第111話 激戦⑧
「……は?」
思わず、リオノーレは聞き返した。
復讐されるなど、この男は何を言っているのだろうか。自分達は復讐する立場であり、正当性のある存在だ。だからこそ、魔物と亜人の廃滅が許されているのだ。
なのにハーミスは、死人のような瞳をぎょろりと向けて、怨嗟のように呟く。
「同情はしてやるよ。可哀そうだとも思う。けどな、それとこれとは別だぜ」
「何を言ってんのよ、何を!」
いや、怨嗟のよう、ではない。背負った怨嗟、憤怒そのものを込めた声だ。
「――村長と村の皆の首を刎ねたこと。ルビーの母親を殺したこと。エルフの姫を奴隷にして、子供達を売り飛ばそうとしたこと。魔女達を薬漬けにした挙句洗脳して、自爆させたこと。獣人達を騙し、殺し合うように仕組んだこともだ」
ハーミスは何度も見てきた。悲しみの別れと、絶望の諦めを。失意に埋もれて死を選んだ者を、知らぬ間に終焉の運命を辿らされようとする街と人々を。
「なあ、許されるのか、こんな悪魔みてえな所業が? ここまでやって、滅茶苦茶になるまで暴虐を尽くして、報復を受けねえと思ってるのか?」
「はっきり言いなさい、何を私に伝えたいのか!」
ここまで言ってもまだ、自分達の罪を理解しないリオノーレに、彼は静かに告げた。
「自分達は可哀そうだから特別だとでも思ってんのかって、そう聞いてるんだよ」
彼女の目が、見開いた。
今まで自分達は、復讐者だった。相手は復讐をされる側であり、ならば抵抗など許されない。弱者は諦めて首を垂れるのみで、その為の力を惜しみなく使ってきた。
だが、自分の眼前にいるのは、死して蘇った復讐者。彼もまた、リオノーレが殺してきた者達の痛みと悲しみを背負い、復讐に来た。そんな状況など、考えたことがない。考える必要もないくらい、自分達が正しいと思い込んできたのだ。
だからこそ、リオノーレは詰まった言葉を吐き捨てるように言った。
「……関係ないでしょ! 魔物の被害なんて、知ったことじゃないわよ!」
これこそが、本音。自分は被害者だから仕方ない、が本音ならば。
「じゃあ、俺も知ったことじゃねえよ。お前の過去も、聖伐隊の目的とやらも知ったこっちゃねえ。俺の復讐に、お前らの事情なんて加味しねえ」
これまでに覚えたことがないくらいの怒りが、腹の奥から体中に巡るのをハーミスは感じ取った。体が震えるほどの憎悪は、無意識に
「――好き勝手に殺し続けたんだ、殺される覚悟がねえとは言わせねえぞ!」
「じゃ、じゃああんたはどうなのよ! 『選ばれし者』を殺して、報復を受けるわよ!」
リオノーレの叫び声に、ハーミスは注文ボタンを押しながらの怒声で返した。
「当たり前だ! それくらいの覚悟もしねえで、何が復讐だってんだ!」
それと同時に、キャリアーが虚空空間からやって来た。
「お待たせしました、『ラーク・ティーン四次元通販サービス』でございます」
バイクの後ろには、白銀の鎧。いや、鎧というよりは、体に装着する装甲のような――カタログに記載されていた『ロボット』のようなそれは地面に設置され、キャリアーは去ってゆく。リオノーレはというと、さして驚きはしなかった。
「……それが、あんたのスキル……!」
「呑み込みが早くて助かるぜ。一々説明するの、面倒だからな」
直立不動の姿勢を取る装甲だったが、ハーミスが左手を翳すと、その後ろから包み込むように鎧が開き、彼の腕を包んだ。
同じように右腕、両足、胴体を包んでゆく。剣も拳銃も投げ捨てた彼が、最後に頭を覆われた時、瞳の部位が青く光った。同時に、まるで全身に行き渡った魔力が溢れ出すかのように、鎧の節々から蒸気の如く魔力が解き放たれる。
白銀の装甲。漆黒の指と関節。青い瞳。ハーミスの体現と化したそれは、言った。
「『対超大型機動兵器装着外骨格二十二式改』、レンタルで五十万ウル。これを使った以上は、もう容赦しねえぞ。殺された俺の復讐、きっちり果たしてやる」
人外となった復讐者を目の当たりにして、リオノーレは思わず、一歩退いた。
しかし、同じくらい、自分にとってそんな行いはあってはならないのだとも思った。
自分は勇者リオノーレ。聖伐隊の幹部にして『選ばれし者』、正しき復讐者。だとすれば、ハーミスのような死人に決して劣ってはならないのだ。劣るはずがない、自分は正しいことをしているのだから。
そう自らを鼓舞しながら、彼女は空気を斬り裂くように、剣を構えて突進した。
「邪魔なのよ、あんたみたいな奴は! 死人は死人らしく、墓に帰ってなさいッ!」
大振りではあるが、これまでよりもずっと速い襲撃。先程までの攻撃ですらどうにか目で追うのがやっとだったハーミスには、到底追えない一撃。
鎧ごと体を斬り裂いて、復讐を果たす。ただその為だけの、渾身の一撃。
「…………えっ?」
――そんなものが、真に強い力の前に、何の意味を持つだろうか。
リオノーレが渾身の力を込めて振り下ろした剣は、鎧にぶつかり、へし折れた。森喰らいのドラゴンの牙から作り出された、何百匹もの魔物と何百人もの亜人を殺した剣は、今ここで容易く折れた。
あまりにも信じられない、唐突な事態に口を開くリオノーレを、ハーミスが睨んだ。
「言ったろ、もう容赦しねえって。レンタル時間も短けえんだから、なァッ!」
当然、睨むだけでは終わらない。
硬直した彼女の顔面に、白銀の拳が突き刺さった。騎士としての高い防御力ステータスを持つはずのリオノーレだが、顔がたちまち歪み、衝撃で空間が歪み、吹き飛んだ。
「う、ぐぎいいぃぃぃぃッ!?」
殴り飛ばされた彼女は背後の木に激突するが、それをへし折って尚も圧される。地面に跡を作り、何度も転がり、血と泥だらけになって止まった彼女は、顔の大きな痣を擦りながら、凄まじい形相でハーミスを睨んだ。
怒りも込められていたが、その半分以上は驚愕でもあった。ゆっくりと歩いてくる白い装甲を纏ったハーミスが――仮に剣士であったとしても、自分を超越するステータスを持っているはずがないからだ。
(あ、有り得ない! 勇者の私が、魔物とも渡り合える身体能力を持つ私が!?)
たちまち息が荒くなるリオノーレとは対照的に、ハーミスは無言で、一歩一歩、地面を踏みしめながら歩いてくる。
「この、このおおおッ!
死を齎すしろがねの死神を前に、総毛立つ彼女は叫び、両手で炎を放った。
直撃すれば、大型の魔物ですら一撃で死に至らしめる魔法だ。剣士程度のステータスしかない人間が耐えられる道理はなく、鎧諸共蒸し焼きになる。
放物線を描く無数の炎は、ハーミスを埋め尽くした。爆発し、木々を燃やし、地形を変えかねないほどの炎の連撃。これで耐えられるなど、とても。
とても、有り得た。果たしてハーミスは、白銀の鎧は無傷だった。
「……嘘……私のステータスを、上回っているはずがないのに……!」
魔力を用いた防壁すら発動していない鎧を纏ったハーミスは、指を軽く鳴らしながら、今まで言えなかった、しかし言いたかった言葉を紡いだ。
「――終わらせるぞ、リオノーレ」
自分を殺した者への、死刑宣告を。
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