第213話 逆襲⑨


「そんな体でもやっぱり痛覚はあるのか。驚きだな、っと!」


「うぎィ!?」


 悶え苦しむユーゴーを蹴飛ばし、ハーミスは彼の右腕から『注文器』を引っぺがした。金属の腕は溶けずに、光の粉のようになって消滅してしまった。

 きっと、これがユーゴー・プライムの体における弱点の一つなのだろう。肉体は修復されるが、過剰なダメージには耐えきれず、切り離された部位はこうして消え去る。実際、瓦礫に頭から突っ込むも、どうにか立ち上がったユーゴーには右手がなかった。

 失った部分は、修復が利かないのだ。彼のウィークポイントを知れたハーミスは繭を少し上げながら、義手に『注文器』ショップを巻いた。正常に動き、青いカタログ・モニターを表示するのを見つめながら、ハーミスは言った。


「うん、やっぱこれがあるとしっくりくるな。手持ちの金がねえから『通販』オーダースキルは使えねえけど、お前をぶっ飛ばすにはこの義手だけで十分だ」


 赤い光の刃を消散させる彼を、よろめくユーゴーが睨みつける。


「こ、この、野郎……!」


「随分とビビってるみてぇだな。怖いか、俺の力が?」


 凛としたハーミスの瞳に射竦められるユーゴーだが、強がりはまだ残っている。


「こ、怖えぇだと!? 俺様は最強の体とスキルを手に入れたんだ、怖れるもんなんて何もありゃしねえ! 俺様はユーゴー・プライム、最強無敵の存在だ!」


 ただ、それすらも、ハーミスの言葉によって瓦解するのだが。


「……じゃあ、どうして俺と目を合わせねえんだ?」


 ハーミスに言われて、ユーゴーはようやく気付いた。

 自分が敵と目を合わせていないのに――足元や手元ばかりを見ているのに。


「――は?」


 無意識に、ハーミスの目を見ていなかった。青い目の奥どころか、対峙していても顔すら碌に合わせられないのにハーミスですら気づいていたのに。

 射竦められた瞬間から、ユーゴーは鋼色の肌を伝う汗を感じていた。それは間違いなく、ハーミスの言う目を合わせない理由が、的を射ている証拠でもあった。


「ジュエイル村で戦った時からそうだったよな。お前は自分より強い奴とか、怖い奴がいると目を逸らすんだよ。俺だけじゃねえ、クレア達も、アルミリアだってきっと気づいてるぜ。お前の本質は、臆病者の小心者だってな」


 自分よりも強い者から、目を逸らす。ユーゴーの本質の行動具現だった。

 ずっと隠してきたし、ばれていないと思っていた。しかし、ハーミスにはしっかりと見えていた。愚かなまでの弱さも、必死に取り繕う虚勢も。


「本当はローラのことだって、怖いと思ってるんじゃねえのか? 自分に理解できない聖女、『選ばれし者』を統べる女。恋人だ何だって言ってるが、怖がってるのを隠してるだけなんだろ? ばれないようにしてるだけだろ?」


 ぎくりと、ユーゴーが目を見開いた。体中に流れる汗が一層多くなる。

 ローラを愛していると言い続けてきた。常に対等な関係であると周囲にアピールし続けてきた。その実は、自分が彼女の目の奥に見た、人非ざる恐怖を自他問わず悟らせない為だった。本心を蓑で覆い隠して、誰にも見せていないつもりだった。

 だから、ハーミスに弱さを見抜かれたユーゴーは、狼狽した表情も隠さず、ただ必死にそうではないと、自分は強いのだとアピールするしかなかった。


「そんなわけがねえ! 俺様は……」


 話せば話すほど、自分が臆病者であると言って回すのと同じだとも気づかずに。


「力で勝る相手だけじゃねえ。お前が怖がってるのは、心の在り方でも勝てない相手だ。力だけじゃ屈させられねえ相手だって、お前は怖いはずだ」


「黙れ、黙れ黙れ! そんな奴はいねえ、俺様はどんな奴もねじ伏せるんだよ!」


「アルミリアはどうだ? 黙らせられたか、心で勝てたか?」


 はっと、あの小さなゾンビ少女の顔が脳裏を過る。

 力では決して自分に勝てない彼女が、プライドをへし折ってやろうと優越感に浸っていた自分に、何と言ったか。思い出さないふりをしているが、心が認めかかっている。


「ぐ、うぅ……うるさい、黙れ!」


「どんな力を持とうが、どれだけ偉くなろうが関係ねえ! 卑屈な目ェ晒して、弱い者いじめでオナニーしてるてめぇは一生負け犬のまんまだ、ユーゴー!」


 自分が何者であるか。力を得ても、地位を得ても、変わらない本質が何か。


『強い力を持っていても、お主の目はびくびくと怯えておる』


『いつ、自分よりも強い者が現れないか、そ奴に弱いとばれないかと恐れておる!』


 アルミリアの声が頭にこだました瞬間、ユーゴーの理性は完全に壊れた。


「――黙れ黙れ黙れ、だばれえええええぇぇぇぇ――ッ!」


 ぎょろりと、血走ったユーゴーの目が明後日を向いた。

 平常心を、まともな感情をかなぐり捨てた咆哮と共に、彼の体はどろどろに溶けだし、人の形を捨てたスライムのような軟体へと変貌した。


「……ッ!?」


 それだけであれば、単にユーゴーが引き籠ったくらいにしか思わなかっただろう。

 次の瞬間、ユーゴーだったスライムの体が僅かに引っ込んだかと思うと、まるで何かを捕食するかのように、液体金属が要塞中に飛び散ったのだ。ユーゴーを中心として、並の人間では目に映らないほどの速さで飛散するスライムの目当ては、予想外だった。


「うわあああ!」「何だこれ、ぎゃああッ!?」


 スライムがぶつかったのは、聖伐隊の隊員や、レギンリオル正規軍の兵士だった。

 ほんの僅かな欠片にでも触れると、スライムはたちまち大きくなり、人間を一呑みにしてしまった。中で暴れても、スライムが圧し潰してしまい、直ぐに大人しくなる。

 そんな光景が、要塞中に広がっていく。人が呑まれ、喰われていく光景は地獄絵図以外の何物でもない。逃げても、隠れても、鋼色のスライムは必ず人間を捕食する。


「逃げろ、逃げ、わあああ!」


「誰か、誰か助けてくれええええッ!」


 ユーゴーの魔物への嫌悪感からか、ゾンビや亜人は食べられない。それでも、残っていた敵がまんべんなくスライムによって食べられていく様に慄いたのか、中には武器を捨てて逃げ出す者までいる。

 自分以外の人間を喰らい尽くすスライムが戻る先は、ハーミスの前に残る、ユーゴーの本体だ。彼が何をしようとしているのか、彼は理解していた。


「……取り込んでるのか、人間の生命力を……!」


 無数のスライム達が、鋼の軟体へと集まってくる。

 大小様々なスライムが集まってくるにつれて、それはただの軟体ではなくなってゆく。明確に人の形を取り戻し、元あったユーゴーのサイズへと戻りつつある。


「……クク……もう誰も……俺様になめた口はきかせねえ……!」


 鋼色を保ったまま、人の形を保ったまま、ユーゴーの特徴を取り戻す。髪も、歯も、全てが鉄と同じような色で、隊服すらも体と一体化した様は、既に人間ではない。

 紫の魔力を時折迸らせる彼は、金色の目を開き、遂に完成した。


「……これが俺様の真の姿だ。ユーゴー・プライムの究極体、人の域を超えたんだよ」


 さっきまでの焦りはどこへやら、ユーゴーは完全な力を手に入れたとでも言いたげな態度だった。全てが鋼と同じ色に染まった彼は、軽く肩を鳴らし、歯を見せて笑う。

 勿論彼がこんな姿を手に入れたのは、ハーミスに見せつける為だけではない。

 ユーゴーが体を縮めて、何かを溜め込むような仕草を見せた後。


「今の俺様の力がどんなもんか――見せてやるよおォォ――ッ!」


 彼は叫びながら、体の中にある魔力を解放した。

 雷を模した紫色のエネルギーは、ユーゴーを中心として要塞中を埋め尽くした。

 塔を貫き、城壁を破る。衝撃波はゾンビを溶かし、魔物や亜人は雷に抉り取られる。限界まで研ぎ澄まされた暴力は、いかづちの形を取り、要塞に破壊を齎す。

 ただただ破滅し、悲鳴と轟音で支配されたモンテ要塞の中、最強の姿を得たユーゴーとハーミスだけが向かい合っていた。

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