第159話 魔竜①
「だ、出してやる! だから殺すな、待て、早まるな!」
「別に俺としては、早まるつもりはねえよ。お前の出方次第だけどな……ほら、さっさと出さねえと、鎖で絞め殺すぞ」
カルロを盾に見立てて、ハーミスは格子に近づいてゆく。外には機械兵がうろついているが、攻撃を仕掛けてくる気配はない。カルロの命がないと、攻撃すらできないらしい。
だが、その性質は、今は有利に働いている。ハーミスはカルロの首に回した鎖を少し強め、脅すように――事実脅しているが――彼に言った。
「ちょっとでも機械兵が変な動きをしたら、分かってるよな」
「分かってる、分かってる! お前ら、一旦下がれ!」
『下ガリマス、下ガリマス』
機械兵達は、細い足をガシガシと動かしながら、牢の扉から離れた。扉からいなくなっただけでは不満なのか、ハーミスが鎖をじゃらり、と鳴らすと、彼らはもっと離れた。こうして、牢の周りには誰もいなくなった。
遠くからこちらを眺めてはいるが、おかげでハーミスは、攻撃を一つも受けずに脱出できた。といっても、まだカルロという都合の良い盾は必要だ。
少なくとも、まだ解決するべき問題があるからだ。
「……よし、後はこのまま脱出するだけと言いたいとこなんだが、まだ聞いておきたいことがあるんだよ。ルビーの居場所と、どうやったら『門』を壊せるか、だ」
このまま、ルビーを救出し、『門』を破壊する。これが、今のハーミスの目標だ。
鉱山の仲は広く、カルロを捨てて逃げながら仲間を探すのはリスクが大きい。それに、弱点を知っている男を逃がす理由は、今のところ全く存在しない。利点をしっかり活かして逃げるつもりだったが、ハーミスはふと、気づいた。
カルロは、くすくすと笑っていた。ハーミスの失敗に気付いているかのように。
眉を細めるハーミスに、カルロは小馬鹿にした調子で教えた。
「……ルビーか。ドラゴンのことなら、教えてやる。お前の後ろから来てるだろ?」
「何だと?」
ハーミスが振り向くと、彼の言う通りだった。
鉱山の奥から、ゆっくりと歩いてくるその姿は、間違いなくルビーだ。
マントは羽織っていないが、シャツとズボンはそのままに、翼と尾を発現させている。大方、どこかで戦ってきて、ハーミスが起こした騒ぎの音を聞きつけたのだろう。
何にせよ、彼女がいれば百人力だ。
「ルビー! 無事だったか、さっさとこの施設をぶっ壊して逃げ――」
彼はルビーに声をかけようとしたが、彼の言葉は、別の声に遮られた。
「――ルビー、助けてくれ! この男をぶっ飛ばしてやれ!」
カルロの命令だ。しかも、ルビーに、ハーミスを倒せと命令している。
遂に血迷ったのかと、ハーミスは一瞬だけ呆れかえった。よりによって聖伐隊を憎んでいるルビーに、仲間を倒せと命令を下すとは。どこぞの雑兵がルビーにそんな指示を下せば、頭を捻られるか、内臓を引きずり出されるだろう。
だから、ゆっくりと近づいてくるルビーを、彼は一瞥すらしなかった。カルロの間抜け面を見てやろうと、彼にばかり視線を向けていた。
それが、間違いだった。
「な、なんだ!?」
ハーミスは不意に、自分の首根っこを何かに掴まれた。
そして、カルロから離されるように持ち上げると、道端に投げ飛ばされてしまった。ドラゴンの力は、人の姿を象っていても強く、ハーミスは壁に打ち付けられてしまった。
「ぐおあぁッ!?」
誰が何をしたか、明白だった。ルビーが、ハーミスを投げ飛ばしたのだ。
「何やってんだよ、ルビー!?」
軋む体を起こしながら叫ぶハーミスだったが、信じられない光景が広がっていた。
自由を取り戻したカルロに寄り添い、ルビーが立っているのだ。まるで、何年も一緒に旅をしてきた関係のように、ともすれば恋人同士であるかのように。何よりその目は、薄く濁っていて、思考が存在していないかのようだった。
「……ルビー、お前のことなんて知らない。カルロに酷いことするなッ!」
なのに、ギザギザの歯が生えそろった口からは、ハーミスへの罵倒が放たれた。状況が全く理解できないまま、それでも彼は立ち上がる。
「ど、どうなってんだ、どうしたんだよ、ルビー! 俺のことを知らないなんてわけねえだろ、俺だ、ハーミスだ!」
「はは、何を言ってんだか。ルビー、あいつを知ってるか? お前の仲間か?」
カルロがルビーの肩に手を添えると、彼女はカルロを見て、にこりと笑った。
「ううん、知らない。ルビーの仲間はカルロだけだよ!」
頬刷りまでしてのける、ルビーからの惜しみない愛情を受け、カルロは笑った。ハーミスに見せつけるかのような笑顔は、わざとらしさが滲みだしていた。
ただ、怒りのあまり呼吸すら荒くなるも、ハーミスは気づいていた。
ルビーの首元には、いつもはないアクセサリーが取り付けられていた。宝石が散りばめられたその首輪こそが、カルロが牢の中で話していた、
恐らくは、あれがルビーの心を乱している。そんな横暴を、許してなるものか。
「……てめぇ、ルビーに何しやがった!」
ルビーの頬を撫でながら、カルロは鼻を鳴らし、ハーミスから大事な存在を奪った優越感に浸る。彼の人生の目的、その一つを達成した喜びに満ちている。
「さてね。辛そうだったから、悲しいことを忘れられるように仕向けてやっただけさ」
彼はルビーから離れ、後ろに下がりながら吼える。
理不尽な怒りと復讐の計画を、彼はずっと練っていたのだ。ハーミス如きの正当性などどこにもありはしない、最初から存在しない概念を奪い返す、狂気の復讐が今、始まろうとしている。
「ハーミス、お前は俺に向けられるはずだった皆からの愛情を奪った。今度は俺が、お前の仲間を――愛情って奴を、奪ってやる番だ。そうして初めて、俺は人の愛情を感じられる。俺が貰うべきだったものを、取り戻せるのさ!」
カルロの後ろからやってきた機械兵に囲まれ、彼は去ってゆく。
「ルビー、その男を殺しちまえ! そうしたら後で、ご褒美をくれてやるからな!」
そうして後ろから聞こえてきた命令を耳にして、ルビーは振り返った。ハーミスや仲間に向けていた笑顔を、憎い聖伐隊に向けて。素敵な愛嬌を、振りまいて。
「ご褒美……うん、ルビー、頑張る!」
彼女の洗脳がうまくいっていることを確かめたカルロは、今度こそ機械兵に守られながら、ハーミスから離れて行った。
「じゃあな、ハーミス。元仲間同士、せいぜい楽しく殺し合ってくれ」
「待て、カルロ、待ちやがれ……うわッ!?」
彼を追いかけようとしたハーミスだったが、許さない者がいる。
それは翼と牙、そして絶対にハーミスに向けるはずがなかった殺意を剥き出しにして、心を掻き乱された末に、偽りの愛情に染められたルビーだ。
澱んだ瞳に映る血塗れの男は、もう彼女の恩人ではない。ただの敵、その一つだ。
「行かせないよ! ルビーの仲間、カルロは、お前なんかにやらせない!」
「ルビー……!」
嫌が応にも、最早彼とルビーは対峙せざるを得なかった。
だが、彼女を傷つけずに捕える――倒すという選択肢はなかった――方法は存在する。彼にはなくとも、
ハーミスは腕に巻いた黒い
そして、『注文』のボタンを押すと、いつも通り、黒い闇が背後から現れた。
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