第194話 REVENGE


 ゾンビ達の間を掻き分けるようにして歩くハーミスは、オットーによってシェルターの奥へと連れられていた。

 すれ違うゾンビ達は誰も彼もが、再び戦いの準備を続けていた。武器を研ぐ者もいたし、一心不乱にお手製のサンドバッグを叩き続ける者もいる。大人どころか、子供ですら槍を握り、敵を突く最終訓練に励んでいる。

 そんなシェルターをまっすぐ歩いていきながら、ハーミスはオットーに聞いた。


「で、その『あれ』ってのは何なんだ? 乗り物か?」


 彼を見ずに、先導するオットーは答えた。


「乗り物というよりは、兵器と呼ぶべきでしょうか」


 兵器。こう彼が話した時点で、ハーミスの頭の中から、馬や牛といった、乗り物になる動物の可能性は消された。兵器に乗るなど、それこそ『通販』オーダースキルで買ったアイテムなのではないかと思いながら、彼はオットーの話に耳を傾ける。


「『あれ』を作る発端となったのは、この『忌物の墓』にとある魔物が逃げ込んできた時でございます。その者もまた、ハーミス様と同様に陥没した地面と共に落下し、瀕死の状態でカタコンベに打ち捨てられておりました」


 確かに、あの高さから落ちれば、普通は命はない。ハーミスは一人ごちる。


「魔物は直ぐに死にました……しかし、私とお嬢様で噛みつくと、復活しました。体の一部を欠損した状態ではありましたが、もしやと思い、私達は墓に遺棄される魔物達の遺骸を集め、再生と修復作業に取り掛かったのです」


 ごちていたが、彼の脳に広がっていた考えは一瞬にして吹き飛んだ。


「再生と修復って、まさか」


 ゾンビとして復活したのは、人間だけだと思っていたからだ。先入観も原因ではあるが、まさか朽ちた魔物までもが、再び命を得られるとは思っていなかった。しかもオットーは、蘇らせただけでなく、修復までしてのけたというのだ。


「他の魔物の肉を継ぎ接ぎ、鉄材や木材で体を補うのです。再びの生を得た彼らは私達に従順な存在となり、来たるべき時の為の切札となる道を選んでくれました」


 ゾンビとなった魔物。人の手が加えられ、従順になった魔物。

 彼らが棲むであろう最終階層に続く扉の前で、オットーは足を止めた。


「着きました、ここです。この奥にいます」


 そこは、とてつもなく巨大な扉だった。

 重厚な鉄の扉は、ずっと開かれていないようで、錆塗れだった。シェルターの一面を埋め尽くすほど大きな扉の閂を、何人ものゾンビが協力して外す。思い切り力を込めてようやく、その封は解かれた。

 がしゃん、と大きな音を立て、閂を壁の端に置いて、彼らは扉を押し開けた。ゆっくり、ゆっくりと地面を削りながら開いた扉の内側は暗く、風と獣の臭いがシェルターに吹き込んできた。

 完全に開き切った扉の中に入り、オットーはゾンビから受け取ったランタンで、かなり広いと思われる暗闇を照らした。

 空間に対し、小さな光。明るくできたのは、恐らく魔物の鼻先くらい。

 それでも、ハーミスは目を見開いた。その凄まじさと、大きさと、数に対してだ。

 とても例えきれない、その凶悪性。闇の中で唸る、圧倒的な戦力。


「……これは……しかも、こんだけの数を、どうやって……!?」


 唖然としてオットーを見つめるハーミスに、老紳士は笑顔で言った。


「その為の一年でございます。彼らを作り、兵士の練度を高め、武器と物資をひたすら集めました。おかげで、今から半日もあれば出撃の準備も完了いたします」


 オットーが魔物を見据える目は、恍惚と、殺意に溢れていた。

 命を奪われた。仕える相手を奪われた。もう、奪われるのは終わりだ。


「機は熟しました、最早隠れるのは終わりでございます――死した者の、棄てられた者の復讐を果たす日が来たのです」


 今度は自分が奪い、大切な者を守る番である。確かに、彼の目はそう言っていた。

 ハーミスもまた、魔物達に目を向けた。彼らの黄色い瞳は、ハーミスを仲間として迎え入れているかのように、じっと見据えていた。

 彼の後ろに、ゾンビ達が並ぶ。共に戦う同志として、復讐者として。


「――ああ。二度目の復讐を果たす時だ」


 闇の中で、ハーミスの義手が僅かに唸った。

 ズボンのポケットの中で、金色のライセンスが鈍く輝いた。


 ◇◇◇◇◇◇


 一方その頃、レギンリオル北部の国境外、バルデンデ山林地帯。

 魔物の駆逐が完全に完了していると国内では認識された、鬱蒼と暗い色の木々が茂る山林。日の照る時間帯でも涼しいこの地域には、聖伐隊も今はあまり近づかない。魔物を恐れているのではなく、迷いやすい地理をしているのだ。

 とはいえ、魔物はもういないのだし、近づく理由もない。北に進めば険しい山々になっていて、他国からの侵略ルートにするにしても難しいのだから、監視する必要もないと、半ば放っておかれているのである。

 そんな山林の中に、蠢く複数の人らしい影。

 幾つもの太い木の枝を伝い、駆け抜ける者が一人。緑色のマントを羽織り、フードを被った何かは、辺りで最も大きな木の下に飛び降りると、木の裏に向かって話し出した。

 ぼそぼそ、ひそひそと何度か言葉を交わしていると、今度は木の陰から、別の小さな人影が姿を見せた。その者もまた、緑の人と同じ格好をしている。


「……本当ですか? クレアとルビーが、『魔物曳きの檻』に?」


 背の低い方は、声色からして女性のようだ。


「間違いありません。他にも見知らぬ二人が拘束されていましたが、状況から察するに、恐らくクレア達の仲間でしょう」


 もう一人も、女性らしい。ただし、ずっと凛とした声で、背の低い方よりも年上に思われる。いずれも問題視しているのは、とある要塞の周辺で見た、車輪付きの檻だ。

 中に閉じ込められていたのは、かつての恩人達。背の高い女性も我が目を疑ったが、あの赤い竜と茶髪の少女を、見間違えるはずがない。

 少女は、フードの奥の瞳を潤ませる。彼女もまた、クレア達に助けられた身だ。


「ハーミス様も、そこに?」


「いえ、いませんでした。逃げ切ったのか、或いは……いずれにせよ、四人が連れて行かれたのはモンテ要塞です。亜人の処刑場と連中が称する場所です、このまま放っておけばクレア達の命はありません」


「そうですね、あの二人の命には代えられません。三番隊、四番隊と合流してからの攻撃を予定していましたが、出来る限り早急に攻撃を開始しましょう」


 ならば、彼女達を救わない理由はない。

 小さな少女が指を鳴らすと、周囲の木々、至る所から、緑色のマントに身を包んだ者が姿を現した。

 フードは被っておらず、耳長のエルフ、獣の耳を生やした獣人、中にはゴブリンやオークまでいる。人間以外の種族、亜人が揃いも揃い、数は二百を上回る。しかも彼女が指を鳴らす音に応じて、遠くから雄叫びや遠吠えまで聞こえてくる。

 亜人だけでなく、魔物まで揃った、暗い森。

 全ての同胞に顔を向けるように、二人はフードを脱ぎ、金の髪をたなびかせた。

 白い肌。金の瞳。かつて聖伐隊の幹部に虐げられた、首筋の傷痕。


「部隊の統率を任せます――シャスティ一番隊隊長」


「了解しました、指導者ベルフィ。『明星』の名に懸けて、必ず彼女達を救い出します」


 かつてのエルフの里、その長のベルフィと、戦士のシャスティ。

 二人が設立した反聖伐隊組織、『明星』。

 今や十を超える部隊と、数百は下らない魔物と亜人を率いる立場となったエルフは、遠い大地に聳え立つであろう、要塞のある方角を睨んだ。

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