第200話 森林
「……どうかなさいましたか、ハーミス様?」
「いや、あの森の中に人がいた気がしたんだ。どこかで見たような……」
「森の中に、でしょうか。私には何も見えませんが」
オットーはそう言うが、ハーミスはどうにも既視感が拭えなかった。というより、このまま見過ごしてはいけないという直感にも似た何かが芽生えていたのだ。
「……悪りい、少しだけ見てきてもいいか? どうしても気になるんだ」
無理を承知で、手を合わせて頼み込むハーミスに、オットーは笑顔で返した。
「何も問題はございません。予定よりも早く我々は移動しておりますので、ハーミス様が気になるようでしたらお調べ致しましょう」
ハーミスが振り向くと、他のゾンビ達も、オットーと同じ表情を浮かべていた。つまり、ハーミスの心の赴くままに進んでほしいと、そう言っていたのだ。
彼はゾンビ達の、優しさと柔軟さに感謝した。
「サンキューな、オットー。先に俺が行ってくる、森の前で待っててくれ」
「畏まりました。異変を察しますれば助けに向かいますので、そのおつもりで」
「ああ……行ってくる」
小さく頷き、ハーミスは自身が乗る白い獅子の胴体を軽く叩いた。すると、ゾンビ獣はまるで彼の意志を汲み取ったかのように、森の方へと一目散に駆け出した。
ゾンビ軍団は彼の後ろについて行ったが、ハーミスが暗い森の中へと入ると、木々と荒野の間で止まった。ハーミスは振り返らず、入り組んだ森を駆け抜けてゆく。
ここまでハーミスが陰を追うのは、既視感に加えて、特徴も覚えているのだ。
(巨人もそうなんだけど、あの金髪……確か、ずっと前にどこかで……)
湿り気のある大木の隙間を縫うように、彼は直感に従って森を進む。
そうして、自然にできた草生した広場に飛び出した途端、彼は止まった。
「――止まれ!」
自らの意志ではない。周囲から沢山の視線を感じたからだ。
それだけであれば、半ば無理矢理にでも突破できただろう。そうしなかったのは、彼を囲む木々の全てに誰かが潜んでいて、木の上、影、あらゆるところから、自分に鏃が向けられていると気づいたからである。
グルル、と唸るゾンビ獅子に跨ったままのハーミスに、一人が声をかけた。
「動くな、人間。我々を付けてきたな?」
「……人探しをしてるだけなんだ、見逃しちゃもらえねえかな」
彼は努めて、何度目になるか分からない、自分の無害性をアピールする。だが、他の方角から聞こえてきた女性の声が、鋭く投げかけられる。
「だったら、ついていなかったと諦めるのね。隊長、念の為射殺の許可を」
「……いや、待て!」
隊長、と呼ばれた、緑色のマントを羽織った人物が頷きかけたが、ハーミスの顔を見つめた瞬間に顔色を変えて、弓を弾き絞っていた女性の前に手を翳し、制止した。
驚く女性の前で、隊長は木の上から飛び降り、ハーミスの前に立った。森と一体化するような緑色のフードを脱いだ彼女が見せたのは、白い肌と、麗しい金の髪。ほっそりとした体つきに、マントの内側から見える民族衣装のような恰好。
「衣服やその黒い腕は以前と違うが、銀髪に青い目……驚いたな!」
快活な声で笑いかけ、黒い弓を背負う女性を見て、獅子から下りたハーミスは、直感を信じて正解だったと思った。これ以上に信頼できる亜人は、そうそういないからだ。
「俺も森の外から見た時には驚いたぜ、シャスティ。ロアンナの町以来だな」
「うむ、久しぶりだな、ハーミス。こんなところで会えるとは思っていなかったぞ」
緑のマントを纏う女性は、かつて共に戦ったエルフのシャスティだった。
彼女と初めて出会ったのは、ロアンナの町に行く途中の森、エルフの里。奴隷となった姫や子供達を救うべく、ハーミス一行はシャスティと協力して『選ばれし者』のバントを倒し、エルフを解放したのだ。
以降、双方はいずれ互いを助け合う誓いを立て合っていた。血による盟約以上の仲で結ばれた相手に、弓や武器を向ける理由があるだろうか。
「皆、矢を下ろせ。この者は味方だ……ハーミスの名を知らない者は、いないだろう?」
シャスティが笑みを含んで言うと、木々に上っていた、或いは隠れていた者達がたちまち集まってきた。フードを脱いだ面々の中に一人も人間はおらず、エルフや獣人、ずんぐりむっくりのドワーフや小柄なホビット等、全員が亜人だ。
「ハーミス、あの救世主!」「うっそ、本物!?」
そのいずれもが、ハーミスを救世主だ、強大な者だと讃えている。そんな様を誇らしげに見つめるシャスティに目をやりながら、ハーミスが聞いた。
「……もしかしなくても、俺の良からぬ噂を広めてるのは、お前じゃねえよな?」
「我らは良からぬ噂など立ててはいないぞ。お前の功績をありのまま伝えているだけだ」
「それが問題なんだよ……ところで、こいつらは誰だ?」
ハーミスが問うと、シャスティは一同に向き直った亜人達を紹介した。
「彼らか? 彼ら、彼女らは私達の仲間だ。亜人や魔物を聖伐隊の圧制から解放するべく共に戦うレジスタンス――我々は『明星』と名付け、そう呼んでいる。自慢するつもりではないが、我らの数は聖伐隊の想像を上回る、今や強大な戦力だ」
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