第212話 逆襲⑧


 周囲が炸裂した。石が砕けた。

 眼球も、口蓋も、ユーゴーの顔を構築する全てが破裂したかのように潰れ飛んだ。


「お、ご、ごがああぁぁッ!?」


 滅茶苦茶に壊れゆく体と塔がスローモーションに感じる中、ハーミスの攻撃はこれだけに留まらなかった。

 義手の前腕部分、左右の装甲が開く。さながら噴き出る炎のように、魔力が解き放たれる。かつてジュエイル村の谷で買った加速装置の如く放出されるエネルギーが、ユーゴーを押し付ける拳から放たれればどうなるか。


「うおおおおおあああああぁぁぁぁ――ッ!」


 ありったけの叫びと共に、ユーゴーの体は塔を割りながら地面へと激突した。

 大きな白い塔が、真っ二つに裂けてゆく。顔を凹ませたユーゴーの体が、石を破壊する度に異様に揺れ、折れ曲がる。そんな体だが、地面に直撃して、ようやく止まった。


「ぶ、ぶぎゅう……?」


 とんでもない音を立てて崩落する白い塔の中心で、ハーミスに頭を潰されたユーゴーは、まだ生きていた。砂埃が立ち込めるのも眺められない、液体金属の顔を動かすほかない彼は、現実を受け止め切れていない。


(何だ、これは? 俺様が、血を流してる、そんな、ことが?)


 金属以外のものが流れている。腕から、足から、黒い血が。

 びくびくと痙攣する肉体を、カウンターを受けた事実を、彼は認めない。


(ハーミスに負けてる? ありえねえよ、ありえねえ――)


 最強無敵の自分が、こんな無様を晒すはずがないのだ。


「ありえてたまるかよ、このクソがあぁッ!」


 ユーゴーの絶叫は、銀色の体から液体金属を放たせた。あわよくばハーミスに攻撃するつもりもあったのだろうが、彼はさっと距離を取る。

 何が起きたのかと、辺りはゾンビや亜人、聖伐隊の隊員ですら騒めいていた。だが、ユーゴーの右腕が変貌し、さながらクレアが使っていた突撃銃と同じ形を取ったのを見ると、嫌な予感を覚えたのか、その場から離れだした。

 ゆらりと立つハーミスに銃口を向け、顔が半分溶けたままのユーゴーは吼えた。


「てめぇの仲間から奪った力だ、避けられるもんなら避けてみやがれェ!」


 引き金を引く必要すらなかった。彼の喚き声に応じるかのように、銃口から紫の魔力弾がこれでもかと射出された。

 機構までも完全に模写しているのか、アサルトライフルと化した腕のマズルが光る度、それは矢とは比べ物にならない速さで、肉体を貫通する勢いで魔力弾を撃つ。

 顔が完全に回復し、涎を撒き散らしながら銃弾がハーミスの体を貫く妄想に浸るユーゴーだったが、彼の思い描く空想などは決して叶わない。


「避ける必要もねえよ、『防壁形態』」


 ハーミスが襲いかかってくる弾丸に向かって、右腕の掌を翳すと、円形の光が掌を中心として形作られてゆく。こんなものにどれだけの意味があるのかとユーゴーは余裕に顔を歪ませるが、その意味はたちまち変わった。

 彼の構築した光は、弾丸を一つとて通さなかった。

 光に触れる度に、弾丸が消滅する。周囲の瓦礫や人間の残骸は、弾丸が命中する度に爆散するのに対して、ハーミスだけは傷一つ、掠り傷一つつかないのだ。

 やがてユーゴーですら射撃が無意味だと気づき、呆然としながら腕を下ろした。


「……な、なんだよ、それ……!?」


「ただの魔力障壁だ、ちょっと強めのな。それよりも、ぼさっとしてていいのか?」


 さも当然であるかのように――半ば無関心であるかのように話しながら、ハーミスの掌から魔力障壁が消え、代わりに掌底のシャッターが開く。

 地下墓地を封じる楔を撃ち抜き、『ハンドレッド・カノン』と城壁を破壊した義手による砲撃だが、今回は少し違う。レンズが僅かに前面にせり出した状態は、ユーゴーを的確に死へと導く為の、特殊な姿だ。


「俺は呑気してる暇なんてやらねえぞ――『砲撃形態』、『連射』」


 彼は静かな宣言と同時に、赤い光を溜め込んだレンズから、深紅の魔力弾を撃った。

 レーザーではない。枝分かれする天罰の如き閃光でもない。ユーゴーが認識するよりも速く、刹那の間に彼の肉体を貫いたのは、アサルトライフルの銃弾のような一撃だ。


「あ、がががががが!?」


 しかも、一発一発の弾丸が親指ほども大きいそれらが、豪雨よりも激しい勢いでユーゴーに撃ち込まれる。ゆっくりと近づくハーミスとの距離が縮まるにつれて、金属の肉体を貫き、背後の風景を更地へと変えてゆく。

 砕け、塵となる要塞の残骸の前にいるユーゴーは、まだ死んでいない。黒い血が弾ける金属製の体を、溶けた肉で繋ぎ合わせようとしているが、爆裂する方が早い。


(修復だ、傷を直さねえといけねえ、いけねえのに修復が追い付かねえ!)


 『変成』ミューテーションで顔をどうにか残し、風穴だらけの体をなんとか立たせることばかりに夢中になっていたユーゴーだったが、不意に銃撃が止んだのには気づかなかった。


「はッ!?」


 だから、すぐ目の前にハーミスが仁王立ちしているのにも、気付かなかった。

 首を鳴らし、掌底のシャッターを閉じ、指を鳴らすハーミス。ようやく彼の存在を察して、ユーゴーが回復しきっていない体で対応しようとしたが、当然遅い。


「ぼさっとしてんなよ、ユーゴオオォォッ!」


 黒い義手をぐっと握り締めた彼の右ストレートが、折角八割も回復したユーゴーの顔を、半分ほど削り取ってしまった。


「ぼ、ぼぼぼおおおおぉぉぉ!?」


 短時間で五度以上も顔を滅茶苦茶にされるなど、ただの人間では経験できないだろう。液体金属人間と化し、人間の限界を超えた防御力と再生機能を有したユーゴーでなければ、こんな体験は出来ないはずだ。

 ユーゴーの胸倉を左手で掴み、ハーミスはピストン運動の如く顔面だけを殴る。高速射撃と同様に、一発では終わらない。瞬時に数百発も叩き込まれる目にも留まらぬ超高速パンチは、嫌がらせかと思うほどに彼の金の歯を砕き、頬を潰し、目を抉る。


「がば、あがあぁ!?」


 まだか、まだ終わらないのか。

 反撃の思考すら途絶えていたユーゴーの望みを叶えるかのように、連撃は止まった。

 ただし、叶ったのは今この瞬間だけだ。気を失って逃げることすら許さないと言わんばかりに、顔の半分が綺麗さっぱりなくなった彼の顔を寄せ、ハーミスは鬼の形相で睨む。


「……まだ終わってねえぞ」


「ひッ……!」


 ユーゴーは尿と血、金属の体を穴という穴から漏らしかけた。

 敗北も恐怖も認めない生き方を信条としていた彼にとって、自分の顔は自身でも見ていられないほど悲惨だった。ぶるぶると震える彼の右腕も、左腕も自由にされているのに、彼はちっとも抵抗しない。


「そういや、お前に奪われたままだったな、これ。返してもらうぜ」


 そんな様子を見たハーミスは、右腕の手の甲から赤い魔力刃を発現させる。

 ここでユーゴーがまともであれば、金属の体を活かして何とでも対応しようとしただろう。不可能でもなかっただろう。

 凪がれた刃の太刀筋すら見えなかった彼には、無理な話だが。


「『斬撃形態』――お前の腕ごとな」


 ずん、と地に落ちた右腕。溶けだし、再生しない右腕。残された『注文器』ショップ

 少しばかりの沈黙の後。


「あぎゃああああぁぁ――ッ!」


 右腕を斬り落とされたユーゴーの、喉を破く絶叫が、モンテ要塞中に響き渡った。

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