第152話 被弾
敵が近づいてくる音と、通信機からクレアががなり立てる声が聞こえてくるのは同時だった。しかも、クレアの方がよっぽど逼迫しているようだった。
『――ハーミス、ハーミス! こっちはもう限界よ、撤退しないとヤバいわ!』
「そんなにか!? いや、確かにこっちも追い詰められてるんだが!」
そうは言うが、通信機の向こうから聞こえてくる音だけでもまずいと理解できる。
光の瞬く音、ワイバーンの悲鳴。常に風を切る音まで聞こえているのだから、ずっと飛び続け、避け続けているのだろう。クレアとエルも、当然必死だ。
『輪と地上からの攻撃がかなり激しくて、ワイバーンも何匹か撃墜されてる! 特に輪からの攻撃が……エル!』
『分かっています、防御は可能です! しかしいつまでもつか!』
『そういうわけよ、さっさと鉱山をぶっ潰して戻ってきなさい!』
そんな相手に応援されれば、駄目とも、無理とも言えるはずがない。
「分かった! ルビー、先に進むぞ!」
「うん! ワイバーンの皆に手伝ってもらったんだ、絶対に成功させないと!」
坑道を進んでも、進んでも変化は起きないが、敵はやって来る。
ハーミスが剣で敵を斬り伏せるよりも、ルビーが乱雑と呼べるほどの暴力で雑魚を叩き潰していく方が早い。何かに憑りつかれたように、壁に敵の兵士を押し付けてすり潰し、手足を掴んで引き千切る。
本来の目的を忘れているかのようでもあるルビーは、目を赤く輝かせ、吼え、猛る。
「グルウアァ! 邪魔なんかさせるもんか、絶対に、絶対にッ!」
既に動かなくなった敵にすら攻撃を続けるルビーに、ハーミスが警告する。遠くからまだ鉄でできた兵隊がやって来るのに、彼女の執着と間違った判断は、看過できない。
「急げと言ったがな、ちょっとは落ち着けよ! 敵は遠くから攻撃する手段を持ってるんだ、油断するとやられるぞ!」
本気で忠告までするハーミスに対しても、ルビーは拳を握り締め、笑顔で応える。
状況が理解できていないからこそ、こんな顔をしていられるのだ。
「大丈夫だよ、ルビーはドラゴンだから! ちょっとの怪我なんて――」
背後からやってきた敵が、銀の筒を彼女に向けているとも知らないから。
その脅威に気付いたのは、彼女ではなく、ハーミスだった。
「――ルビーっ!」
敵を倒す余裕もない。数も多すぎて、対処しきれない。ルビーを押しのける力もない。
だから、ハーミスに取れる手段は、ルビーの前に立つことだった。ルビーの前に立ち、出来る限りの攻撃をスキル
だが、いくら彼がスローモーションの攻撃を避け、振動する剣で赤い光を弾けたとしても、限界がある。ほぼ全ての攻撃をいなせたかと思った瞬間、剣を持っている右肩を、赤い光が掠めた。
「ハーミス!?」
ルビーがハーミスの異変に気づいた時、彼は肩だけでなく、脇腹にも攻撃を受けてしまっていた。こうなれば、次は右膝、左腕と、連続で射撃を叩き込まれる。
直撃はせず、風穴は開かなかったが、ハーミスの動きを止めるには十分だった。剣を手落とし、血を流す彼は、ルビーの眼前で倒れ込んだ。
「ぐ、痛……油断すんなって、言ったろ……!」
呻く彼の様子は、通信機を挟んだ空の方にも通じたようだ。
『ハーミス、どうしたのよ!? まさかやられたの!?』
「……クレア、一旦退け……ちょっと、マズい事態になった……!」
『どういう意味よ!? 何があったの!?』
「言った通りだ、俺は動けねえ……ルビー、お前もここにいないで、早く……」
敵が四方八方からくるのにも気づかず、どうしてハーミスが倒れているのかと唖然とした様子のルビーに、それでもハーミスは逃げろと言ったが、最早遅かった。
「――そうはいかないなァ、君達。せっかく俺の
二人の前から、ぼろ切れの兵隊の間を縫って、誰かがやってきた。
彼は、ハーミスが良く知る人物だった。逆もまた然りであり、彼が後ろに連れている、体中に傷を刻まれ、痛めつけられた様子のトパーズもそうだった。
必死に敵を引き付けていたのだろうが、彼一人では限界があったのだろう。ワイバーンの長たる面影を失い、ぼろぼろになり、首に枷を嵌められたトパーズを目の当たりにして、ハーミスも、ルビーも驚愕する。
「トパーズ!」
「……てめぇは……ぐッ!」
しかし、ハーミスの意識は途切れた。
兵隊のうち一人が、倒れ込んでいた彼の後頭部を、銀の筒で殴りつけたのだ。普段ならルビーが止めるだろうが、今の彼女は、思考がほぼ止まっている。
『ハーミス、ハーミス! 返事しなさいよ! ルビー、トパーズ!?』
『撤退しますよ、クレア! これ以上は戦線を保てません!』
だから、転げ落ちた通信機から聞こえてくる声も届かない。
空の陽動部隊は機能していない。トパーズはぼろ切れ連中に捕えられ、ハーミスは自分を庇って怪我を負い、気を失った。無傷なのは、ルビーだけ。
無茶な作戦を立て、仲間の気配りにも気づかなかったルビーだけ。
そんな彼女の心境などちっとも構わず、白衣を纏った男は指を鳴らした。すると、後ろから棒きれ達が赤い瞳を輝かせながら、ルビーを取り囲んだ。
「さて、そこのドラゴンにも少しだけ眠っていてもらおうかな。君には特別なステージを用意しよう……ハーミスから全てを奪う、その第一歩としてね」
そして、彼の命令に従い、ルビーの首に張りを突き刺した。
小さな痛みと共に、針の奥に備え付けられた半透明の瓶の中身である、白濁した液体が流し込まれてゆく。量が減るのにつれて、ルビーの意識も遠のいてゆく。
「……そんな、どうして……こんなことに……」
明るく光る、『工房』と呼ばれる世界。
ルビーの意識が消え失せる時まで、それを創り上げた彼は嗤っていた。
通信機から聞こえる音など意に介せず、彼の指示に従い、兵隊達はルビーとハーミス、そして抵抗する力を失ったトパーズを、どこかへと連れ去ってしまった。
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