第151話 単眼


 赤い光は、やはり単発のみでは終わらなかった。

 矢のように放たれる光をかわしながら、ワイバーン達は空を旋回し続ける。そうして一度、敵の攻撃が止んだ隙に、ハーミスが叫んだ。


「クレア、エル! ワイバーン達をなるべく散開させながら、敵の攻撃が当たらない程度に空から援護してくれ! 俺とルビー、トパーズで坑道に入る!」


「分かった!」「了解しました!」


 予定では、クレア達が空で敵の気を引いている間に、迅速にハーミスとルビー、トパーズが内部に潜入し、敵の施設を破壊する。その為にはまず、想定外ではあるが、地面の敵を焼き払う必要がある。


「トパーズ、ルビー! 炎で地面の敵を綺麗に……ルビー!」


 他の飛竜と離れて地面に近づく中、ハーミスはまだ呆然としている様子のルビーに向かって大声で命令すると、彼女はようやく、我に返ったようだった。


「あ、う、うん! 分かってる、敵を焼くんだよね! やるよ、トパーズ!」


「我が王の命とあらば!」


 ルビーとトパーズの口に溜め込まれた炎は、口を勢いよく開くのと同時に、採掘場を舐め回すように解き放たれた。

 またも銀の筒を向けた棒切れ連中だったが、流石に炎に呑み込まれれば無抵抗だ。紅蓮の炎が敵を焼き尽くすと、残ったのはやや焦げ付いた地面と、敵の残骸だけだ。


「よし、あらかた敵の掃除はできたな! クレア、予定通り中に入るぞ!」


 通信機を介してハーミスがクレアに告げると、空からも焦った調子の声が返ってくる。


「分かった! あたし達はなるべくこっちに留まれるようにするけど、お互い無理すんじゃないわよ! こいつら、なんか今までの敵と違う感じだし!」


「だな! トパーズ、着地してくれ!」


 坑道の入り口と思われる、広い洞窟の入り口の前にトパーズを誘導し、ハーミスが手に武器を構えながら着地しようとした時だった。


「ああ……ぐおあっ!?」


 黄玉色の翼が、どこからか撃ち込まれた赤い光によって貫かれた。


「トパーズ!?」


 姿勢を崩し、トパーズは苦悶の表情を浮かべるが、彼はどうにかハーミスを地に下ろした。その隣にルビーも着地するも、再びぼろ切れ連中が這い出てきた。

 しかも、今度は周囲の採掘場の土の中から。まるで、敵が一度炎か何かで地面を焼き払い、油断するだろうと知っていたかのように。


「伏兵だと!? あいつら、用意周到にも程があるだろ!?」


 驚愕するハーミスの隣で、呻くトパーズの身をルビーが案じる。


「トパーズ、トパーズ!」


「王よ、ここは私が引き受けます! 自らの選んだ道、どうぞ全うください!」


 彼の言う通り、ここでもたついているのは時間の無駄でしかない。採掘場に敵が増えたということは、対空攻撃の機会が増えるということ。つまり、クレア達が気を引く時間もますます短くなってしまうのだ。

 決してトパーズを軽んじるわけではないが、こうする他ない。


「……ルビー、行くぞ! ここまで来て、どのみち俺達が撤退する道なんて残されちゃいねえ! とにかく坑道から、輪のところまで行くんだ!」


 心の中でトパーズに感謝しながら、ハーミスがルビーの手を引くと、彼女も頷いた。


「……うん!」


 そうして、二人は敵に背を向け、灯りの点った坑道の中へと突入した。

 ハーミスは採掘場を見た経験はなかったが、もっと武骨で、木の骨組みと無造作に掘られた岩や宝石の痕跡があるだけかと思っていた。しかし、このバルバ鉱山の坑道は、明らかに周囲の環境と比べても異質であった。


「ただの採掘場にしちゃ、やけに整備が整ってやがる……何なんだ、この機械や装置は? どうやって作ったんだ?」


 鉄で囲まれた空間。妙な発光体がちらつき、ごうん、ごうんとおかしな音が鳴っている。バイクのアクセルをふかしている時の音が、最も近いだろうか。走っていると、中には水を集めたような煙まで噴き出すパイプもある。


「それに、俺達が来ると知ってたかのような攻撃……いや、ばれてたのか?」


 そうとしか考えられないが、恐らく自分達が計画を立てた時点で、或いは下見をしに来た時点で、近くに攻撃を仕掛けることがばれていたのだろう。

 光学迷彩マントを被っていたのにどうしてかと頭を捻っていると、ルビーが言った。


「ハーミス、敵が来たよ!」


 彼女が指差す先、通路の向かい側から、外にいた敵と同じ格好の雑兵が、がしゃがしゃと走って来ていた。予想はしていたが、武器はやはり、あの妙な銀の筒だ。


「ゴキブリみてぇにわらわらと! 考えるのは、こいつらをぶっ潰してからだ!」


 ハーミスはポーチからライセンスを取り出すと、眼前で握り潰す。

 彼の顔の傍に、ステータスが表示される。塗り潰された黒色が剥がれ、職業欄が『剣士』へと変わる。久々の感触を肌に受けつつ、今度はポーチから剣を取り出す。

 ただの剣ではない。赤い光を帯びた刀身は常に振動し、触れた相手を切り刻む剣、『魔力放出型超高速振動剣』である。一万二千ウル。

 敵が銀の筒を向けるより先に、ハーミスが背を屈め、黒い柄を握り、駆け出す。


「でえりゃあぁぁッ!」


 そして、目にも留まらぬ速さで敵の懐に飛び込むと、最も近い敵の首を刎ねた。

 相手は驚く様子を見せなかったが、逃げ出すよりはハーミスにとって好都合だ。攻撃されるよりも先に、彼は足を、腕を、胴体を斬り裂き、僅かな間で五体の敵を始末した。

 どう、と雑魚が倒れる音を聞きながら、彼は残骸を蹴飛ばし、その正体を見た。


「なんだ、耐久力は大したことないんだな……それにしても、こいつら……」


 ぼろ切れの下、彼らの体を見たハーミスの青い目が、細くなった。


「…………何だ、こりゃあ」


 人の骨のような、しかし有機物のようではない、異形だった。

 骨と骨をてきとうに繋げ合わせただけにも見えるが、その外側には赤や青の糸のようなものが張り巡らされている。そして頭蓋骨を模したらしい顔には、口も、鼻もない。あるのはただ、中央の赤い瞳らしいレンズだけだ。

 関節や体の接合部から弱い火花を散らすそれを、ハーミスとルビーが見下ろす。


「これって、ハーミス、人間なの? 魔物なの?」


 顔の三割を埋めるほど大きなレンズに映る自分を見ながら、ハーミスは答えた。


「多分、どっちでもねえ。一番近い物で例えるなら、エルが言ってた通りだ」


 これまでと違う、異質な存在を、ハーミスはこうとしか説明できなかった。


「――この世界の技術じゃねえな。俺が『通販』オーダーで買うアイテムや兵器……それに似た何かとしか、今は言いようがねえよ」


 あまりにも謎が多い坑道の中で、自分達を追ってくる足音が聞こえてきた。

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