第156話 嫉妬


 鉱山の内側、金属で整備された行動を歩き、鉄の足音を奏でながら、カルロは鼻歌を歌っていた。彼にとって、今日はとても素晴らしい日になりそうなのだ。


「うーん、いい気分だ。ドラゴンなんて戦力を手に入れて、懐かしのハーミスとも会えたなんて! 日頃の行いが良い証拠だな!」


 このバルバ鉱山を改造してから何度か楽しい出来事はあったが、ここまでいいこと尽くめの日はなかった。鉱山に襲撃を仕掛けてきたワイバーンの長を動力に還元し、ドラゴンの心を壊した。そして今、新しい楽しみが待っているのだ。

 白衣の内側の手を擦り合わせながら彼がやって来たのは、坑道の一番奥にある、たった一つだけの牢らしい部屋。

 鉄格子の奥には、地にこびりついた土と、両腕を椅子に縛り付けられ、倒れ込んだ男だけがいる。一つしかない出入口から出てきた、血に濡れた槍のような武器を持つ機械兵の肩を叩き、カルロは命令した。


「俺が後は様子を見るよ。お前達は『星宝石』の採掘を続けろ」


『了解シマシタ』


 機械兵は頷きはしなかったが、カルロが来た道をすたすたと歩いていった。

 代わりに彼が独房に入り、倒れている男の前に座り込んだ。そして、顔が見えやすいように銀色の髪を掴んで、頭を持ち上げると、満面の笑みで彼の名を呼んだ。


「――久しぶりだね、ハーミス。機械兵の拷問は効いたかい?」


 血塗れのシャツに身を包み、体中を傷つけられているのは、ハーミスだった。

 相当な怪我を負ってはいるが、まだ生きている。カルロがルビーに告げた、ハーミスを処刑したという話は、真っ赤な嘘だったのだ。

 仲間がそんな嘘に騙されているとは露知らず、ハーミスはカルロを睨み、言った。


「……まあまあだな。俺の上着を持っていきやがったのが、一番ダメージがでかいってとこだ。シャツ一枚じゃ冷えちまうぞ」


「減らず口を叩く余裕はあるってわけだ。流石は一度死んで蘇っただけはある、しぶとさはなかなかのものだね」


 カルロはハーミスの頭を、乱暴に地面に叩きつけた。彼をわざわざ見下すようにふんぞり返る彼は、まるでハーミスより常に優位に立ちたいと思っているかのようだ。


「そんな君に朗報だ。たった今、ワイバーンの長を処刑したよ。君の友達のドラゴンは無傷だけど、少しだけ手は加えさせてもらったよ、ははは」


 軽口のように告げられた。トパーズを殺し、ルビーに何かをしたと。

 ハーミスの顔色が変わり、目に殺意が浮かぶ。


「……ルビーにちょっかい出すなよ。長生きしてえならな……ぐッ!」


 だとしても、立場はカルロの方が上だ。椅子に縛り付けられ、動けないハーミスの顔を彼は蹴り上げると、顔を踏みつけた。


「立場をわきまえた方が良い、って意味だ。話す許可を与えているのは俺で、逆らう資格はないんだよ。期限を損なえばすぐに殺せるってのも、忘れないようにな」


「いいや、お前は俺を直ぐには殺さないだろ。知ってるぜ、俺がお前を見る目をな」


 ハーミスの怒りは、それでも決して消え失せなかった。寧ろ、カルロの方が落ち着きを失っているようにすら、彼には見えていた。だからこそ、ゆっくりと顔から足を離したのはカルロの方だったし、ハーミスは唾と血を吐きながらも、話を続けたのだ。


「ちょうどいい機会なんだ、聞かせてくれよ。『選ばれし者達』の中で、お前だけは俺への態度が明らかにおかしかっただろ、あの理由をな」


 彼は、カルロについてはしっかりと覚えていた。

 勿論、自分を殺した全員については覚えているのだが、カルロについてはことさらしっかりと記憶に焼き付いていた。彼だけは、他と比べて異様だったからだ。


「……何のことだか」


「とぼけんなよ。ユーゴーやサン、バント達は、俺に天啓がないって知ってから態度を変えたんだ。リオノーレは魔物への恨みがあったから、腹の底じゃ魔物の怪我も治してやってた俺を、内心鬱陶しく思ってたかもしれねえけどよ」


 これまで友人だと思っていた相手が、敵意を抱いて接してくる。それもまた恐ろしい話ではあるが、その程度の相手だったのだとも納得できる。

 カルロは違う。彼は、天啓だとか、そんなものを全て省いても、異常だった。


「でも、お前は違う。そんなもん抜きで――最初から、俺をただ憎んでた。いつでも殺してやるって目線で俺を睨んでた。天啓の一件が起きてから、明確になったよな」


 幼い頃から、カルロはハーミスに対して殺意の篭った視線をぶつけ続け、影で暴力を振るってきた。肉体的、精神的を問わず、狂気じみたいじめを続けてきた。

 天啓が得られないと判明してからは、更に悍ましい暴力が加えられた。日頃から憂さ晴らし程度にハーミスを殴っていたユーゴーが止めるほど、このままでは村に返せないと判断したサンが魔法で治癒を施すほどの暴力。

 明らかに、異様だった。ハーミスに親を殺されたかのように憎み、狂気じみた暴力を振るい続けてきた。幼いハーミスは、どうして自分がこんな目に遭わなければならないのか、ちっとも理解できなかった。

 そして今も、はっきり言って、理解できないでいる。だから今、彼は聞いたのだ。


「ユーゴーが引いてたじゃねえか、お前のイカれた暴力によ。サンに治癒させるくらい俺を痛めつけた時もあっただろ。その理由が、俺には理解できねえんだよ。俺がお前に何をした? どんな因縁があったか、教えてくれよ?」


 自分の行いによっては、話をするつもりでもいた。

 ハーミス・タナーであった頃に、誰かを傷つけたなら。過ちを認めないわけにはいかないし――それはそれで、復讐はしっかり果たすが、詫びの一つも必要だったのかと思ったのだ。それくらい、彼のいじめは執拗で、異常だったのだ。

 彼は待った。理由が、事情があるのだと思ったからこそ、聞いた。


「……ないよ。お前に因縁なんてない。何もされてない」


 だから、彼がハーミスを見ながら放った言葉は、信じられなかった。

 因縁も何もない。なのに、カルロは今、ハーミスを呪い殺さんばかりの目で凝視している。親の仇どころか、末代までの怨敵であるかのように。


「俺はただ――お前がどうして皆に愛されてたのか、理解できなかっただけだ」


 きっと、昔のハーミスが聞いても、狂っていると思っただろう。

 まともじゃないと思っただろう。


「天啓を持つ前から技師としての才を持っていた俺じゃなく、ハーミス、お前が村の大人からちやほやされてた理由がなァッ!」


 死を覚悟するほどの暴力と辛辣な口撃の理由が、これだなんて。

 ただちやほやされていた、そう見えていたというだけで、ハーミスは逆上したカルロの蹴りを腹に受け、顔を歪めた。

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