第201話 巨人


 『明星』。アルミリア達が憧れた反聖伐隊組織と聞き、彼は驚きを隠せなかった。


「『明星』!? じゃあ、シャスティ、お前がレジスタンスを率いてるのか!?」


「いいや、私は一番隊の隊長だ。『明星』を束ねているのは――」


 首を振った彼女の反応で、ハーミスは、はっと気づいた。

 里で出会ったあの時から、シャスティは一人では戦っていない。彼女の後ろにいるエルフ達もそうだし、何より、聖伐隊に捕えられていた彼女達の長の存在があった。

 ハーミスも覚えていた。小さな、しかし勇猛な年上の少女を。


「――ベルフィ姫だ。今はベルフィ総隊長、と呼んでいるがな」


 ベルフィ。エルフの長が『明星』を統べる隊長だと聞き、ハーミスは納得した。


「そうか、ベルフィが……適任だな」


 かつては聖伐隊の圧制を仕方ないと受け入れていた彼女。だが、仲間達の活躍によって反抗する決意を固め、里を離れてでも聖伐隊と戦い続けると誓った。そんな強い意志を持つ女性なら、正しく『明星』のリーダーに相応しいだろう。

 懐かしさに浸るハーミスだったが、シャスティがここにいる理由まではさっぱりだ。


「でも、姫と離れてシャスティ達は何してるんだ、こんな森の中で?」


「ああ、我々は他の部隊とここで合流していたんだ。『明星』は十二の部隊からなる、そのうち最も要塞への攻撃に適した仲間とここで落ち合っていたのだ」


「要塞への攻撃に……適した?」


「そうだ。紹介しよう、五番隊隊長のガズウィードだ」


 シャスティの声に応じて、ガズウィードと呼ばれた男は、のっそりと姿を見せた。

 短く切り揃えられた黒髪と、頬のこけた細い顔。ただの背高のっぽであるとハーミスが思わなかったのには、大きな理由がある。


「初めまして、小さな人。ぼくはガズウィード、よろしく」


 顔を覗き込ませた青年は、ハーミスよりもずっと背の高い巨人だったからだ。

 天高く届くとまではいかずとも、高い木々に背が届いてしまうほど身長が高い。マントはテントにできるほど大きく、背中には大きな杭らしい棒を携えている。どこかのんびりした口調と穏やかさを想起させるのは、巨人の特徴だろうか。


「お、おう、よろしく」


 やや面食らった表情のハーミスを見て、ガズウィードは小さく笑う。尤も、その小さな笑いだけでも、息で辺りの草が激しく揺すられるのだが。


「君のことは聞いているよ、素晴らしい人だと。君達も挨拶してくれ」


 ガズウィードが顔を上げ、手を翳した先には、同じく木々にもたれる巨人達がいた。


「「よろしく、ハーミス」」


 巨人達は、ひょろりとした者、屈強な体格の者、男女が入り混じって合計八人。いずれも人間より遥かに背が高く、長い杭や、背負った鋼材そのものを武器として使うようだ。

 成程確かに、印象からして巨人は攻城に役立ちそうだ。人生で初めて遭遇した巨人に、呆気に取られてさえいるように見えるハーミスの肩を叩き、シャスティが言った。


「驚くな、彼らは皆、まだ成人したばかりの若者だ。棲んでいた山を『選ばれし者』によって追い出されてな、数少ない生き残りがレジスタンス活動をしていたところを、総隊長が『明星』の一員としてスカウトしたんだ」


「ベルフィ総隊長には感謝してるよ。僕達に戦い方と、戦う機会を与えてくれた。故郷はもう取り戻せないけど、他の誰かの故郷を守ることはできるからね」


 どうして故郷が取り戻せないのか、ハーミスはあえて聞かなかった。


「彼らと合流するには、なるべく大きな体を隠せるところが必要だった。モンテ要塞から最も近く、高い木々が生えているのはこの森林地帯だったからな、ここで落ち合う約束をしていたんだ」


 どうやら、ハーミスが見た影は、シャスティとガズウィードだったようだ。


「拠点を攻めるのに、確かにこれ以上の適役はいねえだろうな」


「僕達は何度か、聖伐隊の作った砦を破壊しているからね。モンテ要塞ほど巨大な相手は初めてだけど、『明星』五番隊の名に懸けて使命を果たしてみせるさ」


 指を鳴らす彼らを見れば、人間程度はすたこらさっさと逃げ出すだろう。

 事情を話して、仲間になってもらえば、こんなに心強い味方はいないはずだ。シャスティとその話をしようとしたが、もっと重要な事柄を、彼女が思い出させてくれた。


「ところでハーミス、クレア達とはいないのか?」


 シャスティに言われ、ハーミスの顔が険しくなった。無言の彼に、エルフが聞いた。


「……やはり、攫われたのか?」


 やはり。知っているような口ぶりに、ハーミスは一層複雑な表情になる。


「何か知ってるのか!?」


「信じたくはなかったが……北のモンテ要塞に、彼女達が連れて行かれるのを見た。総隊長と我々で、本来予定していた要塞の陥落作戦に加えて、救出作戦を同時に決行する予定だったのだ」


「そんな作戦まで立ててくれてたんだな、ありがとう――」


 何から何まで助けてもらい、申し訳なさすらハーミスが感じた時だった。


「ハーミス様、ご無事でございますか!」


 彼の背後から、木々をへし折る音と共に、オットー達ゾンビ軍団がやってきた。

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