第122話 拉致


 アサルトライフルでは物足りない。ハーミスはポーチの中に突撃銃を仕舞いながら、次いで中身をごそごそと漁り、フォーバーを睨みつける。

 彼は自分のスキル自慢をしたまま動かない。恐らく二つの行動が同時にできないタイプなのだろうが、暴力行為の準備をしたいハーミスからすれば、好都合だ。


「安心したぜ、フォーバー。つまり、思う存分破壊し尽くしてやれるってわけだ」


「こわされるの、おまえ! おで、しなない!」


「死なないわけねえだろ。俺の見立てじゃ、頭を吹き飛ばされりゃあ死ぬんだろ?」


 ハーミスがさらりと告げると、フォーバーは明らかに困惑した。


「う!? な、なんでわかった!?」


「見りゃ分かる。さっき蜂の巣にしてやった時、顔の再生速度が遅かった。だけど手足は一瞬で再生したからな。頭がある部位から離れた肉が溶けたのを見て、お前の再生の起点は、頭だってのも分かったぜ」


 彼の言う通り、フォーバーの再生速度には、明らかなムラがあった。

 眼球や耳、口が再生するのは遅かった。しかし、手足が再生するのは、口などのパーツの何倍も速かった。そこからハーミスは、頭、或いは脳に近い部位の再生には多量のエネルギーを使うのではないかと推測したが、まさかここまで当たっていたとは。

 スキルの弱点を言い当てられたのが悔しかったのか、フォーバーは腹の肉をこれでもかと揺らし、頭から湯気を出し、大槌を振り回して喚いた。


「だ、だからなんだ! ハンマーでおまえのあたま、つぶす! それだけ!」


 だが、もう手遅れだ。彼はハーミスに、十分過ぎる時間を与えた。


「頭の中、空っぽだな。でっけえハンマー持ってる奴にわざわざ寄ってやると思うか?」


 ハーミスは既に、準備を終えていた。

 脚を置き、その上に筒状の、六つの銃口が開かれた銃器を搭載した。彼の体より少し小さい程度の銃器のグリップを握り締め、背部に弾倉を取りつけ、引き金に指を置いた。

 槌を握ったままぼんやりとこちらを見つめるフォーバーは、知らない。


「――『大口径銃座式魔導機関砲』、この威力はさっきの比じゃねえぞ」


「な、なんだ、それ?」


「教えてやるよ――お前の体でなッ!」


 これが、引き金を引いた瞬間に彼の体を爆散させるのに十分な威力を持つ火器――『大口径銃座式魔導機関砲』、即ちガトリング砲であると。

 回転する銃器から凄まじい速度と勢いで放たれる魔導弾は、威力も弾幕の濃さも、アサルトライフルの比ではない。たちまちフォーバーの肉がこそげ落ち、吹き飛んだ。

 物凄い銃声の連なりと共に、彼の体に無数の穴が開き、破壊されてゆく。


「う、うう、うばばばばばああばああばばばば!?」


「どうしたどうした、お得意の『再生』リバースはどこ行ったんだ、あァ!? さっさと再生しやがれ、再生した傍からぶち抜いてやるからよ!」


 クレアといい、ハーミスといい、このガトリング砲を使った者は凶暴になる性質でもあるのだろうか。それくらい、ハーミスの顔は残虐そのものだった。

 肉が千切れ飛び、顔の半分が爆散し、腸がまろび出る傍から消失していく様を、彼は心の底から愉しんでいた。こんな恐ろしいことをするのは、復讐する相手と何も変わらない等と説教をされようとも、彼は止める気はなかった。


「がばばばばばっばああああああ!?」


 フォーバーのこんなに苦しそうな、痛そうな顔を見れば、やめる気なんてなくなる。

 痛覚がしっかり機能していると知れたのは、彼にとってとても嬉しい誤算だった。人間の姿を失いつつも苦しむ彼の姿は、最高に彼を喜ばせた。

 だが、そう時間をかけてもいられない。ガトリング砲がカラカラと音が鳴るだけとなり、弾を撃ち切ったと判断した彼は、引金から指を離した。


「――ぶご、ひゅご……」


 フォーバーは頭と、首から少し下だけしか残っていなかった。再生は早くも始まっているようだったが、明らかに速度は遅く、手足まで完全に復活するのには届かない。

 血に塗れた船着き場の、池のように溜まった血を踏みながら、ガトリング砲を仕舞った彼はフォーバーに近づいていく。首を刎ねるべく、半透明の剣を取り出して。


「身動きが取れない気分はどうだ? わざわざ頭を切り離さねえように撃ってやった理由が分からねえほど、間抜けじゃねえよな。再生させてやる為だ」


 首だけで藻掻き、苦痛に顔を歪める豚の隣に、処刑人が立つ。遠くから聞こえていた戦いの音もすっかりなくなったのか、辺りは妙に静かだ。


「けど、ここで首を刎ねてやりゃあ、終わりだな」


 ハーミスが剣を掲げ、首を斬り落とそうとして。


「お前一人に時間をかけてやる余裕はねえんだ。それじゃあな――」


 剣を振り下ろすよりも先に。


「――えっ?」


 ふわりと、ハーミスの体が宙に浮いた。

 彼は一瞬、自分の魂が体から解き放たれたかのように錯覚した。だが、そうではないと気づいたのは、肩に食い込む細い痛みと、耳の上から聞こえてきた、甲高い声のせいだ。

 まさか。そう思った彼は顔を上げ、予想通りの現実を目の当たりにした。


「キャハハ、アハハハハハ――っ!」


 なんと、ハーミスはセイレーンの鉤爪に、体を掴まれていたのだ。

 視線を移すと、敗走するセイレーン達がすぐ近くを飛び回っている。彼女達は人間を襲うと言っていたが、ここまで来て、偶然ハーミスを見つけ、獲物と判断したのだ。

 剣で斬り落としてやろうとしたが、こちらもまた、もう遅い。


「え、ちょ、おいおいおいどうなってんだああああ――……」


 慌ててしまったが故に、剣を海に落としてしまったハーミスは、セイレーン達に遠い海の向こうへと連れ去られてしまった。それと入れ替わるように、隊舎からシャロンが、大きくなった腹を撫でながら外に出てきた。


「ふう、やっぱりセイレーンは歌わせながら脳みそをほじくって食うのが一番じゃん。どうだ、フォーバー? ハーミスはぶち殺してやったじゃん……」


 彼女としては、兄が既にハーミスを殺しているはずだと予想していた。

 現実は違う。再生できていない、血の海に沈むフォーバーに、彼女は冷たく聞いた。


「……何してんじゃん?」


「う、シャロン。おで、あたまだけに、なった。『再生』するの、まってて」


 フォーバーとしては、こんな経験はなかった。今まで一度だってシャロンの命令を実行できないことはなかったし、負けたのも初めてだ。

 だから、気づかなかった。兄を見るシャロンの、どこまでも冷めた目に。


「……お前を何で生かしておいてやったか、分かるじゃん? 今まで命令はちゃんと遂行してきたからじゃん。でも、言いつけも碌に守れないようじゃ、価値ないじゃん」


 価値がない。鈍間な彼でも、妹の言葉の意味は分かる。

 彼女が大きく、大きく口を開く意味も分かる。ギザギザの歯を見せつけ、覆い被さるシャロンを見て、フォーバーは絞り出すように声を上げる。


「…………ま、まっで、シャロン、まざが……!」


 これが仮に絶叫だったとしても、結果は変わらない。


「お前みたいな愚図は――うちが『喰って』やった方が、使い道があるじゃん」


 シャロンの餌となり、惨たらしく食われる、フォーバーの最期は。

 骨を砕き、肉を啜る音だけが、辺りに響いた。

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