第221話 東部


 一方その頃、レギンリオル東部、グルーリーンの街周辺。

 ここ暫く、周辺の警備はとても強くなっていた。といっても、聖伐隊による魔物や亜人の討伐ではなく、レギンリオル正規軍による、通常の警備強化だ。

 理由はというと、本国北部のモンテ要塞陥落と、過激派組織『明星』の勢力拡大に伴う被害の増加だ。怪しいものは皆殺せ、と言っても過言ではない精神で、これ以上被害を増やしてなるものかと、半ば躍起になるほど、正規軍の警備は強くなった。

 ただし、それが通用するのは普通の亜人か、ちょっとした集団程度だ。

 例外には、到底通用しない。


「――じゃあ、話を纏めるわね。ここまであたし達が聖伐隊と遭遇しなかったのは、聖女の塔に隊員達が集められてるからって、そういうわけね」


 特に、モンテ要塞どころか、聖伐隊の要所を悉く墜としたこの四人には。

 元聖伐隊の特務隊所属魔女、エル。人間の姿を象った赤い竜、ルビー。ただの盗賊ながら未知の武器を使いこなすクレア。そして、黒い義手と『通販』オーダースキルを持つハーミス。

 彼ら四人は、聖伐隊や正規軍から最重要危険人物として認定されていた。亜人の多くを味方につけているだけでなく、四人だけでも凄まじい戦闘力を有していたからだ。そんな相手に、偶然遭遇した巡回班程度が敵うはずがない。

 彼らはバイクに乗って移動する一行と遭遇してほんの一瞬で、部隊長である一人を残して壊滅させられた。ハーミス達が立つ平野に残るのは、見るも無残な屍ばかり。


「…………」


 残った一人は、顔を散々叩き潰され、その場に正座させられていた。モンテ要塞を出発してから今に至るまで、聖伐隊と遭遇しなかった理由を含めて尋問を受けているが、彼も軍人としての矜持があるのか、だんまりを貫き通している。

 ただ、クレアはそれが気に入らないようだ。


「あんたに聞いてんのよ、ほら、さっさと答えなさい!」


 ナイフをくるくると回し、部隊長の膝に突き刺すと、彼は悲鳴を上げながら答えた。


「うぎゃあぁ! そ、そうだ、聖伐隊の多くが本部へと召集された! だから俺達正規軍がこうして警備をしているんだ!」


 成程、聖伐隊自体が本部、つまりレギンリオルの中心部に移動しているのであれば、遭遇しないのも頷ける。しかし、モンテ要塞が陥落したタイミングで警備の手を緩めるのは、どうにもメリットを感じられない。


「どうしてだろう、ハーミス?」


 ルビーが首を傾げる隣で、ハーミスとエルがそれぞれ意見を出し合う。


「『明星』や俺達との決戦に備えて、何かの準備をしてるのかもな」


「或いは、この辺りを守る必要がなくなった可能性もあります。カルロが話していたといいう、『門』とやらの準備が整ったとすれば、ここに兵隊を集める理由はないでしょう」


 彼らが思い出すのは、かつてバルバ鉱山で見た巨大な輪状の構築物、『門』。

 制作者である『選ばれし者』のカルロは、それが何かを呼び出す扉であると話していた。何であるかはさっぱりだが、聖伐隊が作り上げ、しかも魔物達の生命エネルギーを使って魔力による攻撃まで可能とした兵器など、碌なものではない。


「なるほどね、本拠地をガッチガチに固めるって作戦ね……ちょっと、あんた。『門』は完成したのか答えなさい。答えなかったらぶちのめすわよ、仲間みたいにね」


 クレアが親指で指したのは、倒れ動かなくなった仲間達。彼女の左手に握られた魔導突撃銃、アサルトライフルの犠牲者が半分以上を占めている。

 彼女の問いに、部隊長は首を傾げた。


「……もん、だと「しらばっくれんじゃないわよ!」があああぁ!?」


 その瞬間、クレアの蹴りが彼の顔面に突き刺さった。もんどり打つ彼に、ハーミスは彼が『門』の正体や形を知らないのではないかと思い、クレアを脇にどかして言った。


「説明が悪かったな。聖伐隊の本部で、空に浮くわっかを見たことはあるか?」


 部隊長は折れたらしい鼻を抑えながら、思い出すように答えた。


「……ああ、それなら、あるぞ。聖女の塔の一番上に浮いている輪だ。聖女様は、あれが放つ聖なる光が、魔物を遠ざけていると仰られた」


 やはり、聖伐隊の本部にも、同じ『門』があったのだ。

 しかも、聖女の塔と呼ばれる施設まであるらしい。十中八九そこにローラがいて、しかも呼び出される誰かについての研究や、エミーが話そうとしていた内容についての調べも進めているのだろう。


「嘘っぱちだな。その聖女の塔って辺りに、魔物や亜人は収監されてるか?」


「聖伐隊の本部に、奴隷は収監されている……毎日かなりの数が押し込められていくが、あれだけの化物どもをどうやって地下に収納しているのかは……」


「黄金炉のエネルギーにされている、と思ってよさそうですね」


 ハーミスが覚えている限り、カルロは確か、魔物や亜人を『黄金炉』と呼ばれる循環装置に入れて、金色の液体に変えていた。それは生命エネルギーであり、『門』を動かすのに必要なのだ。

 そしてもう一つ、必要だとされるのは、バルバ鉱山で採掘されていた宝石だ。


「……もしかして、妙な鉱石を集めろ、なんて命令が下されてないか?」


「……どうして知っている? 確かに、聖伐隊だけでなく正規軍の方にも、『星宝石』とかいう石を集めて本部に持ってこいと指示があった。何やら星の力を集めるだとか、よくわからんことを聖伐隊の連中は言っていたが……」


 バルバ鉱山にあった二つのエネルギー。

 そのどちらもが、聖伐隊の本部に揃ってしまっている。つまり、集める経路は確保できているので、時間とエネルギー量さえあればいつでも稼働できる。下手をすれば、今この瞬間にもその時は来てしまうのかもしれない。


「生命エネルギーに、星のエネルギー。条件は整っちまってるな」


 顎に指をあてがうハーミスを見て、ルビーは不安そうな表情を浮かべる。


「じゃあ、もうすぐ『輪』は動き出しちゃうってこと? だったら止めないと!」


 もしかすると、サンがグルーリーンに来いと言っていたのは、罠なのか。

 聖女の目的がもうじき達成されるから、あえて自分の下にハーミス達を引き寄せて、時間を稼ぐ。理にかなっているし、現時点で彼らがそうされると、非常に困る。


「……ムカつくが、サンのところに行ってる余裕はないかもしれねえな。最短距離で聖女の塔とやらに行って、『輪』を破壊しねえと、いつ動き出すか――」


 復讐よりも物事を優先させたくないが、ローラの思惑通りに物事を運ばせるのはもっと危険だし、何より彼女達が世界を大きく変えるとするなら、放ってはおけない。

 渋々ではあるが、ハーミスが目的地を変更する旨を仲間と相談しようとした時。


『――そこにいるんだね、ハーミス』


 正規兵の誰かが落とした、耳に装備する通信機。

 ハーミスの足元に転がっているそれから、サンの声が聞こえてきた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る