第219話 開闢


「で、その賢者サマが、あたし達に何のようなわけ?」


「ハーミスに手は出させない。そんなことするなら、噛み殺してやる」


 聖なる霊体分身から距離を取りつつ、クレアとルビーは臨戦態勢を取る。敵が仮に攻撃を加えられないとしても、聖伐隊の幹部である以上、全く油断はできないのだ。

 一方、サンは相変わらず笑顔を崩さない。ただ、見た目こそ朗らかではあるが、目の奥は一つも笑っていないのには、誰もが気づいている。


「ううん、私は何をしに来たわけでもないの。ただ、ハーミスに伝えに来たんだよ」


 数年経っても変わらない声で、彼女は不変の真実を告げる。


「こんな些細な邪魔をしたって、私とローラの計画は、もう止まらないって。国を滅ぼしても、何をしても、世界の変革は決まってるの――人間は、『進化』するんだよ」


 聖伐隊、もといローラの願う邪悪の極み足りえる野望を。

 人間が進化するなど、どう聞いても真っ当なものではない。これで喜ぶのは新興宗教にずぶずぶとはまっている思考回路の停止した人間か、それに気付かない大間抜けかのどちらか。尤も、首謀者の二人はどちらにも当てはまらないだろう。

 何より、ハーミスの勘は当たっていた。魔物廃滅は、ローラの目的ではなかったのだ。


「……魔物、亜人の廃滅は、やっぱり目的じゃないんだな」


「そんな小さなことじゃないよ、ローラと為すのは。もっと崇高で、大きな使命なの」


 自分に酔っているかのように、サンは大袈裟に両手を広げて、言った。


「知りたかったら――レギンリオルの東部、聖伐隊第二の拠点、グルーリーンの街に来て。そこで全てを教えてあげる。私と、ローラと、『彼ら』の計画を」


 彼女は悪魔でも憑りついたかのように、哂った。

 自分達の描く未来は決して変わらない。確信しているからこそ、彼女は自分がいるのであろう、聖伐隊の拠点に来いとハーミスに挑戦状を叩きつけたのだ。

 敵の本拠地、レギンリオル。そこに来いというのは、遠回しに相手を殺すと言っているのも同然だ。『明星』やレジスタンスと組んで乗り込むのならまだしも、たった四人で挑むなど危険極まりない。

 しかし、誰もが息を呑む中、ハーミスはぎろりとサンを睨み、鼻で笑い返した。


「……聞いたうえでぶっ潰してもいいなら、乗ってやるよ、その挑発にな」


 ハーミスは、臆してなどいなかった。寧ろ、何が待っていようとも戦う気でいた。

 彼だけではない。仲間の誰一人として、聖女ローラの恐ろしい計画にも、聖伐隊の蔓延る大都市への無謀な突撃を恐れてなどいなかったのだ。サンにも、その感情は伝わっていたようだが、彼女もまた恐れなど微塵も抱いていないようだ。


「聞いたらきっと、全部諦めちゃうよ。何もかも無駄だって、諦めたくなるから」


「話はそれだけか? じゃあ、グルーリーンで首を洗ってろ」


「うん……待ってるね……ハーミスが、無力に絶望する顔を……」


 ふふふと笑いながら、サンの姿は蜃気楼のように消えていった。後に残されたのは、ハーミスと、呆然とする仲間達、『明星』の面々だけ。


「……罠よ、これ」


 ぽつりと呟いたクレアの言葉に、ハーミスは余裕の態度で返した。


「分かってる。けど、避ける理由もねえだろ。本性見せたあいつらが、世界を巻き込むようなことをやらかそうってんなら、猶更だ」


 これくらいなら何でもない、と言いたげなハーミスの表情に、クレア達も一層勇気づけられる。アルミリアやゾンビ軍団も、腹の奥に気合いが篭る。

 そして、話を聞いていたのは彼らだけではない。


「そうですね、ハーミス様の言う通りです」


 緑のマントを翻し、毅然と歩いてきたベルフィとシャスティ。『明星』における二大巨頭が放つカリスマからは、仲間の前で見せる優しさや、ハーミスにしか見せない乙女っぽさは欠片も感じられない。二人は今、強大なレジスタンスのリーダーそのものだ。


「話は聞かせてもらった。奴ら、とんでもない悪行を成そうとしているようだな……国を滅ぼしてなお止まらないと豪語するなら、お望みどおりにしてやろう」


 シャスティの宣言は、聖伐隊との全面戦争を意味していた。

 過激ともとれる彼女の発言だが、誰も制しなかった。寧ろ、ベルフィはシャスティに続いて頷くと、指導者としての見解を告げた。


「我々は国外に残る全部隊を集めます。要塞の整備が整い次第、国境周辺から西部に移動し、聖伐隊の活動範囲を狭めるよう攻撃を仕掛けます。ハーミス様は……」


 ベルフィが四人を見ると、ハーミス達は既に、決意を固めていた。


「直ぐに出発する。グルーリーンに行くよ」


 それ以上の言葉は必要なかった。

 誰が止めようと、危険だと言おうと、ハーミスが決めた路に四人はついて行く。彼と共に歩み、戦う。地下墓地からモンテ要塞に至るまでに培われたハーミス達の絆は、確固たる信念の下、この答を出した。

 一抹の不安がないとは言い切れない。だが、ベルフィが彼を止める理由もない。


「そうですか……どうか、ご無事で」


 彼らの歩む先に、幸運を。そう祈り、ベルフィはハーミス達を見つめた。


「皆もな、何かあったらすぐに駆け付けるよ」


「また会いましょ、きっとね」


 ハーミスやクレアも、ベルフィ達の幸運を、微笑みと共に祈った。

 昇り切った陽の光が、モンテ要塞に集う反逆者達を照らしていた。


 ◇◇◇◇◇◇


 バイクを飛ばし、ハーミス達は去ってゆく。

 サンの登場から、影が遠くなっていく今この瞬間まで、あっという間だった。

 荷物を纏めていた時から、周りの者とあまり会話をしなかったのは、名残惜しいと思わないようにする為の、己自身への戒めだったのだろうか。四人が四人とも、強い意志を秘めているように見えたのも、気のせいだろうか。

 真意を確かめる日は、戦いに勝って自由を掴み取り、再びまみえる日になるはずだ。

 『明星』の構成員が戦いの準備に励む中、ベルフィとアルミリアは、並んで地平線に消えてゆくハーミス達を見送る。見えなくなるまで、ずっと見送る。

 ふと、顔を向けずに、アルミリアはベルフィに聞いた。


「……ベルフィよ、お主はハーミス達をどう思う?」


「貴女と同じです。そして初めて会った時と変わりません、アルミリア」


 ベルフィは、遠くを眺めたまま答えた。


「――彼らは闇を打ち砕く者です。どんな苦境であっても、どれだけの難敵が待ち構えていようとも、きっと悪を討ち滅ぼす、眩いばかりの光です」


 淡く輝く、遥か遠く。

 今は届かずとも、きっと見える開闢。

 ハーミスはきっと、自らを――仲間を、世界を導く。


「うむ。わらわもそう信じておる。最後にして、最大の希望であるとな」


 気づけば誰もが、光射す先を見つめていた。

 新たな旅、そして最後の旅に赴く、救世主達の道標を。

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