第126話 白船


 ――果たして、聖伐隊が『霧の島』に入るのを諦める理由はなかった。

 彼らは皆、待っていればいいだけだった。渦潮を超え、濃霧を無効化するような船を。

 当然だが、そんな技術は世界中を探しても存在しない。兵器開発に勤しみ、他国への侵略をいまだに続けているレギンリオルでも、そんな代物は開発できない。

 ただ、『選ばれし者達』は違う。彼らのうち、『技師』は違う。


「――待ってたじゃん、これが届くのを」


 港に立つシャロンの前に鎮座していたのは、凄まじい大きさの、白い船だった。

 巨大な衝角と船主砲、五十門以上の舷側砲、三本のマストと白い帆を持つこの船は、明らかなオーバーテクノロジーであると一目見てわかる。ハーミスが『通販』オーダーで購入するアイテムのように、この世界の理に反しかねない存在だ。

 シャロンとしても予想より遥かに凄い船が来たようで、驚愕で目を見開いている。


「カルロの奴もいいモンを貸してくれるじゃん……風のいらない帆船、『タイホウ』とか言う武装、乗組員が何をしなくても自動的に動く機能。夢みたいな話だけど、『技師』のあいつなら作りかねないじゃん」


 彼女の言う通りなら、原動力が一切不明だが、風がなくても動く。凄まじい威力の大砲と砲弾を有し、船員は必要とせず、全て自動的に稼働する。

 最早帆船である理由がない大型船の名を、シャロンは呟く。


「名前は『アルゴー』、うん、名前も気に入ったじゃん。これさえあれば『霧の島』も簡単に突破できるじゃん……まあ、うち一人でも行けたけど、面倒じゃん」


 彼女の言葉は大げさではない。スキルを使えば、彼女一人でも目的を果たせた。

 ただ、シャロンにそんな余裕はない。彼女は常に食事を優先する。右手で乱暴に掴んだセイレーンの頭にスプーンを突き刺し、さっきから脳味噌を食っているように、どんな時でも食事をしていたいのだ。


「食ってやったセイレーンは、あの島から仲間と人魚は絶対に逃げないって言ってたし。アルゴーの使い勝手のテストとしゃれ込むじゃん」


 そんなシャロンが脳味噌の残りを啜り、目を見開いたセイレーンの頭を投げ捨てると、聖伐隊の隊員がやって来た。そして、アルゴーについて報告した。


「シャロン様、荷物の積み込み、完了しました」


「了解じゃん。うちの食事は全部積み込んだじゃん?」


「はい、確かに!」


「そんじゃ、直ぐに出航するじゃん。うちを船長室に案内するじゃん」


「はっ!」


 港から船にかけられた橋の上を、隊員に連れられてシャロンは歩いて行った。

 他の隊員達も、船に搭乗していく。

 動力関連で彼らは必要ないが、人魚の捕獲には必要となる人員だ。船の外や中で準備に勤しみ、荷物の積み忘れがないかをチェックしていた隊員のうち一人が、ふと気づいた。


「おい、これは何だ? 荷物の積み残しじゃないのか?」


 荷物置き場に残されていた、やけに大きな木箱に。

 人間三人分はある、大きな木箱。他の荷物でどれだけ大きくても、半分くらいのサイズしかないのに。集まった他の隊員達も、存在を知らない荷物に困惑しているようだ。


「随分大きいな、こんな大きな荷物を運べるわけがないだろう。置いて行くぞ」


 知らないのなら載せる必要がないと放置しかけたが、一人の隊員が、木箱の一面にでかでかとラベルが貼られているのに気付いた。


「い、いや待て! 『食料品』と書いてあるぞ、もしもシャロン様のお食事だったら大ごとになる! 俺達全員、クビじゃすまないぞ!」


「だといってもこんなに大きな木箱、俺達だけじゃ運べそうに……あれ?」


 シャロンの食事らしいそれは、担いでみると、三、四人程度で運べる軽さだ。


「意外と軽いな、食料品だからか……とにかくこのまま運ぶぞ!」


 軽く、必ず運ばなければならない荷物。だから彼らは、中身を調べなかった。


「――食料品として船の中に忍び込むとは。作戦は成功みたいですね、クレア」


 木箱の中に、魔法を発動したエル、クレア、ルビー、ついでにバイクが入っているなどと、まさか誰も予想しなかっただろう。

 巨大船アルゴーを目の当たりにしたクレアは、あれがセイレーン達のいる島に行くのだとスキルで『直感』し、どうにか潜入する手段を思いついた。シャロンがどんな人物化は知らないが、彼女が食い意地を張っていたおかげで、助かったと言える。


「当然よ、天才のあたしが思いついた作戦なんだから。エルもありがとね、魔法で荷物を持ち上げて軽くしたおかげで、あいつらも疑う様子はなかったわ」


「外の話を聞いている限り、あの隊員から聞いた島へと向かうようですね。載っていれば、向こうでハーミスとも合流できるでしょう」


「でもクレア、どうしてバイクまで持ってきたの?」


 ぎゅうぎゅう詰めの木箱の中で、ルビーが動くと、クレアは露骨に嫌な顔をした。


「使えそうな気がしたのよ。持っていけるんだから、持って行って損はないわ。それよりもルビー、あんたもっと向こうに寄りなさいよ」


「クレアこそ、スペース取り過ぎだよ」


「二人とも、もう少し奥に行ってください」


 食糧庫に押し込まれた木箱の中身が争っているうちに、船はゆっくりと動き出した。

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