ヒューマン

第220話 助力


 レギンリオル国土から見て東に真っすぐ進んだ先に、とある街がある。

 といっても、街というには規模がかなり大きい。一つの都市規模の土地面積を誇るその街は、周囲を巨大な壁と、その上を這う奇妙な黒い虫のような何かに守られている。

 赤煉瓦の街並みが美しいここを、人も亜人も、等しく『獣人街』と呼ぶ。獣の耳と尻尾が生えた獣人族のみが住み、ギャングと呼ばれる組織が治安を守る、非常に珍しい形式で成り立っている街だ。

 さて、そんな街には今、住人以外のとある一団がやってきていた。

 彼らは皆、一様に緑のマントを羽織っている。魔物の背に跨り、誰もが亜人であるこの組織は、聖伐隊の圧制に反抗するレジスタンス、通称『明星』。

 獣人達が騒めく中、獣人街でも一際大きな屋敷に、一部の『明星』のメンバーとギャングの幹部が集まっていた。総勢二十名ほど、巨大なテーブルを挟んで向かい合っている。


「――それじゃあ、話を纏めようか」


 『ゼウス』と呼ばれるギャング側の中心に位置し、ソファーに座っているのは、頭領のニコ。白のシャツと黒のズボンをきっちりと着こなし、灰色の髪を撫でつける少年は、眼鏡を指で動かしながら話し始める。


「君達『明星』と聖伐隊の戦いが最終局面に近づいている。組織、ひいては国との戦いになる可能性もあり、現状の戦力だけでは不安が残る。聖伐隊との戦力差を……」


 だが、あまりに長くなりそうだと判断された説明は、隣の女性に遮られた。


「つまり、手を貸してくれっちゅうことじゃな?」


 じとりと睨むニコの隣に座っているのは、虎のような縞模様のショートヘアと縞模様のシャツを着た、副頭領のリヴィオ。刈り上げた髪をぼりぼりと掻く彼女とニコの後ろには、屈強で粗暴そうな獣人の男達が、何人も立っている。

 緑のマントを羽織った面々はやや委縮していたが、向かい側のソファーに座る、金色の髪のエルフ――双子のようなモルディとカナディは、臆せず返事をした。


「はい、今私達は方々の同胞達に、援助をしてもらえないか相談しています」


「多くのところで食料を含めた物資の援助を頂いています。そこで、獣人街にも少しでもいいので、手助け頂けないかと……」


 彼女達がここに来たのは、出来る範囲での援助を約束してもらう為だった。

 聖伐隊との戦いが長引けば、国家相手にはどうしても不利になる。だからこそ、レジスタンスに参加していない他の集落にも、どうしても助けを求める必要があったのだ。

 無理な話かと固唾を飲んで見守る一同の前で、リヴィオは膝を叩き、ガハハと笑った。


「なーにを遠慮しとる! わしらの街を潰そうとした連中を滅ぼすっちゅうんじゃ、そんな話なら大歓迎じゃ! 物資は好きなだけ持ってけ!」


 色よい返事を聞き、モルディ達の顔がぱっと晴れた。


「「あ、ありがとうございます!」」


 彼女達が快諾したのには、聖伐隊との騒動が関係している。

 連中は二つのギャングを意図的に激突させて、壊滅させようと企んでいたのだ。その事件を解決し、更には攻撃を仕掛けてきた聖伐隊を壊滅させるのに一役買ってくれたのが、誰あろうハーミス一行である。

 ソファにもたれかかりながら、ニコは共に戦った同志の顔を思い出す。


「連中との戦いも懐かしいな。ハーミスは今、どうしてるんだい?」


 顎に指をあてがいながら、モルディは同じエルフであり、『明星』の隊長であるシャスティの言葉を思い出す。彼らはレギンリオルの北部にいたはずだ。


「ハーミスさんですか? 確か、シャスティさん達が言うには、聖伐隊の要塞を一つ陥落させたようです。私達『明星』と協力して、数日前に奪い取りました」


「ほう、やるな、ハーミス達は。獣人街を守った時より、一層強く――」


 ここにいた時よりずっと活躍しているな、とニコが感心した時だった。


「――そりゃあ楽しそうじゃのう! ニコ、わしも行くぞ!」


 リヴィオが拳を握り締め、牙を見せるような笑顔と共に立ち上がった。


「……何だって?」


 嫌な予感を覚えつつ、ニコが怪訝な顔で彼女に聞くと、リヴィオはばっと彼とモルディ、カナディを見回し、親指を立てて吼えた。


「あいつらが聖伐隊をしばき回しとるのを聞くと、血が滾ってきよったんじゃ! お前ら、人数を集めろ! ここから一番近い聖伐隊の駐屯所を潰して回るぞ!」


「「はい、リヴィオの姉御っ!」」


 彼女の一声で、後ろにいた男衆達は動き出したが、唐突にもほどがある。

 ニコや『明星』の面々が慌てて立ち上がり、止めようとするのは当然だ。物資の供給はありがたいが、まさか戦いに興じるとまでは誰が予想できただろうか。


「待て待て待て、こっちから攻撃を仕掛けるって、正気か!?」


「そ、そうですよ! 物資の援助だけでも十分です、ね、カナディ!?」


「そ、そうですよ! わざわざ戦いにまで加わらなくても、ね、モルディ!?」


 三人が説得にかかるが、一度火のついたリヴィオを止める術はない。


「何を言うとる、国を巻き込む戦争になるなら、ここで待ってようがこっちからカチコミをかけようが一緒じゃ! それにこいつらも、聖伐隊にやられた恨みはまだ消えとらんからのう!」


 腰にかけたカタナを揺らしながら、リヴィオの目は既に、遠くレギンリオルを見ているようだった。彼女の言う通り、まだ攻撃を受けた恨みは残っているらしい。


「確か、ここから一番近いのはレギンリオルのグルーリーン、その周辺か! 手当たり次第にぶち壊して、ハーミスの助けをするぞ! ガハハハハハ!」


 げらげらと笑いながら、リヴィオは屋敷の奥へと大股で歩き去っていった。

 あまりに唐突な事態と、半ば決定してしまった攻撃宣言に戸惑う『明星』のメンバー達の思いを代弁するかのように、モルディがおずおずとニコに問う。


「……あ、あの、いいんですか、ニコ頭領さん?」


 肩をすくめて、ニコが答えた。


「……ああなったらリヴィオは止まらない。幸い、街の防御はハーミスが残した兵器に任せておけるし、彼女の気が済むまで付き合ってやるしかなさそうだ」


 彼はリヴィオと違って冷静だが、心中に燃えるのは、ギャングとしての残虐さだと、エルフの二人は思い知ることとなる。


「それに――僕も、まだ連中を許してはいないからな」


 なぜなら、彼もまた、戦いには否定的ではなかったからだ。

 ニコも、ニコの後ろに並び立つギャングも、怒りを隠さない、静かな笑みを浮かべていた。復讐をする機会が転がり込んできたとでも思っているのだろうか。

 戦力が増えた。しかもギャングという戦闘のプロ。

ありがたいはずなのに、モルディもカナディも、体を震わして身を寄せ合った。


(ギャングって、怖いよぉ……!)


 とにもかくにも、一同が向かう先は決まった。

 聖伐隊第二の本拠地とも言われる、グルーリーン。

 奇しくも、ハーミス達が目指す街でもあった。

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