第197話 砲撃


「ですがハーミス様、貴方のお力は……」


 当然、彼の事情を知るゾンビ一同やオットーは、ハーミスにそんな芸当ができないのではと思っている。中には、強がっているのではと疑う者もいるくらいだ。


「大丈夫だ、今の俺にはこれがある。離れててくれ、危ねえからな」


 言われるがまま、オットーは後ろにゾンビを退かせる。腕を失ったゾンビとその仲間も、彼の声を聞いて、わたわたと穴から離れてゆく。

 ハーミスは脳にラーニングされた使い方に従って、掌底を開くイメージを手に送る。すると、掌の円形の窪みがスライドして開き、中から透明な丸いレンズがせり出した。ハーミスの顔が映るほど綺麗なレンズだ。


「『多目的武装内蔵型超原子魔導義手』、『砲撃形態』……さて、どんなもんか」


 とても銃や射撃の武器には見えないが、これは『砲撃』を行う武器らしい。

 ハーミスは左手で右手を掴んで支え、楔に向かって掌を翳す。反動を抑えるべく、両足で乾いた地面を押し付けるように力を込める。

 蒼碧の瞳が、漂う銀の楔を捉える。


「――試させてもらうぜ」


 そして、彼の冷たい号令と共に、赤い一筋の閃光が放たれた。

 それは楔を呑み込むどころか、容易く貫いて地上を超え、天に群がる雲を裂き、空に風穴を開けた。ハーミスの表情からして全く力が篭っていないはずの、ともすれば軽い気持ちのレーザーは、楔をたった一撃で地理も残さず消滅させた。

 並の火力ではない。ハーミスはこれまでアサルトライフル、ショットガン、ガトリングガンと武器を使ってきたが、威力はどう見ても比ではない。寧ろ、彼が『通販』でレンタルした巨大兵器の火力の方が近いと言えるだろう。

 そんな砲撃を受けて、障壁を発動できるとはいえ、カルロが作った程度のアイテムが耐えられるはずがない。溶けるどころか、完全に消し去られた。


「……なんと……」


 赤く染まる広間の光に照らされるのは、ゾンビ達のあんぐりと開いた口。

 ゾンビもそうだが、オットーですら、表情が信じられないと言っている。とてもではないが、彼の放った一撃が、人間の持ち得る能力とは思えなかったからだ。

 彼らの眼前で、裂空の紅撃は収束していった。カタコンベの中に元の明るさが戻ってきた。レンズがシャッターの内側に仕舞われたのを確認し、自分に与えられた新たな力を実感したハーミスの顔は、満足そうだ。

「超原子特殊魔導回路を用いた半永久魔力循環と肉体への疑似還元、それに伴う身体能力の爆発的な向上、か。成程、これまでのアイテムとは比べ物にならねえな、っと!」

 彼が理解している範疇だと、この義手は魔力を用いた凄まじい攻撃を可能にするだけでなく、魔力を肉体の内側に迸らせ、身体能力を跳ね上げる。

 その証拠に、ハーミスが軽く膝を曲げて跳躍しただけで、まるで背に翼が生えたかのように、地上に出てしまった。地面を踏みつけても、痺れの一つもないどころか、このまま魔物達よりも速く走れそうな気までしてくる。


「……すっげえ、ひとっとびで地上に……!?」


 目を見開き、ハーミスの人外ぶりを、ゾンビ達はただ眺めるばかり。

 こんな調子では、いつまで経っても彼らは動きそうにない。黒い土に着地し、穴の中を見つめる彼は、自分をただただひたすら見上げるだけのゾンビ達に笑いかけた。


「――ゾンビ軍団、出番だぜ。逆襲の時間と行こうじゃねえか」


 彼の声が耳に届き、オットーを含めてようやく、一同は正気に戻ったようだ。


「お、おう!」「準備しろ、急げ!」


「……御見事でございます、ハーミス様」


 ばたばたとゾンビ達が走り回り、オットーが口元に笑みを作って歩き去る中、ハーミスは遠く、黒い土の続く曇り空の先に目を向けた。

 遥か見えない、モンテ要塞。形が分からずとも、知らずとも、目的は決まっている。

 仲間を助け、聖伐隊を討つ。手に入れた新たな力と、地下に潜む勇士達と共に。


「……待ってろよ、皆」


 彼の立つ地の下、第二階層では今まさに、全ての兵士達が立ち並んでいた。

 腰が曲がるほど年老いていても、人生に夢見るほど若くても関係ない。屈強な男でも、お花摘みが趣味の女でも関係ない。腕が両方なくても、足が一部欠けていても関係ない。ここに凛然と構える者達は、全て『明星』の兵士だ。

 剣、斧、槍、鎌、鉈、盾。まともな状態の武器は一つもない。彼らに在る最も美しく力強い武器は、人間にはない、手足がもげても折れない不屈の魂である。

 無数の不死兵達の前に並べられるのは、大きな、大きな木箱。アルミリアの為に用意されていた演説台に立つのは、オットーだ。


「――皆、アルミリア様、我らが指導者が聖伐隊に連れ去られた」


 朗らかな紳士像からは程遠い、怨嗟に満ちた冷徹な声。


「我々はまたも奪われた。蹂躙された。ならば、どうするか?」


 彼は今、優しき付き人ではない。


「応報を。聖伐隊、軍隊、誰一人として逃さぬ。連中の死を以って応報とする!」


 指導者を奪った下劣なる人間に対する、復讐者である。

 オットーに従い、墓の奥から、出陣の喊声が轟いてきた。

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