第143話 飛竜


 オークが捕らえられていた町から脱出し、森の中の開けたところまで無事に逃げ切った頃には、空はすっかり橙色に染まっていた。

 聖伐隊も追ってこず、オーク側に死傷者はいない。併せて二十人近いオークの群れは、口々に声を上げ、ハーミス達に礼を言っているようだった。


「ブギュウ、ブ、ブーっ!」


「助けてくれてありがとう、武人として礼は何でもする、って言ってるよ!」


 ルビーの通訳のおかげで、やはりそうだと分かった。

 こう言われると、救出作戦には否定的だったのに、クレアがここぞとばかりにずい、と前に出てくる。鼻高々に我を崇めよと言わんばかりに、胸を張るのだ。


「あら、そう? そしたら金目のもんでも用意してんぎゅっ」


 そして、後ろからハーミスに拳骨をくらう。いつも通りの展開である。


「捕まってた奴から金をせびってどうするんだよ」


「お金が絡む可能性が微塵でもあれば、出てくるんですから……」


「それに今後の軍資金なら、聖伐隊の駐屯所からそれなりにかっぱらってんだろ……そうだな、バルバ鉱山について知ってることはないか?」


 頭を擦りながらしゃがみ込むクレアを放って、ハーミスがオーク達に聞いた。

 人間の言葉は通じなかったが、代わりにルビーが通訳をしてくれるおかげで、意志の疎通は可能である。ブヒブヒと話すオークの言葉を翻訳し、ルビーが言った。


「えっと、聖伐隊や人間がうようよいるから、自分達は近づけないけど、『ワイバーン』の力を借りれば行けるかもしれない、って!」


「『ワイバーン』?」


 ワイバーン。一度か二度、聞いたことはあるが、ハーミスはどんな相手かは知らない。

 彼の知識不足を補うのは、立ち上がってサイドカーにもたれかかるクレアと、ハーミスの隣に近寄ってきたエルだ。二人とも、旅とレギンリオルでの活動で情報や知識を蓄えており、田舎の村でしか世界を知らなかったハーミスより幾分その手の情報に詳しい。


「ドラゴンに似た魔物ですね。彼らに似てはいますが、二足歩行である点と山や沼地を好む点、一回り程体が小さい点がドラゴンと違います」


「昔の御伽噺なんかじゃ、ドラゴンのしもべなんて言われてるわね。実際に見たことはないから、ドラゴンみたいに絶滅したんじゃないかって思ってたわよ」


 つまりは、変身したルビーに似た魔物というわけだ。


「ブブ、ブギュル」「ブヒー、ブっ!」


 そんな強そうな魔物が、バルバ鉱山とどんな関係があるのだろうか。その答えは、オーク達の唸り声を訳してくれたルビーが、しっかりと教えてくれた。


「ワイバーンはバルバ鉱山の辺りに住んでたけど、聖伐隊に追いやられちゃったんだ」


 薄々予想はしていたが、やはりか、とハーミスは思った。

 今の鉱山がどんな状態かはともかく、昔はワイバーンにとって棲みやすい地域だったのだろう。そこを聖伐隊に狙われ、死闘の果てに追い出されたのだ。

 ここでもまた、ハーミスの中には別方向の疑問が生じた。聖伐隊にとっては単に魔物がいるから倒しに向かった程度の認識なのだろうが、ローラとしては――命令したものとしてはどのような意図があったのだろうか。

 目当てはワイバーンなのか、それとも鉱山なのか。頭を掻きながら考えを巡らせるハーミスに、ルビーはオーク達と頷き合いながら話を続ける。


「でも、聖伐隊もやっつけきれなかったんだって。生き残ったワイバーンは鉱山から少し離れた渓流地帯の奥……モルモリ湖のずっと奥のどこかに巣を作って潜んでる、って」


「モルモリ湖、か。鉱山から更に北に進んだ場所にある、でかい湖だな」


 これまでのあて無き旅と違い、モルモリ湖の場所は知っている。クレアが持っている地図と現在地を照らし合わせれば、ここからずっと北に進んだところにある。


「湖の奥のどこかって、随分とアバウトね。もっと詳しい情報はないの?」


「ワイバーンの秘密で、そこまでしか知らない、って言ってるよ」


 オーク達は申し訳なさそうな顔を見せたが、これだけ教えてもらえればありがたい。もしもオーク達を助けていなければ、こんな情報すらもらえていなかったのだから、改めて人助け、もとい魔物助けは必要だとハーミスは実感した。


「……だったら、直接行って確かめるしかねえな。それだけ情報がもらえりゃ十分だよ」


 彼が笑顔でそう言うと、オーク達は伝えられることを全て伝えた様子で、ゆっくり背を向けた。そして、そのうち一人がルビーに耳打ちし、彼女が代わりに告げた。


「……俺達はもう行くが、バルバ鉱山には亜人の奴隷が沢山いて、無理矢理働かされてるから助けてやって欲しい、って!」


「分かった、出来る限り助ける。お前らももう、捕まらねえようにな」


 一行との会話は、これが最後だった。

 のそのそと、暗い森の奥へと姿を消してゆくオーク達の背を、ハーミス達は見つめていた。良かったと言いたげに鼻を鳴らすハーミスの背を、クレアが警告するように叩いた。


「またそうやって約束しちゃって。いつか身を滅ぼすわよ?」


 ハーミスは振り返り、にっと微笑んだ。


「滅ぼさねえように努力するさ。さて、日も暮れてきたし、もうちょっと北西に進んだら、テントを張って今日は休むとしようぜ」


 陽が大きく傾いて、夜の帳が下りようとしていた。

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