第128話 捕食


「……何、だと?」


 ハーミスの目の前で、シャロンの傷が見る見るうちに塞がってゆく。そうして完全に傷が消え去り、元の姿に戻ると、シャロンは当たり前かのように立ち上がり、言った。


「まだ話してる途中じゃん。それにしても変な武器を使うじゃん、フォーバーを喰ってないと、危うく死ぬところだったじゃん」


 砂を払う彼女は、さも当然のように、兄を喰った事実を話した。

 信じられないと思ったが、ハーミスは同時に納得もしていた。今の挙動は明らかにフォーバーの『再生』リバーススキルであり、同じ力を使うなら、同じスキルを得ているか、それを何かしらの手段で獲得するしかないからだ。


「……喰ったって、フォーバーを、か? それがお前のスキルか?」


「そうじゃん。といっても、何でも喰えるわけじゃないじゃん」


 裂けた口から、人の二倍ほどもある長い舌をチロチロと見せつけながら、彼女は嗤う。


「うちが食うに値すると決めたものを食べて、その力を得る。それがうちの職業、捕食者にのみ与えられるスキル――『捕食』プレイじゃん」


 喰った生命の力を得る。そう聞いて、ハーミスはやはり、シャロンがフォーバーを喰ったのだと、今度こそ確信した。

 何故なら、彼女の両腕が、セイレーンのような羽毛に包まれ、たちまち巨大な翼と化したからだ。魔物でない彼女があの腕を得る手段は一つ、スキルによる捕食だ。


「……セイレーンの翼、か。セイレーンを食って、その力を得たのか」


「勘違いしてるみたいだけど、何を喰っても力を得るわけじゃないじゃん。うちが気に入って、美味いと思ったものだけが力になるじゃん」


 自らが力を得る為の神聖な儀を、彼女は見開いた目の先に思い浮かべながら語る。


「セイレーンは美味くて、うちのお気に入りじゃん。だからあいつらを食ってたじゃん。足の先から輪切りにしてやったら馬鹿みたいな悲鳴を上げるんだけど、そうしたら一層美味くなって、もうやみつきじゃん!」


 ハーミスの顔が険しくなったのも、彼女は構わない。

 昔と変わらない。彼女は痛めつけ、苦しめた存在だけを食べる。昔と違うのは、邪悪な行いの果てに、力を手に入れる点だけだ。


「この世の全部、うちの食事みたいなもんじゃん。それを痛めつけて、苦しめて、死にたいって思った時に喰ってやるのが一番美味いじゃん。フォーバーはそうじゃなかったけど、人の肉は初めて喰って美味かったから、スキルを得られたじゃん」


「……人魚も、そうするつもりか」


 異形にして邪悪な敵を睨むハーミスにも、シャロンは嬉々として答える。


「当然じゃん。うちは今のままでも最強だけど、人魚を喰って不老不死になれば、もう敵う相手はいなくなるじゃん!」


「ローラ達にも、肉を分けてやるのか?」


「そんなわけないじゃん! うちがぜーんぶ、喰ってやるじゃん!」


 そしてそんな怪物が、大人しくローラに従うはずがない。彼女は気づいていようといまいと、人間ではない別の存在へと昇華しているのだ。飼い慣らすのは不可能で、ましてや大人しくさせようなど絶対に出来ない。


「死ななくなれば、フォーバーのスキルと組み合わされば、うちはこの世界の頂点捕食者になれる! ローラも喰える! 『選ばれし者達』を全部喰って、うちがこの世界の頂点に立つじゃん!」


 少なくとも、頂点捕食者として君臨する夢を見るシャロンには。

 こんな奴を生かしてはおけない。『選ばれし者達』だとか、復讐の対象だとかを差し引いても、全ての生命の敵に他ならないのだから。特に人魚の肉など、世界中他の誰に分け与えたとしても、こいつにだけは渡してはならない。


「……やっぱり、お前に人魚をやるわけにはいかねえな。てめぇにやるくらいなら、俺がクラリッサを連れて逃げ出してやるさ。お前に見つからないくらい、遠くにな」


 拳銃とは別に魔導式低反動散弾銃をポーチから取り出し、片手で安全装置を外すハーミスの前で、シャロンはまたも、彼が無能であるかのように嗤った。


「それこそ無理じゃん? 『アルゴー』の砲撃は、もう島を覆ってるじゃん」


 彼女の言う通り、アルゴーという名の白い船からは、爆弾が投げ飛ばされている――正確には、大砲によって砲弾が撃ち込まれている。辺りには火の粉が飛び散り、木々に燃え移り、夕焼けを赤く染め上げてゆく。

 セイレーン達の悲鳴も、クラリッサの叫び声も聞こえない。ならば無事だと、とにかくシャロンを倒して、彼女達を助ける必要がある。ハーミスの思考を読んだかのように、シャロンの体が蠢くと、翼以外の変化が起きた。


「というか、うちから逃げられると思ってるのがおかしいじゃん。人魚を捕えるのを邪魔するってんなら――」


 彼女が捕食したものは、美味いと思ったものは、セイレーンと兄だけではない。

 肌が青白く染まってゆく。鱗ではなく、ざらざらした肌が彼女の肌に上書きされ、裂けた口の殆どを牙が覆い尽くす。隊服の背中が破け、青黒い烏賊の足が八本、生えてくる。破れた靴の代わりに、セイレーンと同じ鉤爪が生えた姿は、完全な怪物。


「お前は喰わずに、千切り殺してやるじゃん」


 翼をはためかせ、真っ赤な口をこれでもかと開き、シャロンは捕食者と化した。

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