第165話 虚無


「そんな剣一本で、何ができるって言うんだあああァ!?」


 耳から流れる血も忘れ、カルロと彼が操る兵器は気が触れたかのように突っ込んでくる。しかも今度は、盾を前面に構え、防御性能も高めている。

 他の装備を搭載していない辺り、肉弾戦にはよほど自信があるようだ。今度は盾でハーミスを圧し潰すつもりだろうが、そうはいかない。

 ハーミスはカタナを回し、構える。盾を瞳の奥で捉え、その真髄を見極める。


「できるさ。サムライはバカみてえに腕を振り回さねえ。集中し、魔力を纏わせ、『心眼』シンガンのスキルで鋼鉄の綻びを見つけ――」


 そして、両足に凄まじい力を入れると、一気にカルロ・スペシャルの懐に潜り込んだ。盾に突き刺したカタナは、ゼリーを斬るように、滑らかに盾を構築する金属の間に割って入り、真っ二つに割る。


「――鋭く研ぎ澄ませた刃で、斬るだけだッ!」


 そして、彼が兵器の後ろまで一跳びで到達した時、左側の盾と腕は、諸共斬り落とされていた。炉の中に音を立てて落ち、溶けてゆく最終兵器を見て、カルロは発狂する。


「あんぎゃあああああああッ!?」


 残った腕と両足で地団太を踏む様は、天才技師というよりは、ただの子供のようだ。


「なんで、なんでだ、ハーミスぅ! お前はなんで、俺からまた何もかも奪っていくんだよ!? 俺に与えられるはずだった愛情も、俺が作った全ても! お前さえいなけりゃ、お前さええぎいいい!?」


 そして言い分ですらも、今や子供と変わらない。そんな相手の兵器がいかに硬く、力強くても、直線的な攻撃をさらりとかわして、すれ違いざまにカバーの中の、カルロの右肩にカタナを突き刺してやればいい。

 攻撃手段は腕を振り回すだけ。先刻までの知的さは微塵も感じられない。これでは、さっきまで彼を守っていた機械兵の方が幾分頭が良く見えてしまう。

 唾を吐き散らかし、血管が浮き出るほどレバーを強く握り、目を血走らせるカルロの様相と声を目の当たりにして、ハーミスは自分の中にある怒りが、急激に冷めていくのを感じた。というよりは、内側でぐつぐつと煮えたぎるのをだ。


「……俺が何かを奪ったことなんざ、一度もねえよ。お前が勝手に手放しただけだ」


「なん、だ、とおおばぁァ!?」


「愛情を奪われたとか、貰わなかったとか言ってるけどよ、そんなわけねえだろ。お前が近くにあったそれに気づかなかっただけだ。貰って当然、与えられて当然で、そのくせでかいもんばっかり欲しがるなんて、間抜けにもほどがあるだろうが」


 乱雑な攻撃など当たりはしない。全て避けきり、今度は左腕の盾を斬り落とす。

 我武者羅に殴りかかってきても、今のハーミスには当たらない。それどころか振りかぶり過ぎて、鉄橋に機体の搭乗口を激突させてしまう始末だ。


「誰かに無償で愛情を注いだことがあるか? 誰かの為に命を懸けたことがあるか、ねえだろ? 他人の為に何もしねえのに愛されてねえなんてな……」


 それでもどうにか起き上がったカルロと兵器だったが、彼は気づいた。

 いつの間にか、目の前にハーミスがいる。心臓の奥に、心の目で敵を見据える為に抑え込んでいた怒りを、今ここで解き放とうとしている。

 まずい、どうにかして反撃せねばと右足で蹴りを叩き込もうとするが、全てが遅い。


「ナメたこと抜かしてんじゃねえぞ、このクソ野郎があぁッ!」


 爆発したハーミスの怒りは、最も鋭い斬撃と共に、右足を斬り落とした。

 そして、返す刃で左足も斬り落とす。カルロが慌てた様子で、思わずレバーから手を離してしまった瞬間、またもカバーをカタナが突き破った。刺さったのはカルロの左肩だ。

 しかも、今度は体の部位を斬り落とすだけには留まらなかった。ハーミスが思い切りカタナを両手で切り上げると、カルロの腕は見事に体から切り離された。狭いシートの隣で、白衣を纏った腕がびちびちと撥ねる。


「や、やべ、あああがああああぁ!? 腕があああああッ!?」


 これだけでは終わらない。絶叫するカルロの前で、カバーがスライスされるかのように斬られ、彼はハーミスと目が合った。憤怒の形相を目の当たりにして、彼は竦んだ。

 そんな大きな隙は、もう命取りどころの話ではない。がら空きになったシートにハーミスが手を突っ込んだかと思うと、軽いカルロの体を持ちあげ、外に投げつけた。しかも同時に、宙に浮いた彼の両足を、すぱっと斬り裂いてみせたのだ。


「んぎゅうえげえええッ! 足、あじもおおおおおッ!?」


 ぐねぐねと宙で踊るカルロの両足は、鉄橋の上に転がった。そしてそれと左腕を失ったカルロの本体もまた、無様に、ハーミスの足元に倒れ込んだ。

 その後ろでは、自立機能を失った究極の最高傑作がぐらりと体を傾けたかと思うと、ゆっくりと鉄橋の上を転がり、『黄金炉』の中へと落ちて行った。どぼん、と大きな音を立てた後、液体と同化していく残骸をカルロが見つめていると、ハーミスの声が聞こえた。


「……勝負あったな」


 怒りの収まったハーミスの声を受けたカルロは、彼を見ずに答えた。


「……なんで、なんでこんなことになるんだよう。おかしい、おかしいよう」


 どくどくと流れる血が、破けた白衣を染める。カタナが、首筋に突き付けられる。


「俺を逆恨みする暇があるなら、自分なりの愛され方でも探せばよかったんだよ。どうしてそんなことにも気づかなかったんだよ、お前は」


 そんなこと。そんなことなど、理解できるはずがない。

 誰かに愛されたい、あの時にハーミスが受けていた評価を、自分のものにしたい。カルロはカルロなりに、自分に突き付けられた言葉の意味をしっかりと考えてみた。

 それから、ゆっくりと振り返り、出来る限り素敵な笑顔――思いつく限りハーミスに許してもらえそうな、彼にだって褒めてもらえそうな笑顔を見せた。


「……え、えひ、ハーミス、ハーミス? じゃあさ、お前の為にさ、何か作ってやるよ」


 醜悪極まりない顔だった。目の当たりにしたハーミスが、思わず顔を顰めるほどの顔。


「……は?」


 思わず問い返したハーミスに、カルロは引き攣りながら笑い、答えた。


「だ、だって、そう、言ったろ? 誰かの為に、何かを作れば、愛してもらえるんだろ? 愛情が貰えるんだろ? な、ほら、俺さ、何でも作れるからさ、な!?」


 彼は、何一つ理解していなかった。

 無様で、惨めで、哀れな、ありとあらゆる部位から液体を垂れ流すカルロは、このような結果になろうとも、物事の原因も、理由も一切理解していなかった。ただただ保身と、勘違いした愛情だけしか、上辺の笑顔からは見られなかった。


「…………もういい、お前の話は聞きたくもねえ」


 だから、ハーミスは突き付けた剣を、炉の中に投げ捨てた。


「俺の欲しいものはな、カルロ。お前なんかにゃ作れねえよ」


 そして、カルロに背を向けて歩き始めた。

 当然、鉱山は崩壊を始めている。そんな中で、足を斬り落とされたカルロが生きて帰られるはずがない。第一、鉄橋すら一部が砕け、割れて、今にも炉に落ちそうなのだ。

 足場が揺れるのを感じる。カルロは必死に、遠ざかるハーミスに声をかける。


「あ、ちょ、待って、まっで! 落ちる、おぢる、おぢるう!」


 落ちる、落ちると言っている間に、カルロの体がぐらりと転がり、鉄橋の外へと放り出された。血飛沫を上げて、重力に従って彼が落ちるのは、波打つ死の黄金。


「やだ、やだ、やだやだやだやだやだああああああああああぁぁぁ――……」


 鉄橋を歩き終えたハーミスは、悲鳴が途絶えたカルロの最期を見たくもなかった。

 正しく彼は、狂人だった。単なる逆恨みを芯にして生き続けてきた割には、死の淵に立つと、それを投げうって生に媚びを売った。ハーミスからしてみれば、彼は技術や才能とやらで塗り固められた虚構――虚無と呼ぶべき人間だった。

 そんな人間が遺す物など、得られる物など、ありはしないのだから。


「――ミス、ハーミス……!」


 その一方で、坑道の奥から、彼を探す声が聞こえてきた。

 カルロには終ぞ得られなかった、仲間の、愛情で繋がった者同士の声が。

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