第121話 再生
シャロンは、触手のようにうねった黒のロングヘアーは全く手入れがされておらず、浮浪児のようだった。眉は薄く、濃い茶色の目は人よりも二回りほど大きい。裂けた口は耳元まで達しており、人間の倍近く長い舌も含め、人間離れした外見と言える。
背はハーミスと同じくらいに見えるが、猫背なので本来はもっと高く、のっぽである印象を受ける。臍を出した改造隊服を着用している点を除けば、隊服は普通に着こなしている。爪が非常に長いのも、相変わらずだ。
一方でフォーバーは、身長はハーミスより頭三つ分ほども大きく、豚か猪のようにでっぷりと肥えている。坊主頭で眉毛は剃られており、目は細く、開いているか分からないほど。港町に来てからか、肌は日に焼けている。
あの時と違う点として、隊服は再生する七分丈に切り取ったズボンだけを着用し、上半身は裸だ。おまけに、背中に巨大な槌、鉄製のハンマーを背負っている。
そんな、とても兄妹とは思えない見た目をした二人は、僅かな間だけ、きょとんとしていた。しかし、ハーミスの銀髪を見て、ようやく彼を思い出したようだった。
「……お前、もしかして、ハーミスじゃん?」
彼は無言を貫いた。それこそが、返答にもなった。
化物のように裂けた口を乱雑に動かすシャロンの喋り方は、ジュエイル村にいた時と同じで、それこそセイレーンの鳴き声のようで、とても特徴的だった。
「それじゃあ、ローラの言ってたことはマジだったってわけじゃん? ハーミスが生き返って、片っ端から『選ばれし者達』を殺してるって。けど、まさかよりによってこっちに来るのは予想外だったじゃん」
「お前らの臭いがしたんで、つい寄ってきたんだよ。反吐みてえな、ゴミの臭いがな」
「復讐ってわけじゃん? たかだか飼ってた動物だの野に放した魔物だのを食ってやっただけで、そこまでされる謂れはないじゃん」
殺した方の記憶は、薄れてゆく。戯れ程度なら、猶更だ。
ハーミスは違う。魔物も、ペットも、そして自分自身をも殺された。だとすれば、忘れられる道理などない。殺された方は、ずっと覚えているのだ。
「……殺された方はな、忘れねえんだよ。痛みも、苦しみもな」
「無能のハーミスが、復讐なんてできるわけないじゃん?」
シャロンは彼を嘲笑い、フォーバーもにやにやと見下す。慣れた反応だ。
「ユーゴーも、バントも、ティアンナも――リオノーレもそう言ってたよ。だから俺はきっちり、あいつらをブチ殺してきたんだ。次はお前らだよ」
ハーミスがそう言って拳銃を向けると、二人から笑いが消えた。とことん馬鹿にしてきたハーミスにそんな口を利かれたのに苛立ったのか、それとも。
ただ、明らかに反応がこれまでと違ったのは、シャロンだった。彼女はハーミスに苛立っていたのは確かだったが、次第にその目は無関心へと変わっていた。彼女の興味は、たった今死んだ隊員が引きずっていた、セイレーンの遺骸だった。
シャロンはその足を掴むと、海藻のような頭を掻きながら、フォーバーに言った。
「まあ、うちは興味ないじゃん。今はこっちのセイレーンを『喰ってやる』方が大事じゃん……フォーバー、てきとうに始末しとくじゃん」
「う、わかった」
彼女はそう言って、隊舎の方へとずるずると歩いて行く。
「こっちはそうはいかねえんだよ、シャロン!」
そんな行いを許すほど、ハーミスの復讐は甘くない。
彼は拳銃を腰のベルトに挟み、アサルトライフル――魔導弾を放つ突撃銃をポーチから取り出して叫んだが、彼と彼女の間に、のそり、とフォーバーが立ちはだかった。
背負った巨大な鉄製の槌を両手で持ち、彼はハーミスを睨む。
「……先に死にてえって意思表示っつうことで、いいんだな、フォーバー?」
目を開かないまま、フォーバーはくぐもった、なのに大きな声で吼えた。
「しぬの、おまえ。おで、
そしてそれが、戦いの引き金となった。殆ど思考を捨て去って、ハーミスは突撃銃の安全装置を外し、銃口をフォーバーに向けた。そして、躊躇うことなく引き金を引いた。
銃口が火を吹き、魔導弾がフォーバーに吸い込まれていく。
体から凄まじい勢いで血が噴出し、肉がはじけ飛ぶ。大槌を持った腕がぶちり、と音を立てて地に落ち、足が千切れて倒れ込む。眼球が破壊され、耳や鼻といった顔の部位が爆散したのを見て、ようやくハーミスは引金から指を離した。
「…………?」
死んだと思ったからではない。明らかに、異常な雰囲気を感じたからだ。
「……いったぞ、おで、しなないって」
顔が半分ほど吹き飛んだフォーバーの口が動いた。
いや、変化は口だけではない。地面に落ちた肉が、ドロドロに溶けてゆく。それに伴い、欠損した部位から肉と骨が湧き出てきて、元の形に戻ってゆく。眼球や耳すら、破れたズボンの一部以外は、完全に戻ってしまう。
そうして、地面に落ちた大槌を拾ったフォーバーは、全く元の姿だった。
これが、彼の『再生』。職業の天啓は騎士。防御とスキルが完全に噛み合った姿。
「なんどでも『再生』する! おで、おまえをころすまで、しなない!」
そう聞いたハーミスは決意した。死ぬまで、殺してやろうと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます