第199話 進撃


 実は地下墓地から出現するゾンビ達の通り道、進軍用の出口というのが、ちょうどここであった。ハーミスは気づいていなかったが、魔物達に地下から跳ね上げられなかったのは幸運である。

 様々な衣服を纏い、古びた武器と盾を備えたゾンビの戦士達。ずん、と黒い土を踏む、彼らが乗っている魔物こそが、オットーの言っていた『切札』、『ゾンビ獣』である。


 灰色の毛並みの狼、青い鱗の巨大な蜥蜴、巨大な翼を有する紫色の鷲、虎、牛、猪、その他諸々。いずれも腕や足、嘴や鱗の一部が欠損しており、全体的に薄暗い色合いで、失われた部位を鉄の板や木の杭で修復されている。目は虚ろだが、鳴き声も発する。

 挙句の果てには、上半身だけの巨人までいる。外見的特徴は人間ゾンビに近しいが、体を支える腕が異様に発達しているからか、腕だけがとんでもなく発達している。

 そんな特殊な魔物ゾンビ達は、背に人間や亜人のゾンビを搭乗させるのを許しているらしい。一匹につき少なくとも二人、中には十人近く乗せている魔物までいる。搭乗していないゾンビなど一人もおらず、彼らが魔物を撫でると、喜んだ仕草を見せる。

 さて、墓地の外に出られたゾンビ達は、口々に感想を叫び合っていた。


「すげえ、地上だ! 俺達とうとう、地上に出られたんだ!」


「やっぱり基地よりも広いな、地上ってもんは! 爺さん、振り落とされてねえか?」


「なあに、こう見えて昔は軍人だったんじゃ。小僧共にはまだまだ負けんよ」


「あたし達だって負けてないわよ、男連中よりも敵の首を取ってやるわよー!」


 彼ら、彼女らは手柄を立て、『明星』に貢献したいという気持ちでいっぱいだ。

 そんな連中の眼前に、よりによって腰を抜かし、立つことすらままならない聖伐隊の隊員がいれば、どうなるか。


「あ、あわ、あわわびゅぎゃあああ!?」


 考える間もなく、隊員達は狼の魔物にもみくちゃにされた。槍で突き殺され、噛み殺され、酷いものだと複数のゾンビ獣に一人が四肢を噛み千切られている。誰も惨さに口を噤まないどころか、殺し方に指摘する戦士がいる始末だ。


「おいおい、ゾンビ獣にあんまり人肉を食わせるなよ。腹壊したらどうすんだ」


 こうして見張りの隊員が皆殺しにされたところで、ハーミスは自分の周囲をぐるりと眺め、アルミリアが今この時の為に用意した戦力量を実感した。

 数などもう、数え切れない。千に近い兵士と、その全てを搭乗させるに足りる魔物。『忌物の墓』の端が見えないほどの壮観な光景を見つめているハーミスの傍に、右目のない獅子の魔物に乗ったオットーが近寄ってきた。


「……こうして見ると壮観だな、『ゾンビ獣軍団』ってのは」


「アルミリア様と私の最高傑作でございます。ハーミス様、どうぞこちらに」


 オットーが用意していたのは、白い獅子。左頬から右目にかけて頭蓋骨が露出しているが、彼が跨ると、軽快な唸り声で彼を歓迎した。


「白い獅子か、イカしてるな。で、オットー、作戦はどうするんだ?」


「既に決まっております――見える物皆蹂躙し、進軍するのみでございます」


「いいな、それ……気に入ったッ! 行くぞーッ!」


 黒い右手を高く掲げ、ハーミスは進軍開始の号令を出した。


「「オオオォォォ――ッ!」」


 ゾンビ軍団の、後に続いた喊声は、レギンリオルの中央部にまで届くのではないかと思うほど大きく、勇ましく、鼓膜が破れかねないほどの勢いであった。

 二頭のゾンビ獅子が飛び出したのを皮切りに、ゾンビ軍団は一斉に動き出した。その様はさながら、国を埋め尽くす濁流が流れ込んでくるようであった。

 そんな苛烈な、災害足りえる存在が突進するのだから、何も起きないはずがない。黒い土から激動の如く雪崩れ込む軍団は、手始めに小屋を踏み潰す。

 この程度では終わらない。

 鷲が飛ぶ。狼が吼える。巨人が唸る。ゾンビ達が雄叫びを上げる。彼らは今や、自らが人間社会に対する厄災そのものであると理解していたし、人間は何が起きたかを理解する前に蹂躙される経験を、何度も知る羽目となる。

 これから半日以上、彼らは北に向かってばく進するのだから。

 ハーミスとオットーが率いるゾンビ軍団は、それから休みなく北へ走った。


「おい、聖伐隊の連中だぜ! 仲間に連絡される前にぶっ潰そうぜ!」


 その道中、聖伐隊やレギンリオル正規軍と遭遇しなかったわけではない。何度か遭遇したが、結果は分かり切っている。ちょっとした駐屯所と巡回中の兵隊如きでは、この歩く大災害を止められる理由がない。


「そりゃいい、一番槍は俺だ!」「待て、手柄を横取りすんなよ!」


 寧ろ、ゾンビ達が我先にと聖伐隊を襲いにかかる始末だ。

 これだけの軍団がどうしてばれないのか、些か疑問に思う節もあったが、もしかするとばれてはいるがどうしようもならないと思っているのかもしれない。或いは、近辺の警護の総括を担うユーゴーが、反抗する相手が消えて気が緩んでいるのだろうか。

 とにかく、人間連中を蹂躙し、小さな建物くらいは破壊して、一行は進軍を続けた。

 日が暮れてもゾンビ達は勢いを緩めずに猛進するが、その先陣を切るオットーは、隣のハーミスに目をやった。自分達はゾンビ故に疲労を感じないが、彼は人間なのだ。


「ハーミス様、お疲れではないでしょうか。必要であれば、休息も……」


 オットーの申し出はありがたかったが、ハーミスは首を横に振った。


「ありがとな、でも大丈夫だ」


「私達ゾンビは疲弊をしませんが、ハーミス様は人間でございます。本来であれば既に昏倒していてもおかしくない状態ではと……」


「そのはずなんだがな、疲れを感じねえんだ。この義手のおかげかもな」


 ハーミスはジャケットの袖を捲り、オットーに黒い義手を見せた。


「義手の中でとんでもない量の魔力が循環してるんだ。その魔力の一部が俺の体にも巡ってて、疲れも感じないし、身体能力も上がってる。大したもんだろ?」


「何だか分からねえけどすげえ!」「やっぱりハーミスはすげえや!」


 話を聞いていた周囲のゾンビが囃し立てるが、オットーは眉間にしわを寄せる。


「止めなさい。ハーミス……それはまるで人ではなく、魔物や亜人でもなく……」


 老人の言おうとしていることを、ハーミスは分かっていた。


「ああ、知ってるよ。でも、俺はもともと、一度死んで蘇ったんだ。もう人間じゃないだろうし、ましてや亜人だなんて立派なもんでもねえよ。俺は何者でもない、ただ復讐を果たすだけの道具でいいんだ」


 彼の瞳は、カタコンベに来る前と違って見えた。どこか悲しげでありながらも、深い闇と邪悪を湛えた目。ハーミスでありながら、彼ではない誰かにすら見える。

 付き人として深く言及するべきではないと思い、口を噤んだ時だった。


「――ん? あれ、何だ?」


 ハーミスが遠くに、何かを見つけた。

 深い緑色の帳に覆われた森、軍団が走りゆく右側の、どこまでも続く森の隙間。暗黒の中に、二つの人影が見えたような気がしたのだ。

 巨人の如く、大きな人影が。靡く、どこかで憶えた金色の美髪が。

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