第196話 新調


 さて、遠く離れた『忌物の墓』こと『明星』カタコンベ支部では、地下で着々とモンテ要塞侵略への準備が整えられていた。

 老若男女問わず、ゾンビ達は自分の身の丈に合った武器と防具一式、縄やナイフを装備する。がたいの良いゾンビは斧や大剣、小さなゾンビは体格差を埋めるべく槍を背負い、割れや欠けの目立つ盾を全員がどちらかの腕に嵌める。

 普段は掘削を行う土木業ゾンビや、他の作業に勤しむ老ゾンビまでもが志願し、武器を掴む。それぞれの部隊を指揮するゾンビの前に一同が並び、点呼を取る。第二階層の最も巨大な広間に並んだゾンビ達は、軍隊以外の何物でもない。

 彼らが戦いに向け、互いを鼓舞するように声をかけ合い、武器などの点検をしている端で、黒い義手を付けた男は新たな装いに身を包んでいた。


「――ありがとうな、服まで用意してくれて」


 振り向き、礼を言うのはハーミス・タナー・プライムだ。

 彼が着ているのは、白いラインの入った深紅のジャケットと、灰色のズボン。インナーを用意する暇がなかったのか、包帯の巻かれた体の上から直接身に纏っている。クレアと似たような格好だが、彼にとっては幾分気に入る要素でもあるようだ。

 この服を用意したのは、他でもない、アルミリアの付き人であるオットーだ。狐のような顔とモノクル、白い短髪、燕尾服が特徴の老人は、彼の後ろで頭を下げた。


「ハーミス様のサイズにあった衣服がこれしかございませんでした。おまけに地中に埋まっていたものを出来る限り繕いましたが、少しばかり破れや解れが……」


「いや、この色合いは気に入ったぜ。ありがとな、オットー」


「それは、お気に召していただけたようで、何よりでございます」


 静かに頭を上げたオットーに、義手を擦りながらハーミスが聞く。


「ゾンビ達の戦闘準備は出来たって感じだけど、地下のあいつらはどこから地上に出すんだ? 通路を通ってはいけなさそうだけどよ」


「専用の出撃口を用意してございます。彼らに乗る者はそこから地上に出ます」


「本当に、地下中を基地にしてたんだな、アルミリアは。ゾンビ達も、大したもんだぜ」


 この調子なら、もうじき外に出る準備は完了しそうだ。


「――おーい、オットーさん! ハーミス!」


 ゾンビ達のてきぱきとした動きのおかげで、予定よりも早く行動に移れると思っていたハーミスだったが、そこに、一つ上の階層で作業に取り掛かっていたゾンビ男達が、慌てた様子で二人に駆け寄ってきた。

「大変だ、第一階層に俺達が開けた穴に、また魔力障壁が張られてるんだ! ついさっきまではなかったのに、外に出ようとした仲間が焼け焦げちまって……」


 ハーミスとオットーは、顔を見合わせる。聖伐隊は既に撤退したはずだが、どういうわけだろうか。奴らが戻ってきたのであれば、それはそれで事情が大きく変わってくる。


「おのれ聖伐隊め……ハーミス様、参りましょう」


「ああ、分かった」


 広間にいたゾンビ達もざわつく。話を聞いた一同は、状況がどうなっているのかを確認するべく、第一階層へと続く、上り坂となった通路を駆け出していった。

 彼らが案内してくれたのは、先日とは違い、ハーミスが楔を破壊した大穴とは別の場所であった。階層の中でも他の階に繋がる通路に近いところにあったおかげで、ハーミス達は直ぐに、別のぽっかりと開いた穴を見つけられた。

 しっかりとした穴を作るべく掘り出そうとしたのか、周囲には木材や鋼材、梯子が散らばっている。そして壁際には、左腕を抑えて呻く男のゾンビがいた。

 彼の腕は、どろどろに焼け爛れて、人間の治療法で言うなれば切り落とすしかないと医者が判断しかねない惨状だ。仲間が意を決し、邪魔にならないよう鋸で彼の手を切断する様を見つめるハーミス達の視線は、他のゾンビの指先に従い、上に向いた。

 そこにあるのは、先日よりもずっと大きな穴。そして、中空にふわふわと浮かぶ楔。


「……あれだ。聖伐隊の奴らなんてちっとも寄って来てなかったはずなのに、いつのまにか浮いてたんだ。そんで、気付かずに梯子を上った仲間が、ああなったんだ」


 遠隔操作ができるのか、或いは自律的に飛来してきたのか。

 左腕を失った戦士を見て歯ぎしりしながら、ゾンビはハーミスに問いかける。


「どうする、ハーミス? あんたなら壊せないか?」


 彼らがハーミスを連れてきたのは、報告だけが理由ではない。前回のように、アイテムやスキルを使って、彼が障壁を発する銀色の楔を破壊できないかと期待していたのだ。

 ふむ、とハーミスが呟く隣で、ゾンビ達はひそひそと話し合う。


「でも、スキルやアイテムを奪われたって聞いたぜ……大丈夫なのか……?」


 ハーミスのスキルが『選ばれし者』によって奪われ、彼の手元には何も残っていない、なんて噂はカタコンベ中に広まっていた。それでも連れてきたのは、彼以外に何とか出来る手段の持ち主がいないからなのだが。

 どうしたものかとオットーも唸る傍で、ハーミスは自分の右掌を見つめる。暗黒よりも深い闇に魅入られたように拳を握り締めた彼が、少しだけ息を吐いて、言った。


「オットー、皆、出撃準備だ。俺があれを壊したら、いつでも出られるようにな」


 彼の命令は――ここの楔を破壊し、外に出ると宣言していた。

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