第144話 占領


 森はすっかり暗くなり、辺りを照らすのは焚火の炎だけ。

 ぱちぱちと音を立てて燃ゆる火を囲むのは、隣にテントを張ったハーミス達。夜も更けて、お腹を空かした彼らに、鍋をかき混ぜるクレアが声をかけた。


「うん、これで良し、と。クレア特製シチューができたわよ、お椀よこしなさーい」


 鍋の中には肉や野菜を煮込んだシチュー。母親のように彼女が三人に声をかけると、椅子に腰かけていたハーミス達はこぞって手にしたお椀を突き出し、彼女に食事をよそってもらった。


「お、待ってたぜ」「わーい、シチューだー!」


「料理の腕と胸の大きさだけはまあまあですね。短所を補うには足りませんが」


 ハーミスとルビーは素直に喜び、エルはいつも通りの皮肉を交えてお椀を受け取る。


「飯抜きにされたくなきゃ黙って食べなさい。それにしても……」


 口を尖らせながら、クレアは木々に囲まれた宿営地の向こうにぼんやりと見える、とある施設――としか呼びようのないものに目を向けた。


「……随分と気味悪いわね、バルバ鉱山ってのは。特に、あの光ってる『輪』が」


 バルバ鉱山。ただの山と思っていたそれは、奇妙な建築物だった。

 半分は自然そのまま、半分は切り崩され、代わりに円柱状の建物に作り替えられた山のような出で立ち。更におかしさを感じさせるのは、円柱の上に浮いている、遠目に見ても巨大だと分かる『輪』だ。

 ただ大きなわけではない。オークと別れたところから北西に進んだ一行が一目見て分かるくらい赤く、鉄のような素材でできた『輪』は、夜なのに淡く光っているのだ。おまけに、その中心部から細い、細い光を空に向かって漏らし続けているのだ。

 あんなものを単なる鉱山と呼ぶには、少し無理があるだろう。


「鉱山ってよりは、他の目的がある施設みたいだな」


「何をしているかを確かめるには、近くに行ってみないとってとこね」


 シチューを半分程食べ進めながら、謎の目的地への疑問を話していると、エルがふと思い出した様子でお椀を足元に置き、隊服のズボンから紙の束を取り出した。


「ああ、そういえば。さっきの町で新聞を奪ってきましたので、情報を共有しておきます。食べながらでいいので、話を聞いてください」


 彼女が三人に見せたのは、新聞だ。

 一面には斬り落とした魔物の首を楽しそうに晒す聖伐隊の姿が絵として記されており、ルビーは露骨に不機嫌そうな顔をした。


「新聞か、嫌な情報が載ってそうだな」


 どこの誰が新聞を配っているかを知っているハーミスに、エルは頷いた。


「その通りですね。記事によると、聖伐隊によるレギンリオル国内の魔物、亜人の討伐はほぼ完了したそうです。更に、国外東部……ジュエイル村からロアンナの町、そこからさらに北東部は占領されたとあります」


 思わず、クレアはお椀を片手に立ち上がった。なんせ折角聖伐隊から解放したはずの地域がまたも襲われているのだ。ハーミスとルビーも、驚きを隠せないでいる。


「ロアンナ!? それじゃあ、エルフ達は……」


「既にあの土地を離れているでしょうし、被害はないと思います……とはいえ、戻ることも出来ないでしょう。ですが、もっとまずいのはここからです」


 ばさり、と新聞を開き、エルは最もまずい内容を読み上げた。


「レギンリオルの隣国のうち、ギルリオとボンオットが魔物廃滅の思想に賛同しているようです。そちらの国内にも、聖伐隊の支部が発足したとあります」


 何だって、とも、信じられないとも言わなかった。誰もが無言になった。

 自分達が思っているよりもずっと、聖伐隊は巨大な組織となっていたのだ。それこそ国家の代弁者として、他の国に侵略すら可能となるほどに。


「……侵略は進んでるってことか。それも、これまでは序の口ってわけだ」


「今更だけど、とんでもない奴らを敵に回したって実感させられるわね。聖伐隊のどこにそこまで共感できるのか、あたしにはさっぱりだけど」


「とにかく、今後向かう先によっては、レギンリオルの周辺でなくとも聖伐隊がいる可能性があります。一層警戒する必要がありますね」


 気をより一層引き締める意味も含めて、全員が頷く。

 そうして一同がまたシチューを食べ始める中、ハーミスだけは手を付けなかった。


(魔物の廃滅……その為だけに、ここまでやるのか?)


 相変わらず頭に浮かぶのは、魔物を滅ぼした先にある、聖女の計画。


(ローラには別の目的があるんじゃねえか? 何か、とんでもない作戦の下準備の――)


「――ハーミス、シチュー食べないの?」


 だが、今回ばかりはルビーに声をかけられ、思考を止めざるを得なかった。


「え? あ、ああ、悪りいな。ちょっと考え事をしててな……」


 彼の様子に気付いたのか、それとも今は食事に集中させたかったのか、珍しくエルが話を纏めるように、全員に提案した。


「とにかく、これ以上聖伐隊の勝手を許すわけにはいかないと、私は思います。夜が明ければバルバ鉱山に下見を行い、連中の企みを暴く。それでいいですか?」


「そうだな、そうしよう」


 四人が食事を済ませ、眠りにつくまで、そう時間はかからなかった。

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