第127話 浜辺
日が傾き始めた頃、ハーミスは『霧の島』の浜辺で、一人座り込んでいた。
洞窟のある岩場から離れたのは、セイレーン達の視線が嫌になったからと、隠れて
しかし、どうにも良い商品がない。カタログディスプレイを消し去り、彼は空を仰ぐ。
「……駄目だな、カタログにいいモンがねえ。お任せにするのはリスクが高いし、第一手持ちが……だいたい十五万ウル、か」
上手い具合にクラリッサを島の外に出してやりたいと悩む彼の耳に聞こえてくるのは、昼間からずっと騒ぎ続けている、セイレーン達の甲高い笑い声だ。あんなものをいつまでも聞いていると、こちらが参ってしまいそうだ。
「「キャーハハハハ! アーハハハ!」」
「あいつら、いつまで騒いでんだ……あんなのによく付き合ってられるよ、クラリッサ」
同意を得るように、彼は海の水面から少しだけ顔を出したクラリッサに言った。
彼女は自分がいるとばれていないと思っていたのか、ハーミスに声をかけられて驚いたようだったが、浅瀬を泳いで彼の下に寄ってきて、砂浜を這ってきた。
「……飼い殺しにされている以上は、こうするしかないわ。無理矢理外に出ようとしても引き留められるし、あの子達から使命という建前が消えてしまうもの。だから……」
そうして、彼の隣に同じように座り込み、消え入るような声で呟いた。
「だから、私は早く死なないといけないのよ、きっと」
ハーミスは、渋い顔をした。死を肯定するなど、彼は到底許せないからだ。
「……そりゃあ、最後の手段だろ。生きてりゃ、生きて何とかすりゃ、きっと道は開ける。自分から死んじまうなんて、いいことないぜ」
「ううん、私の肉は、このままだと誰かに食べられる。本当ならもっと早く、今直ぐにでも死なないといけないのに、私は臆病なのよ。出来るなら、貴方に連れて行ってもらいたい。私が死ねる場所に、誰にも食べられない場所に」
「そういう目的ならノーサンキューだ。お前が生きて外に出たいなら、手伝ってやる」
もしかすると、クラリッサは、自分を殺してほしいと思っていたのかもしれない。そしてハーミスが、そうしてくれないから、ここを立ち去ろうとしているのだ。
「……それこそ、出来ない相談だわ」
願いが叶わない悲しみを瞳に湛えて、クラリッサは海に飛び込んでいった。
ハーミスは暫くの間、彼女が消えた波間を眺めていたが、死に関する思いに浸っている場合でもないと思った。多少なりの強硬策をしてでも、彼女を救わないと。
(遅かれ早かれ、聖伐隊は来る。セイレーン連中じゃ守れないなら、俺がどうにかするしかねえ……一番手っ取り早いのは、あいつを外に連れて行くことだが……)
そうでなければ、聖伐隊に肉を奪われてしまう。
聖伐隊とセイレーン、二つの敵を同時に相手取るのがこんなに困難とは、とハーミスは頬を掻いた。どうしたものかと、もう一度天を仰ぎ、洞窟のある方角を見た。
(セイレーンにばれれば厄介だ、あいつらが寝静まってから、なんとか……ん?)
そして、気づいた。
夕暮れで赤く染まった空を掻き分けて、白く大きな何かが近づいてきているのに。
「何だ、ありゃ」
ゆっくりと近づいてきている。
いや、ゆっくりではない。大きすぎて、相対的に遅く見えているだけだ。ハーミスは、大きな雲が動いているのかと思い、目を擦ったが、それが雲ではないと気づいた。
「――いや、何だ、なんだよ、ありゃあ……!」
それは、船だった。
船は島の周囲の渦潮を超えられないとセイレーンは言っていたが、あれだけ大きな船では、意味がないのかもしれない。事実、あれは渦潮を超えて、ここに来たのだから。
生まれてこの方――ロディーノ海岸に来ても一度だって見たことがないくらい大きな船。とんでもなく大きな船には、聖伐隊のマークである十字架が刻まれた帆が張られており、間違いなく聖伐隊が絡んでいると告げていた。
「あの帆のマーク、間違いない、聖伐隊の奴らだ! それにしたってなんだ、この攻撃は!? まるで、俺が
『通販』で購入するような船。もしかすると、あの船はハーミスが買ってきたアイテムや兵器のように、不思議な力で渦潮を無効化したのかもしれない。
そんなことに考えを巡らせていると、船の方角から、何かが爆発するような音が聞こえてきた。やはり渦潮にやられてしまったのかと思ったが、そうではない。音と同時に、黒く大きな弾が島に向かって飛んできた。
ぼんやりと眺めるだけのハーミスの前で、それは島の中の木々に命中した。
「な……っ!?」
刹那、木々は轟く爆音と共に爆ぜ、一瞬にして炎が炸裂した。
この現象に近い事態を、ハーミスは知っている。間違いなく、自分達が爆弾で攻撃した時や、銃火器で敵を攻撃した時と同じ反応だ。
どうして聖伐隊が同じ力を、どうやって渦潮を、などと考えていると、再び炸裂音が響いた。そしてまた着弾し、今度は海岸の辺りで爆発が起きた。どうやらあの巨大な船は、連続して攻撃ができるらしい。
それだけでなく、とうとう岩場に接近した船から、聖伐隊の隊員達が海に飛び込んできていた。どう見ても、岩場に襲撃を仕掛ける気だ。
ここでようやく我に返ったハーミスは、立ち上がり砂浜を駆け出した。
洞窟に戻ったはずのクラリッサが危険だと、そうとばかり考えていた。
「とにかく、来るのが早すぎるんだよ! クラリッサを早く助けないと――」
だから、彼は気づけなかった。
「――部下から話は聞いてたけど、まだこの島で生きてたとは驚きじゃん、ハーミス」
背後の砂浜に悠然と立っていた、シャロンの存在に。
ハーミスは、ぴたりと足を止めた。
一体いつから、どうやって。様々な思考が駆け巡ったが、後ろにいるのが『選ばれし者達』の一人、シャロンだということだけは確信できていた。だから彼は、ポーチの中に手を忍ばせ、振り向かずに聞いた。
「……いつの間に来たんだよ、シャロン」
「お前とは違って、うちにはスキルがあるじゃん。しかも――」
そして、彼女が油断して返事をしている隙をつき、振り向きざまに拳銃で撃ち抜いた。
ハーミスがまだガンスリンガーである以上、命中精度は確かだ。不自然な姿勢での射撃だったものの、紫色の魔導弾は見事に、シャロンの脳天を撃ち抜いた。
シャロンの体が大きく震えて、額に風穴を開け、ばたりと仰向けに倒れ込んだ。砂を赤く染め、血を流す彼女の亡骸を見て、ハーミスは死を確信した。
――だからこそ、彼女の額の傷が、ゆっくりと塞がっていくのを見逃さなかった。
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