第157話 愛情
幼いカルロの卑屈な目には、ハーミスは疎ましく見えた。
いや、彼は一度だって疎ましいと言う感情を認めたことはない。どうして彼ばかり大人に褒められて、友人からは優しい人だと評価されたのか、意味が解らなかった。
カルロは負けじと、昔から持っていた技師としての才能を発揮した。人に沢山色んなものを作ってやったし、与えてやった。なのに、返ってくるのは、ありがとうとかの軽い返事だけ。愛されたと認識できるようなものは、何一つ与えられなかった。
与えてやったのに、返ってこなかった。こんなことがあるかと思った。
「どいつもこいつもハーミスはいい子だ、ハーミスは優しい子だってな! それ以外何もねえ奴にどうしてあんなに優しくして、俺には何も与えてくれなかったんだよ!?」
だから、カルロは憎んだ。目に見える愛情を注がれていたハーミスを。
「お前に何があった!? 俺は誰にも愛されなかったよ、お前より何でも持ってるのにな! 無駄な人助けや魔物、ちっせえ生き物を世話してやったってだけで、どうしててえめぇばかりが村の大人にちやほやされてたんだよ!?」
だから、カルロは誰よりも喜んだ。ハーミスに天啓が与えられなかったのを。
ハーミスが死んだ時も、カルロは誰よりも嬉しがっていた。ジュエイル村が滅んだ時も、自分を愛さない連中の死に、遠いバルバ鉱山でほくそ笑んでいた。
「俺の方が優れてるのにな! そうだろ、ハーミス!」
話している間、カルロはずっとハーミスを蹴り続けていた。
傷ついた体をどうにか震わせながら、それでもハーミスは、息も絶え絶えに答えた。
「……アホ過ぎて、何にも言えねえよ」
ハーミスに、同情の意思はなかった。あらゆる意味で哀れにも程がある彼の、自分を模したようにすら思える髪形を見ると、彼をただ惨めだとしか思えなかった。
「あァ!? 俺がどんな気持ちで、お前を妬んでたか……」
「分かるわけねえだろ。人に嫉妬ばっかしてよ、近くにあったかもしれねえ愛情を見過ごして自分は孤独だ、愛されてない、可哀そうだって? アホ以外の何物でもねえだろ」
カルロへの関心は、九割ほど消え失せていた。彼がどんな人間か、深く考えずとも、何かしらの意図を汲み取らずとも、よく分かってしまったからだ。
「五年越しの悩みが解決されたな。お前はただの異常者だよ」
この男は、ただの異常者。惨めで哀れで、気の触れた異常者だ。
そんな男は、ようやくハーミスを蹴るのをやめた。そして、大袈裟なため息をついた。
「…………話すだけ、無駄だな。俺はこう結論付けたんだ、ジュエイル村の連中に見る目がなかったんだって。今の俺は満足してるぜ、聖伐隊の幹部として、周りは俺を尊敬する。敬愛する。機械兵だって、俺を慕っているのさ」
機械兵。恐らく、自分を拷問したあの兵隊のことだ。
ちょうど残っていた一割だけの関心について、カルロの方から口を開いてくれたこの機会を逃すまいと、ハーミスはにやりと見えないように笑い、プライドが肥大した男が話したくなるように誘導してみることにした。
「……機械兵、ね。お前にもう興味はねえが、こんだけのもんを創り上げたスキルについては、聞いておきたいところだな。どうせ大したことねえんだろうけど……ぐぁッ!」
蹴りを貰った。『剣士』である今、そうダメージはないが、作戦は成功したようだ。
「大したことないだと? お前、目が節穴なのか?」
眉を吊り上げたカルロは、ハーミスの予想通り、すっかり苛立っていた。そして、彼が予想した通りの行動を、筋書きでもあるかのようにとってくれた。
「確かに、職業の天啓として与えられた『技師』自体には、確かに技術力や繊細さに補整がかかるが、これといって戦闘向けの特徴はないな。けど、スキル
自身のスキルについて、話し始めてくれたのだ。
カルロのスキルは、正直なところ謎が多かった。あの兵隊を作ったのがカルロ自身なのか、それとも別の工程を経て、バルバ鉱山も含めてこんな形にしてしまったのか。加えて、彼が自分の目的を話してくれる点にも、ハーミスは期待していた。
(バカみてえにべらべらと喋ってくれるのは、ありがたいとこだな)
彼の思惑に従って、カルロは話を続けてくれる。
「『工房』は文字通り、全自動の兵器製造工房を創り上げるスキルだ。最初は小さな机程度だったんだがな、こいつは自己開発を続けるんだよ。自分で自分を強化し、更に製造ラインを広げ、効率の為にエネルギー蓄積装置『黄金炉』を作った」
ハーミスが思っていたよりもずっと、このスキルは厄介なようだ。もし、ハーミス達が攻撃を仕掛けていなければ、自己開発とやらで、『工房』はもっと大きくなっていたのだろう。それこそ、ワイバーンの襲撃程度では侵入すら敵わないほどに。
「それだけじゃない。工房が作る兵器や装置は、世界中どこを探しても勝るものが存在しない性能だ。本部で聞いた、お前が使う武器よりも優れてるだろうよ。ワイバーンを撃ち落とした『銀砲』も、ここで働く『機械兵』も、工房で作られた武器だ」
ということは、カルロ自身が言ったように、彼に戦闘力はなく、無力であるようだ。兵隊も、彼らが持っている武器すらも、カルロではなく、工房が作っているのだから。
ならば、あの『輪』もそうなのか。ハーミスはそれとなく、聞いてみた。
「……あのわっかもか?」
「わっか、とは低俗な例えだな。あれは『門』だ」
カルロは一層ふんぞり返り、べらべらと話し始める準備を整えてくれた。
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