巨大なリュックから取り出したのは、魔導突撃銃、アサルトライフル。安全装置を外し、先に攻撃を叩き込んだのは彼女の方だ。


「行かせないじゃないわよ、雑魚が邪魔すんなっての!」


 銃口を敵に向けたクレアが引き金を引くと、紫の魔導弾が、けたたましい音を立てて撃ち放たれた。並の銃撃ではない、鎧も盾も貫通する、『通販』オーダーのアイテムだ。

 ただ、今回ばかりは違った。

 隊員達がしゃがみ込み、全員を覆い隠すように構えた盾に命中した弾丸は、一つも貫通しなかった。まるで盾そのものが軟体になったかの如く、銃弾を柔らかく受け止めたかと思うと、その場に光らない弾丸が転がったのだ。


「……うっそ、マジで?」


 盾の性能にもだが、銃撃戦での戦い方をも会得している様子の敵に驚くクレア。一方、後ろで隊員と白兵戦に挑むルビーも、予想外の事態に不意を突かれていた。


「この、邪魔するな……ガアゥッ!?」


 振り回した拳に、隊員の剣が傷をつけたのだ。突然の痛みに距離を取ったルビーが傷繰りを見ると、焼け焦げているようにも見える。明らかに、斬撃の傷痕ではない。

 怒りの吐息を漏らすルビーを嘲笑うように、隊員の一人が、武器を掲げて叫んだ。


「フン、賢者様が言っていただろう! このグルーリーンは賢者様と聖女様の加護を得た土地だ! その恩恵を頂いた我々に、そんな攻撃が通じるか!」


 彼が天に突き付けた剣は、成程確かに、うっすらと金色の光を帯びていた。

 これがサンの魔法による強化であれば、確かに厄介だ。一度はハーミスの目を欺くほどの能力を、攻撃や防御に転じられるのなら、アサルトライフルの銃撃を耐え、ルビーに傷をつけるくらいは造作もないだろう。


「その話が本当なら、かなり厄介ですね! 魔導突撃銃が通用しない上に、ルビーの鱗に傷をつける武器を全員が持っているなんて!」


 桃色のオーラでなるべく敵を寄せ付けないように、防壁を作るエルの後ろで、ハーミスが義手を捻り、装甲を展開させる。

 襲い来る隊員達の前で、ハーミスの変化を見たエルが彼の後ろに下がる。


「だったら、俺の力で纏めて薙ぎ払ってやる! 『砲撃形態』、『拡散』!」


 ポジションを切り替えたハーミスが義手を敵の前に翳し、掌を開くと、掌底のレンズから赤い光が解き放たれた。

 かつてモンテ要塞を守っていた『ハンドレッド・カノン』を撃破した、枝分かれする砲撃。あれほど勢いはなかったが、今回は発射された一本の砲撃が何十にも分かれて、的確に隊員達を鎧諸共貫いた。


「うぎゃあああ!」「がああぁぁ!?」


 いくら賢者の魔法で強化されていたとしても、ハーミスの義手のエネルギーには勝てないようで、眼前に蠢いていた隊員は全員、胸に風穴を開けて絶命した。

 赤い煙を噴き出しながら装甲が元に戻るのを見て、クレアが呆れた様子で呟いた。


「……最初から使いなさいよ、それ」


「使用回数に制限があるんだよ。ちょっとだけチャージに時間がかかるのが玉に瑕だが、これだけぶっ飛ばしてやりゃあ、少しくらい時間稼ぎには……」


 一度に何十人も始末したのだから、時間稼ぎになってくれないと困る。

 ハーミスはそう言いたかったが、ここはグルーリーン。聖女と賢者の街に、反逆者が休まる時間など到底なさそうだ。


「いたぞ、ハーミス一味だ!」「皆殺しにしろ!」


 今度は扉どころではない。宮殿の裏側から、通路からも、隊員達がやって来る。蟻の巣を燻した時のように、庭に攻め込んでくる。


「……なりゃしねえか。どこから湧いてきやがるんだ、あの人数がよ」


 狂信者の目をした敵が、群れを成す。流石のハーミス達も、民族大移動を彷彿とさせる軍勢を前にして、焦りを隠せない。

 こうなれば、サンを相手にする為の力の温存とは言っていられない。


「こうなりゃグレネードランチャーの一発でもぶち込んでやるっきゃないわ! ハーミス、ポーチからありったけの弾頭と武器を寄越しなさい!」


「ルビーもドラゴンになるよ! やるっきゃない!」


「出来る限り援護します、やるしかないなら!」


「なるべく力は温存しときたかったんだが、やるっきゃねえか――」


 やるしかない。

 全体力を使い切ってでも雑兵を始末しきらねばと、一同が覚悟を決めた時だった。


「――ちょおーっと待ったぁーッ!」


 大仰極まりない咆哮が、どこからともなく庭中に響き渡った。

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