第214話 逆襲⑩
辺りを炎燃え盛る廃墟にしたユーゴーは、ハーミスを虚仮にするように大笑いした。
「どうだ、ハーミス? ビビっちまって、声も出ねえか?」
人の姿でありながら、人を超えた力を手にしたユーゴーは、既にハーミスに勝った気でいたのだ。この能力を前にして、仮にさっきまでの彼と対峙したとしても、負ける理由がないと確信していた。
鋼の体。支配した魔力。もう、負ける気がしないのだ。
「てめぇよりも速く、強い、究極の姿だ。ハーミス程度には過ぎた力だけどよ、この姿で殺してもらえるのを感謝するんだな」
だからユーゴーにとって、目の前にいるのは、自分の力に恐れ慄くハーミスの姿であるはずだった。そうでないとおかしいとすら思っていたし、最低でも汗を流し、この苦境をどうしようかと悩んでいるだろうと思っていた。
余裕綽々の態度で、ユーゴーはハーミスがどれだけ苦しんでいるかを見据えた。
「……くだらねえ」
果たして、彼は迷いも、苦しみもしていなかった。
「……んだとォ!?」
目を血走らせて喚くユーゴーを見苦しいと言わんばかりのハーミスは、むしろ呆れてさえいるようだった。散々驚かせた割には、この程度かと。
「何をするかと思えば、鋼で自分を覆って、人様の生命エネルギーを借りて威張り散らすだけかよ。どこまで行っても独りよがりで、弱い自分を隠すことしか考えねえんだな」
再び弱いと言われたユーゴーは、眼球が飛び出しかねないほどの突発的な怒りに駆られたが、辛うじて感情を抑え込み、ハーミスに言い返した。
「はっ、だったらあのガキはどうだ?」
彼の言うところのガキとは、つまりアルミリアのことだ。
「あいつはずっと強がってたぜ、俺様に殺されるって時までな。俺様からすりゃあ、あれこそ情けねえ、弱い自分を隠してる惨めなざまだ。てめぇの理屈じゃ、あいつと俺様と、何が違うってんだ? ええ?」
自らの発言が自分自身を貶めているとも知らずに、ユーゴーは言ってのけた。
ユーゴーからすれば、アルミリアは正しく弱者だった。強がりしか言えず、抵抗も碌にできず、ただ喚くだけの餓鬼。そんな彼女と自分がどう違うのかと、答えられるのかと、ユーゴーはそう言いたかったのだ。
そんな答えすらも、ハーミスは持っていた。
「……アルミリアの強がりは勇気そのものだ。どうあっても諦めねえ、自分の役割を知っていて誰かに勇気を与える為の強がりだ。で、お前は何かって、教えてやるよ」
己の使命を果たすべく、必死に抵抗したアルミリア。苦境に立たされようとも尊厳を守り通した彼女と、ユーゴーが同じだなどとは。そんな戯言は、彼女への侮辱だ。
当然のように同じ線の上に立つなど、許してなるものか。
「お前のは、ただの卑屈な感情だよ――卑怯者が、臆病者が、てめぇみてえな腐れ外道が、アルミリアと自分を一緒くたにしてんじゃねえッ!」
怒りと共に言い放ったハーミスの言葉が、ユーゴーの顔を醜く歪ませた。
「――んぎいいいいいいいい――ッ!」
彼以上の憤怒を、ユーゴーは隠そうともしなかった。痙攣にも似た様子で暴れ散らしながら、両手を前に翳し、またも雷状に変換した紫色の魔力をハーミス目掛けて発射した。
「俺様を臆病者扱いするんじゃねえええぇ! ハーミス、死ねえええええッ!」
圧縮された雷は、弧を描きながらハーミスへと突進してゆく。速さ、威力、どれをとっても並の人間なら即死、巨大な魔物であっても体を引き裂かれるのは必至。
ユーゴーも、ハーミスの死は間違いないと思った。
「それが全力かよ、ユーゴー。興覚めだ」
そんな妄想が通じないと、塔の最上階で彼は学ばなかったようだ。
ハーミスは虫の群れを払うかのように、右手を軽く振った。すると、無数の雷はあっさりと弾かれて軌道を変え、一番近くの城塞跡に激突し、粉々にしてしまった。
魔力障壁を使って、必死に防いだわけでもない。何か特別な能力を使ったようにも見えない。なのに、自分の渾身の一撃を、児戯以下であるかのように跳ねのけたというのか。さしものユーゴーも、これには唖然とせざるを得なかった。
「……あ、あれ? 障壁も、使って、ないのに?」
しどろもどろにさえなりつつあるユーゴーの前で、ハーミスは右拳を見せつける。
「この腕そのものが魔力障壁みたいなもんでな、さっきはどれだけの威力か分からなかったから念の為に発動したんだよ。けど、この程度ならもう障壁を広げる必要もねえ」
彼の腕は、その存在が並の魔法師を超越し、騎士を上回る。防御力も攻撃力も、天啓やスキルが必要ないほどのスペックを誇るのだ。そんな代物から流れ出る力がハーミスの中を駆け巡っているのだから、彼自身が強化されるのも当然と言える。
同時に、この力に耐えうるハーミスの執念も、相当なものである。ただ、彼はこの義手だけの力でユーゴーを倒すつもりはなかった。
「お前は全力で戦うつもりなんだよな。だったら、俺も全力を見せてやる」
彼を倒すのであれば、心まで完全にへし折らねばならない。
ハーミスがズボンの右ポケットから取り出したのは、金色に輝くカード。鋼の目を丸くして、ユーゴーがぽかんと開けた口で問う。
「……な、なんだ、それ……?」
「ライセンスだ、これを砕いた間は職業の天啓に伴うステータスの変動とスキルを得られる。こいつの場合、ちょっと特殊な職業だけどな」
さらりと説明したが、内容は通じたようだ。
「す、スキル如きで俺様に敵うと思ってんのか!」
ただのスキルを得るだけだと思って高を括るユーゴーだが、これほどの力を手に入れたハーミスが使うアイテムが、並であるはずなどないのを理解していない。
ハーミスの右手の中で、ライセンスカードが砕かれる。
彼の掌の中が煌めき、顔の隣に橙色に透けたステータス画面が現れる。人間である証拠だが、彼にとっては黒く塗り潰された、人でもそれ以外でもない証となっている。
黒塗りの数字が上から金色に塗り替えられ、画面そのものが眩く輝く。死人であるはずのステータスは書き換えられ、腕力や体力、精神力の数値が変わってゆく。いつもであれば規格外の数値になるのだが、今回既に異常な数値を叩き出している。
義手の力がある以上、変える必要がないのだ。
大事なのは、彼に与えられた天啓と、それに伴うスキルである。
「普通のスキルじゃ、そうはいかねえだろうな。けど、さっきも言ったろ。こいつは特殊だってな――」
ハーミスの左目の色が、青から変わる。
黒点の黒を中心とした、虹の七色に。
真に人外となった者の存在を直視し、ユーゴーは目が離せない。認めたくない怯えから目を逸らしていた彼ですら、ハーミスの変貌に畏怖し、動けないでいるのだ。
ちりちりと肌がひりつく。周囲の空気が、歪んでさえ見える。
ステータスが消え、ハーミスの七色の瞳が、赤く揺らめく魔力を灯した義手が、この世にプライムを名乗る者は二人もいないと代弁していた。
職業、スキル、いずれもこの世に存在しない力を宿し、ハーミスは言った。
「――職業の名は、『抑止者』。何もかもを止める、調停の力だ」
救世主にして、人知超越の王。
ハーミス・タナー・プライムが、今ここに顕現したのである。
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