ワイバーン

第142話 発掘


 物語は、ロディーノ海岸での長い一日から遡ること数日前から始まる。

 とある小さな村落。人はおらず、魔物も今は近寄らない、鬱蒼と木々が茂った、自然にゆっくりと戻りつつある静かな村の痕跡。

 そこに、白い隊服を纏った人間が数人やって来ていた。

 草むらや森の奥から人間でない者の視線を感じつつ、彼らはひたすら村の外側の、少しだけ膨らんだ土を掘り返していた。土に還りつつある人間の部位、おかしな形になった肉の中から、彼らは必要な部品を取り出し、広げた白い布の上に重ねてゆく。

 やがて集まったそれを何人かが抱え、とある男の前に持ってきた。


「これで全部か?」


「はい、残りは既に……特に頭部は殆ど原形を……」


 相当な臭いがするのか、口元に布を巻いて尚渋い顔をする隊員に、彼は命令する。


「問題ない、あいつの顔は覚えてるからな。死体を運び出せ、崩れないようにな……『工房』ファクトリーで修復次第、先にレギンリオルに連れて行くぞ」


「はっ!」


 赤色と土色が滲む袋は一つ、二つ。

 原形を留めていない肉塊が誰であるかを知る男は、白衣を翻し、隊員達を追うように歩き出す。生まれ育った村に愛着などなく、目的はその亡骸を手に入れることだけ。

 どうするか。決まっている。


「……旧友を『作り直す』のは、忍びないな。ははっ」


 友の望み通り、新しい命を吹き込んでやるのだ。


 ◇◇◇◇◇◇


 一方その頃、時間は先へ進み、人間が住むとある町。

 何の変哲もない、ただの町。聖伐隊の管轄下にある木造りの家が立ち並び、駐屯所も設立されており、人間からすれば魔物の脅威とはどこまでも縁遠い町。

 おまけに言うならば、魔物や亜人を捕え、奴隷にだってしている。脅威がないどころか、脅威を自分達の力へと変えた聖伐隊の、素晴らしい戦果の残る町。

 尤も、そんな評価が残るのは昨日まで。ついさっき、今しがたまで。

 今は違う。家屋が倒れる音と、人が吹き飛ばされる音と共に、全ては崩れ去る。

 銀の髪。奇怪な音を出す乗り物。その後に続く、深緑色の怪物達。


「どけどけどけぇ――ッ!」


「「ブヒブヒィ――ッ!」」


 バイクに跨り、銃を乱射しながら爆走するハーミスとその仲間、そして彼の後ろに続く、解放された元奴隷のオークの大群によって、平和な町は叩き潰された。

 長閑な町の大通りを、魔物達と逆賊の大罪人が走り抜けてゆく。

 勿論、その様を聖伐隊はただ見ているだけではないのだが、雑兵にはどうすることもできない。エルの魔法で投げ飛ばされ、飛んで並走するルビーの尻尾で捻り潰される。そもそも、オークの腕力に人間が敵う道理すらないのだ。

 奴隷の開放は大成功を収めようとしているが、いつもと違う点もある。


「あんたってば、何百回言ったら分かるわけ!? 行く先々で魔物とか亜人とかを助け出して、聖伐隊をぶっ飛ばして! どうしてトラブルに自分から関わるのよ!?」


 そう。ここに幹部もおらず、目的地と呼べる場所でもない。たまたま立ち寄ったのだ。


「立ち寄った町なんだ、そこで聖伐隊が滅茶苦茶やってんのは見過ごせないだろうが!」


 偶然情報を集める為に寄った町で聖伐隊の悪事を見つけ、ハーミスが奴隷解放の為に暴れ回った。いつものことと言えばいつものことなのだが、どこと知れない海岸に一行が流れ着いてから、真の目的地に向かう途中で言うならば、既に三回目の解放活動だ。

 エルフのようなレジスタンス的行為に何回も付き合わされるクレアはすっかりうんざりした様子で、サイドカーの中で頭を抱えるが、他の二人はまんざらでもない様子だ。


「まあ、同意はします。これから恩を売ると思えば、悪い提案でもありませんし」


「聖伐隊なんだから、やっつけちゃえばいいんだよーっ!」


「そういう問題じゃないのよ、もう!」


 文句を言いつつも、クレアもオーク達が逃げ遅れないよう、魔導弾を放つ拳銃で、追ってくる聖伐隊の隊員を撃ち抜く。その最中、町の女性達の叫び声が聞こえてくる。


「お、オークよ、犯されるわ!」「やだ、強姦されるわよ!」


 オークの醜い外見を目の当たりにした彼女達は、言葉が通じないのをいいことに――通じても言うだろうが、彼らが人を犯す化物だと侮蔑する。


「ブ、ブヒュウ! ブー!」


 だが、言葉は通じずとも視線は感じたのか、彼らは遺憾の意を示すように唸る。


「……とんだ風評被害って、そう言いたいのか?」


 確かにオークは、太りに太った人間の体に、豚に似た顔を載せたような見た目で、深緑の肌と獣の皮を腰に纏っただけの、醜い外見だ。人によっては存在だけで嫌悪感を催すだろうし、悪評もついて回るだろう。

 だが、実際は違う。オーク達の顔に下劣さはなく、いずれももののふの如く精悍だ。


「うん。『ゴブリンと違う、俺達は武人で、女を襲ったことなんかない』、『見た目だけで判断されてる、聖伐隊や他の人間が流した悪い噂だ』って、そう言ってるよ」


「だろうな、そう思いたいところだ……関所が見えてきたぞ、クレア!」


 彼らの言い分に納得したハーミスの指示で、クレアはシートの後ろから巨大な黒い筒のようなものを取り出す。引金の付いたそれは、かつて船上で使った、擲弾を放つ武器。

 『六連装高圧縮魔導擲弾発射器』――グレネードランチャーだ。


「分かってる!」


 彼女はグレネードランチャーをしっかりと抱えると、前方に見える大きな門と、それを防ごうと木製のバリケードをせっせと立てる聖伐隊に向かって撃ち放った。

 ひゅるる、と小気味良い音を立てて飛んでいく擲弾だが、その威力は決して軽くない。門に着弾した瞬間、とてつもない音と爆風が発生し、周囲の隊員が吹き飛ばされた。


「ぎゃあああ!」「関所が吹っ飛んだぞ!?」


 辺り一帯を紫の爆風が支配するだけの火力に、人間が作った程度の木製の門が耐えられるはずもなく、バイクとオークの群れが簡単に通れるほどの風穴が開いた。


「よーし、このまま町の外の森まで突っ切るぞ!」


「おーっ!」「「ブヒ――っ!」」


 人の営みを破壊しながら、魔物の行列は町を飛び出し、森へ走りゆく。

 ハーミス達が人魚、クラリッサと別れてから早数日。

 彼らは聖伐隊と戦い、魔物や亜人を助け、解放しながら、着実に次の目的地であるバルバ鉱山へと近づいていた。

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