第229話 約束
正直な話、今回ばかりは仲間に任せるわけにはいかないと、ハーミスは思った。
「勇者とトントンか。だったら、今度こそ俺の出番だな」
リオノーレはハーミスにとっては取るに足らない相手だったが、他の仲間が戦うとなると、かなり厳しい敵でもある。だとすれば、義手の力を得ている自分が、多少なり魔力を消耗しようとも戦うべきだ。
『どうかな、ハーミスの好きなようにしていいよ……』
すう、とサンの声が頭から消えていくのと同時に、感情がないように棒立ちになっていた聖光兵が、両手に槍を構え、前屈みになる。つまり、戦闘態勢を取ったのだ。
「そりゃ上等だ、ごちゃごちゃ言ってねえで来やがれ!」
ハーミスが挑発するのとほぼ同時に、聖光兵は彼の視界から消えた。
さっきまでいた場所の床が僅かに跳ねあがり、石の廊下が欠けたかと思うと、次に現れたのは、ハーミスが僅かに顔を上げた目線の先だった。
たった一瞬で、この速度で動く。やはり、純粋な身体スペックだけでも聖光兵は勇者と同等のようだ。だとすれば、彼らが振りかざした槍の威力も、恐らく並ではない。
ならばとばかりに、ハーミスは義手から赤い刃をせり出し、迎撃の姿勢を取る。
「『斬撃形態』、纏めて薙ぎ払って――」
だが、彼の魔力の刃が揺らめくことはなかった。
何故なら、ハーミスの刃と敵の槍が鍔迫り合う間際で、桃色のオーラが双方の間に挟まり、聖光兵の動きを止めていたからだ。
「――ッ!?」
驚くハーミスの前に、背後からルビーとクレアが飛び出る。ルビーはドラゴンの拳を振りかざし、クレアは躊躇なくアサルトライフルの引き金を引いた。
「グルウァッ!」
「近づいてんじゃないわよ、気色悪い!」
聖光兵もこれはまずいと判断したのか、エルが発生させた魔力障壁を弾き、後方へと退いた。五体が息の合った着地をするのを最も近くで見ていたのは、ハーミスの前に立っているクレアとルビー、エルだった。
まるで、三人が事前に打ち合わせをしていたかのような行動を見て、彼は問う。
「お前ら、何してんだよ!?」
返事をしたのは、後ろを振り向きもせず、桜色の目で聖光兵を睨むエルだった。
「……あの賢者の力は未知数です。貴方は力を温存して、先に行ってください」
他の二人も頷いたのを見て、ハーミスは目を見開いた。
「あのな、さっきの話、聞いてたか!? あいつら一人一人が『選ばれし者』と同じスペックなんだ、俺がやらねえと! お前らじゃ荷が重すぎるだろ!」
まともに考えれば――というより、実力を考えれば、ハーミスは自分の言葉に何一つ間違いはないし、寧ろこれ以外の案など有り得なかった。仮に選んだとしても、仲間を危機に晒す選択肢だ。
なのに、クレア達は躊躇いもしなかった。指を鳴らしながら、無表情の聖光兵を睨む彼女達の表情は、決意と勇猛に満ち溢れていた。
「あら、そうかしら? あたしはやる気満々だけど?」
「ルビーもだよ! あんなの、一匹一匹頭を捻じ切ってぶっ潰してやる!」
「だからって……」
それでも彼女達の身を案じるハーミスの声を聞いて、ようやくクレアは振り返った。
「大船に乗ったつもりでいなさいよ。こっちは気にせずに、あんたはあんたで、きっちり復讐を果たしてあのバカ女をブチ殺してきなさい」
笑っていた。
敵は『選ばれし者』と同程度の力を持ち、更に人数でも上回っているのに、クレアは余裕綽々といった態度だった。エルとルビーも、同じ調子で笑顔を見せた。
「クレアの言う通りです。貴方が賢者を倒すことが、聖伐隊や聖女の野望を食い止めることにもなるのですから」
「その代わり、武器と弾薬だけは貸しなさい。グレネードランチャーとかガトリング砲とか、使える物は全部ね、ひひひ」
彼女達は、もしかすると最初から、こうするつもりだったのかもしれない。
サンの下に辿り着くまでに障害があったならば、どんな相手であろうと、自分達が引き受ける。代わりに必ず、ハーミスを宮殿の奥に連れて行くのだと。その為ならば、勝てない相手であっても挑むのだと。
ここまでしてくれたならば、ハーミスが残り続けるのは、リヴィオ達と同様に好意を無下にしてしまう。目的を果たしてこそ、真の礼になるのだ。
そう理解したハーミスは、目を強く瞑り、開き、三人を見つめて言った。
「……死ぬなよ、マジでな」
クレアも、ルビーも、エルも頷いた。
「貴方こそ、ご無事で――来ます、構えて!」
そしてたちまち、三人は正面を向いた。聖光兵達が再度武器を構えて、さっきよりもずっと速い速度で襲撃を仕掛けてきたのだ。
ハーミスが動くよりも先に、クレア達が武器と拳、魔法を片手に突進した。ハーミスも覚悟を決め、ポーチに手を突っ込んでありったけの武器を廊下に置いた。
ショットガン、ハンドガン、グレネードランチャー、ガトリング砲。ありとあらゆる武器を置き、ハーミスも走り出す。
「クレア、武器は置いていく! 好きなだけ使ってくれ……後で会おうぜ!」
聖光兵の槍が、桃色の魔力に防がれる。五体のうち二体が、ルビーとクレアの攻撃を防御している間に、ハーミスは敵の真横を通り抜けた。聖光兵も流石に対応できなかったのか、彼は滑るように廊下を駆け抜けていった。
必ず再開する。約束の言葉を聞いた者達の返事など、決まっている。
「勿論だよ、ハーミス!」
「ぶちかましてきなさいよ!」
クレアの銃撃が無造作に放たれ、聖光兵がまたも離れた頃には、ハーミスは彼らが下りてきた階段を上っていってしまっていた。聖光兵達は振り向きもせず、新たな獲物を標的と定めたらしく、青い瞳に少女達を映す。
単体が『選ばれし者』、それが五匹。クレアは歯を見せて笑っているが、額を汗が伝っている。発言に後悔しているのか、緊張感が限度を超えているのか。
「……さて、あたし達は『選ばれし者』五人と殺し合いと洒落込むわよ」
「冗談を言っていると死にますよ。ルビーも、ドラゴンになってください」
「うん、分かった!」
どちらにしても、腹だけは括らなければ。
ルビーの姿が赤い鱗の竜へと変貌し、クレアはハーミスが残していったガトリング砲を両手に構える。弾倉は付属していて、空になるまで十分撃ち込める。エルの両腕から漏れ出る桃色のオーラは、二人を守れるように壁を作る。
ざらりとした嫌な空気が漂う空間で、三人は聖光兵の動きを一部たりとも見逃さないとばかりに、足元を凝視する。
しかし、甘かった。
決して瞬きをしていない三人の想定を遥かに超えて早く、彼らは動き――。
「――ッ!」
声を上げる間もなく、彼女達に五つの方向から襲いかかった。
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