第160話 魔竜②
「お待たせしました、『ラーク・ティーン四次元通販サービス』でございます」
闇の中からやって来たのは、やはり『ラーク・ティーン四次元通販サービス』の配達員、バイクに跨った白と黒のツートンカラーの女性、キャリアーである。
広い道の後ろからやってきた彼女はハーミスの隣に停止すると、ハーミスに購入したアイテムを手渡した。
「本日購入いただいたライセンスは『テイマー』、スキルは
橙色のライセンスと、銃身がとても短く、銃口が大きい、腕をすっぽりと覆う銃。彼が目を閉じ、開き、使い方を学び終わった時、キャリアーは既に走り出していた。
「またのご利用をお待ちしております」
そうして虚空の闇に消えていった彼女を、ルビーは知らない顔で見つめて、聞いた。
「……何、今の?」
「覚えてないんだな、やっぱり」
ハーミスが特殊な銃の安全装置を外すと同時に、ルビーは戦闘態勢に入った。
「……当たり前だよ、ルビーはお前のことなんか知らない! カルロの敵は、ルビーが全部ぶっ潰してやる!」
言うが早いか、彼女は思い切り飛び掛かり、ハーミス目掛けて殴りかかってきた。
彼は体をかがめてかわしたが、ドラゴンの拳は簡単に鉱山の壁を抉り取り、ハーミスの頭に石粒が落ちてくる。普段見慣れている攻撃ではあるが、自分がその犠牲になるかと思うと、額を汗が伝わずにはいられなかった。
とんでもない威力を有した拳の一撃が、しかも連続で飛んでくる。ハーミスがプレゼントした籠手が、捕らえられた時に外されているらしく、素手なのが唯一の幸いだ。
ルビーが勢いよく振り回した尻尾の攻撃を避け、ハーミスは距離を取った。テイマーのライセンスを割ると、ステータスが顔の隣で書き換わる。腕力は落ちるが、総合的な運動性が上がるのが、テイマーの特徴だ。
(あらゆる種族と会話できるスキルは使えねえが、テイマーのステータス補正で運動性は増してる! 後はこの銃弾を当てられるタイミングを見計らえば!)
距離を取らせるかと言わんばかりに攻撃を仕掛けてくるルビーだが、攻撃は直線的で、剣士やテイマーであれば見極められる。
おまけに感情的になっているのか、血を流してダメージを受けているハーミスでも攻撃を避けられる。大振りで、尻尾という名の第五の脚まであるのに、それすらハーミスには当たらない。
とうとう癇癪を起こしたように、ルビーが右足を振り上げた瞬間が、チャンスだ。
「――ここだッ!」
足を振り下ろした時、狙いすましたようにハーミスが銃口を向け、引き金を引いた。
ドラゴン目掛けて放たれた、拳ほどの大きさの銃弾は、彼女の眼前で真っ二つに分かれてしまった。中から出てきたのは、蛇腹状の鉄製の部品。それはルビーに巻き付くようにぐるぐると回転すると、双方がもう一度くっついた。
「ガルウァッ!?」
しかも、ルビーが驚くよりも先に、彼女の体は壁に張り付けられてしまった。いきなりの事態に、必死に壁から離れようとしたルビーだが、ちっとも動かない。
歯を食いしばり、力を込めるルビーの前で、ハーミスが説明した。
「こいつはお前を撃ち抜きはしねえがな、魔力を纏った磁石で捕縛する! ここは鉱山でカルロの作った鉄のアイテムが幾らでもある、お前の動きを縛るのは簡単だ!」
彼が放ったのは、磁力を纏った特殊弾だ。
元より磁力を使って敵を強力に捕縛する弾丸だが、ここはカルロが作り上げた鉄だらけの施設。ルビーが壁にくっつけられ、一層動けなくなるのは当然だ。
「グ、ググ、グウウ……!」
力をこれでもかと込めて抵抗するルビーに、ハーミスは説得を試みる。
「ルビー、聞け! 俺とお前は仲間だ、ジュエイル村からずっと一緒だったろ!? クレアやエルと一緒に旅しただろ! それに、ここにはトパーズと――」
しかし、その名をここで出すのは、まずかった。
ルビーの額に血管が浮かび、鱗が騒めくのに気付いたハーミスだが、もう遅い。
「トパーズ……トパーズ、トパーズ! ルビーの前で、あいつを呼ぶなアアアッ!」
彼女が渾身の力を込め、手を乱暴に動かすと、磁力を伴っているはずの捕縛装置が弾け飛んでしまった。ラーニング情報では魔物十五匹を纏めて捕縛できるはずなのだが。
「な、捕縛装置をぶっ壊した!?」
驚いているハーミスだが、そんな余裕はない。
「ルビーはカルロを守るんだ、それが使命なんだ! ずっと一緒に居たんだ、ルビーは間違ってない、ルビーはカルロの為に、お前を、殺すんだああぁッ!」
ハーミスが思考に僅かな猶予を使ってしまったタイミングを、ルビーは逃さなかった。
彼女は赤く大きな翼をはためかせて、瞬時に距離を詰めると、油断したハーミスの腹に思い切り拳を叩き込んだ。
「ご、ぐおがあ!?」
ハーミスは一瞬、自分の腹に穴が開いたかと思った。それくらいルビーの拳は威力が強く、彼は握っていた銃を手落とし、体がふわりと浮いたのを感じた。
ルビーはしかも、彼を拳に乗せたまま、思い切り壁に叩きつけた。
「死ね、死ね、死んじゃえ! ルビーの中から消えちゃえ!」
こうなれば、もうルビーの独壇場だ。ただでさえダメージを受けているハーミスの体に、ルビーの狂乱に近い言葉と共に、何度もパンチが命中する。胃の内容物が逆転する不快感と、意識が飛びかねないほどの激痛が体を支配する。
「ぐう、が、うぎぃ、がはあ!」
このままだと、確実に死ぬ。生命活動の危機を感じて、それでもルビーに声をかけようとしたハーミスだったが、急に彼女は殴るのをやめたかと思うと、頭を抱えた。
「――トパーズ、ごめんね、トパーズ……違う、ルビーは違う!」
そして、泡を吹きながら叫び始めた。
最初は単なる詫びの言葉だったが、次に出てきたのは、詫びを否定する言葉。心の中で、頭の中で何かが生まれ、否定されてゆくかのように、虚ろな彼女の目は、焦点の合わない、支離滅裂な絶叫を代弁する。
「カルロの仲間なんだ、ルビーはカルロの……ルビーが、殺したんだ、トパーズを!」
朦朧とする意識の中で、ハーミスは彼女の本音を見出す。トパーズが死んだと知っているだけではない。どうして死んだのかも知っている。
まさか、彼女は。
「ルビー、お前まさか、トパーズの死にざまを……?」
「うるざあああぁぁいッ!」
ルビーがハーミスの体をはたくと、彼は簡単に吹っ飛んだ。
二、三度転がされて、地面をキスをしながら、ハーミスはゆっくりと立ち上がる。彼女がどんな境遇に立たされたかは知らずとも、状況は理解できる。
「……そうか、ルビー。何となくだけど、分かったよ」
彼女は吼え、ハーミスの声を無視し、狂ったように突進してくる。
「死ねえええええッ!」
剥き出しにした怒りと、狂気を右の拳に乗せて、ハーミスを殺すべく。
トパーズという名前を忘れて、カルロの為に。開いた口から洩れた怒りを全て乗せて、痛みと悲しみと、遺してもらった思いすら忘れる為に。
「なあ、ルビー」
だから、ゆらりと、しかしはっきりとルビーを見て、ハーミスは言った。
「――トパーズは、最期になんて言ってた?」
自分を信じて歩み、自分の為に死んだ者の、最期の想い。
何だったかと問われ、目を見開いたルビーは、ハーミスの顔を砕く直前で拳を止めた。
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