第123話 尋問


 セイレーンに連れ去られたハーミスの姿は、港町の方からも見えた。


「――クレア、あれ! ハーミスがセイレーンに捕まってるよ!」


 尤も、その姿を鮮明に捉えられたのは、ドラゴンのルビーだけだ。人気が完全になくなった港町で、彼女が空を指差しながらそう言ったのを聞いて、クレアとエルは、驚愕に顔を染めた。


「な、なんですってぇ!? 確かに見たの、ルビー!?」


「うん、遠かったけど、確かにあれはハーミスだったよ! どうしよう、クレア、ルビーが追いかけてって取り戻そっか!?」


 クレアもルビーが指差した先を見たが、既に影は小さくなっていた。小さな粒が群れを成して撤退していくのを眺めつつ、クレアは諦めた様子で呟いた。


「……もう姿は見えないわ、無理に追ったところで相手が有利だし、何があるか分からないし。それよりも、こいつから情報を聞いた方が早いわね」


 とはいえ、手掛かりがないわけではない。

 彼女が振り返ると、そこには聖伐隊の女性隊員が一人と、間から大量の血が流れている巨大な岩が一つあった。いずれも、どさくさに紛れて彼女達が倒した隊員だ。


「う、があ、ぐ……」


 地に這いつくばる一人の隊員は、両足の膝から下が斬り落とされている。なのに出血多量で死んでいないのは、足の切断面を覆う鈍色の円盤のおかげだ。

 蜘蛛の足のように、足に食い込む八本の針で完全に固定された円盤が、出血を抑えている。だから隊員は死んでいないし、足がないから逃げられもしない。


「大したものですね、そのアイテムは。止血と拘束を兼ねるとは思いませんでした」


「『魔導拘束円盤錠』って言って、ハーミスから借りてたのよ。斬り落とした部位にくっついて、身動きを取れなくする……今の状況にはうってつけね」


「くう、だ、誰なの、貴女達は! 聖伐隊を一瞬でぶぐぅ!?」


 どうにか生かされている隊員が喚くと、エルは桃色のオーラで喉を締め付けた。


「貴方に発言権はありません。我々が聞いたことにだけ答えなさい。仲間のようになりたくなければ……いいですね?」


 六芒星の瞳が見据える先には、岩の間からはみ出た、隊服付きの腕。

 エルは多数の敵を、岩の間に挟みこんで纏めて始末したのだ。その様子を見て慄いた隊員が逃げようとしたところで、クレアが足を斬り落として、今に至る。


「あんたも結構えぐいわよね、岩を操って雑魚を纏めてすり潰すなんて」


「合理的ですので。では、改めて聞かせてもらいます」


 呻く女性隊員の喉からオーラを離し、髪を掴んで、エルは聞いた。


「あのセイレーンはどこから、何故この海岸に来るのですか? 退治したと豪語するくらいなのですから、拠点も知っているのでしょう」


 拠点はともかく、動機も聞いたのに、ルビーは首を傾げる。


「なんでってのは大事なの?」


「彼らがよほど享楽主義で、何となくで人を襲っているのでない限り、負けて尚も聖伐隊を寄せ付けようとしない理由があると思った方が良いでしょう。で、答えは?」


 隊員は少しだけ渋ったが、なるべく言葉を選んだ様子で、声を紡いだ。


「……『霧の島』よ、ロディーノ海岸から南にまっすぐ進んだ先にある孤島……そこに隠れた何かがある。あの魔物共は、何かをずっと守っているのよ」


 何かを隠している。人を騙すクレアと、スキル『直感』が告げた。


「何かって、アバウトすぎるわよ。はっきり言いなさい、はっきり、と!」


 クレアは彼女の後ろに立つと、足を封じている円盤を蹴飛ばした。肉を通り越し、骨に直接打撃を叩き込まれた女性は、口から泡を吹いて悶絶する。


「うぎゃああ! 知らない、知らない! 『選ばれし者達』がそれを狙ってこの海岸を拠点にした、セイレーンがそれを守護しているの! でもまだ、島には上陸できてなくて奪えてはいない! これしか知らないのよ!」


 それでも言葉を発したのは、これ以上攻撃されたくなかったからだろう。

 これまでの聖伐隊の行動は、進軍の間に合流した敵を滅ぼすという形式だと思っていた。だが、彼女の言い分の通りだと、何かを狙う過程で魔物を滅ぼしている。

 魔物を滅ぼすのが目的の聖伐隊が、それより優先するものとは、いったい。


「たまたまここにいたセイレーンを始末した、というわけではなさそうですね。正体が分からないとしても、その何かの力、効力は知っていますか?」


「……無敵になれると、そう言っていたわ……知ってるのは、これだけよ」


「そうですか、ではお疲れさまでした」


 正体を射知らないのであれば、彼女にこれ以上の用はない。

 エルが桃色の魔力を彼女の首に纏わりつかせ、指を捻ると、女性隊員の首がくるりと一回転した。鳥が絞められるような声を最期に、彼女はばたりと斃れた。

 集まった情報を反芻しながら、一行は今後の行動に思案を巡らせつつ、その場を離れる。とりあえず、ハーミスを追わなければいけないのだが、島が拠点であると言っていた以上、この海を渡る手段を手に入れなければならない。


「聖伐隊が狙う何かがある島……ハーミスが連れ去られたのは、きっとそこでしょう」


「問題はどうやって行くか、ね。船を奪うのが手っ取り早いわ」


 聖伐隊はここを対外進出に使うと言っていたくらいなのだから、きっと舟はいくつでもある。それを奪えば、港を出るのは簡単だ。


「それには同意します。ですが、仮に奪って島まで行ける舟があるとして、何故聖伐隊は侵略してアイテムを奪わないのでしょうか。妙だと思いませんか?」


「言われてみれば、そうよねえ……」


 ただ、気になる点もある。そこまで準備が整っているのだとすれば、どうして島まで攻め込んで、手に入れたいアイテムを回収しないのか。

 謎が謎を呼ぶ中、どうしようかと悩む二人の隣でふと、ルビーが少し離れた港を見た。さっきハーミスが走っていった方角だから、きっと隊舎の舟のある地域だろう。

 その海の先に、白い何かが近づいてくるのが見えた。家やバイク、勿論人間よりもずっと大きい。最初は雲だと思っていたそれは、ゆっくり、ゆっくりと近づいてきていて、ルビーは興味深そうに目を細めた。

 正体は分からない。だが、とても大きな何かが、海の上を進んできている。


「ねえ、クレア! 何かが近づいてくるよ、あの白くておっきいの!」


 きっと、雲のことを言っているのだろう。


「ああ、はいはい。あれは雲って言うのよ、入道雲って――」


 違った。

 クレアもエルも、海から接近してくるそれを見た途端、口をあんぐりと開いた。

 聖伐隊が戻ってくる可能性も、避難から帰ってきた住民が戻ってくる可能性もすっかり忘れて、その正体――何と呼ばれているかを知る二人は、思わず叫んだ。


「な、な、何ですかあれはあぁ――っ!?」


「な、な、なんじゃありゃあぁ――っ!?」

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