第166話 離別


 バルバ鉱山が崩れ去って、一日が経った。

 結局、施設やカルロが作っていた兵器諸共、鉱山は壊滅した。彼らが必死に作っていた『輪』も残骸となり、『黄金炉』は土の中に埋もれた。あの液体はきっと、槌に吸われ切ってしまっただろう。

 とにもかくにも、ハーミス一行とワイバーンは、聖伐隊の恐ろしい野望を未然に食い止めたのだ。少なくない犠牲を払ったが、戦いは勝利に終わったと言える。

 そしてそんな死闘を終えた翌日、湖の周辺でバイクに荷物を詰め込むハーミス達は、早くもモルモリ湖を出ようと、準備を整えていた。彼らを見送るように、湖の縁に立つワイバーンは、じっと佇んでいる。


「……皆、準備は整ったな」


「あたしとエルは大丈夫。あんたこそ、傷の調子は?」


 サイドカーにリュックを詰め込んだクレアの視線の先には、腕や額に包帯を巻いたハーミスの姿があった。切り傷や打撲など、傷の手当が一日で済んだのは幸いだった。

 また、彼は『通販』オーダーでコートも新調した。色は茶色のそのままに、襟元の差し色である赤や裾の橙色など、より先進的なデザインと技術を取り入れたコートだ。


「俺なら問題なしだ、新調したコートもいい感じだしな。この薄さで防刃防魔法だってんだから、ありがたいもんだぜ。三万ウルしたんだけども」


 彼がさらりと値段を口にすると、クレアの拳骨が飛んできた。


「あんた、本当にいい加減にしなさいよ!? この戦いで合わせて二十万ウルも使ってるんだから! あたし達の持ち金、今合計で十五万ウルしかないわよ!?」


 ずっと黒のジャージを着ている物持ちの良い彼女からすれば、ハーミスの散財ぶりはいい加減、看過しきれなくなっていた。これまでは彼がスキルを使う以上、彼に相当な額を渡していたが、これを見直す必要もあるだろうか。

 同様に、バツ印を書き込んだ聖伐隊の隊服を今でも着ているエルはというと、彼が湯水のようにお金を使う点よりも、今後の行動について危機感を抱いていた。


「ここで金銭について喧嘩をしても仕方ないでしょう。それよりも問題なのは、ハーミスがカルロとやらから聞いた『門』と『炉』の話です。それが事実なら、もう我々の目的地は決まっています……危険ですが、レギンリオル本国に行くしかありません」


 エルの言う通り、ハーミスは仲間達に、カルロが作っている物について話した。

 星宝石を原動力として何か恐ろしい計画に使われる『門』と、魔物をエネルギー源に変換してしまう『黄金炉』。いずれも、彼女達の常識を超えたとんでもない発明品だ。

 ローラ率いる聖伐隊がこれを何に使うかは未だに不明だが、どう考えても魔物の廃滅以外の事柄に使われるのは明白だ。そうでなくても、絶対に止めなくてはならない。

 少なくとも、エルの言葉に頷いたハーミスにとっては、使命に等しかった。


「ああ、レギンリオルの聖伐隊本部、そこが俺達の目的地だ。そこにある『門』を壊して、ローラの野望を止める。クレア、金ならその途中でどうにかするさ」


「……レギンリオルに乗り込むなんてヤバいはずなのに、感覚が麻痺しちゃってるわ。お金の方を心配しちゃってるんだもの」


 大袈裟なため息をつきながらも、腰に手を当て、クレアは呆れた調子で言った。


「ま、こうなったもんは仕方ないわ、あたしは地獄までついてくわよ」


「右に同じです。聖伐隊の連中に魔女の力を知らしめるまで、私の戦いは終わりません」


「決まりだな。そんで、ルビーは……」


 エルも同じく、戦いについて来てくれると言った。

 しかし、ルビーだけは別だった。ハーミス達が彼女に視線を向けると、ドラゴンの姿のままのルビーが、三人から目を逸らしながら、申し訳そうに話し出した。


「……トパーズがいないから、ワイバーン達ね、誰の命令も受けられないの。皆困ってるって、どうしたらいいか分かんないって……」


 彼女の話は、昨日、全員が聞いていた。

 トパーズが死んだ今、ワイバーン達に長はいなかった。

 彼らはいずれも若いらしく、トパーズのように誰かを纏める力に乏しかった。何より、身内で身内同士を纏めると言うのも、ワイバーンには難しかったようだ。従うのが生来の習性の彼らにとって、統率者は必要だった。

 そんな中、白羽の矢が立ったのがルビーである。

 彼女は若く、トパーズとの一件もあったが、ドラゴンであるという概念はその全てを差し引いても、ワイバーンにとって畏敬の念を向けさせるものであった。何より、彼女は伝承でトパーズが言っていた、赤い竜でもあるのだ。

 そんなわけで、昨晩、ワイバーン達は彼女に提案した。自分達を、導いてほしいと。


「……ルビーにね、長になってほしいって。ドラゴンとして、導いてほしいって」


 彼女は今の今まで、結論を迷っていた。ハーミスもまた、自分達が決められる事柄ではなかったが故に、どうするべきかを示しはしなかった。


「導く、ね。あんたにできそうなの?」


 クレアに指摘され、ルビーは目を泳がせた。


「……でも、困ってるワイバーン達を、見捨てられないから」


 彼女にとって迷っていた点は、きっと、ハーミス達と別れてしまう点だ。

 それさえなければ、恐らくルビーは、きっと道を決められる。というより、もうルビーの中では決まっているのだ。ワイバーン達と共に生きていく道を選んでいるのだ。

 ならばと、ハーミス達は本当に必要な言葉を見出し、告げることにした。


「――ルビー、それがお前の選んだ道なら、俺達は引き止めねえよ。お前はお前なりに覚悟を決めて、その道を選んだんだろ?」


 驚いた様子だったが、ルビーは頷いた。

 気づくと、ハーミス達は彼女の前に立ち、微笑んでいた。

 悲しみではない、新たな旅立ちへの祝いを込めていた。ハーミスだけでなく、クレアも、普段はあまり笑顔を見せないエルですら、優しい笑顔を浮かべていた。目を丸くするルビーに、三人は各々、別れの言葉を告げた。


「だったら、こいつらをしっかりと導いてやれよ。元気でな」


「あんたみたいなのが気を張ったらすぐ空回りするんだから、ほどほどにね」


「貴女の持ち味、明るさと優しさを忘れないように、励んでくださいね」


 別れではあるが、明るさに満ちた言葉。決して、ルビーを悲しませないように。

 彼女もまた、三人の真意に気付き、温かい笑顔を見せた。


「……うん、ありがと」


 ワイバーン達の前に立つ、ドラゴンのルビー。向かい合う、ハーミス達。永遠に続くかと思われるほどの間だったが、惜別の時は、直ぐに訪れた。


「それじゃあ、俺達は行くよ」


「……さよなら」


 これ以上ルビーの顔を見ないようにするかのように、ハーミスはくるりと背を向けて、バイクに跨った。クレアとエルもまた、同じように、サイドカーに入り込む。

 そして、唸るような音と共に走り出したバイクは、たちまちモルモリ湖を離れ、静かな森の中へと走り去ってしまった。ルビーの声も、ワイバーン達の声も聞こえない湖を背にして、バイクはただ、ひた走ってゆく。


「……ハーミス、あんなにあっさり別れちゃって、ほんとにいいの?」


 木々の間を抜けながら、クレアがハーミスに問う。


「いいんだよ。俺がずっといると、あいつも名残惜しくなっちまうだろ」


「一番名残惜しんでしまうのは、ハーミス、貴方ではないのですか」


 エルにそう言われ、少し間を開けた後、彼は答えた。


「……そうだな」


 こうならない為に、彼女を笑顔で送り出した。

 だが、悲しまない理由など、結局ありはしない。彼女はルビー、ジュエイル村からここまでずっと一緒に旅をしてきた、かけがえのない仲間に違いないのだから。

 ハーミスの返事を最後に、誰も口を開かなかった。

 森を抜けるまでは、まだまだ先は長く思えた。

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