第110話 激戦⑦
「――もうどれくらい前かしらね、私達がゴブリンに襲われたのは」
リオノーレの視界の裏に浮かぶのは、懐かしいジュエイル村の風景。
長閑な草木に囲まれた景色。何度も遊んだ森。
その全てが憎々しく映るようになったのは、森の中で偶然ゴブリンに出会った時だ。スキルもなく、非力な姉妹が、数匹とはいえゴブリンから逃げようなど無理な話だった。
「山菜探しで村の外に出て行った時よ、抵抗できない子供の私達を見つけたあいつらは徹底的に暴力を振るって、好きなように嬲って、笑いながら去っていったの」
抵抗すれば殴られた。服を破られ、文字通り好きなようにされた。散々、無限にも感じる時間の凌辱の果てに、ゴブリン達はげらげらと笑いながら森の中に消えていった。
姉妹で慰め合い、誰にも見られないように家に戻った。自分を助けてくれる両親、いつも優しい両親に頼み、ゴブリンを見つけ、報いを受けさせて欲しいと。
「いつの話だよ、俺は聞いたことねえぞ」
「当然よ、生きて帰ってきた私達に受けた辱めを、両親は隠したもの」
果たして姉妹に返ってきたのは、体裁を守ろうとした両親の言葉だった。
「忘れやしないわ、ジュエイル村で魔物の子を孕んだかもなんて言えないから黙っていよう、怪我は崖から落ちたことにしようって。サンはそこで自殺しようとしたのよ」
ハーミスが言う通り、誰も二人の事実には気づかなかった。もしも下劣な魔物の子を産むことになればと思うと、サンは何度も自死を試みた。
その度に、リオノーレが勇気づけた。生きていればきっと、きっとどうにかなると言い、天啓を受けられる日まで生きてきた。二人の願いが通じたのか、幸い孕みこそしなかったが、安堵する両親が許せなかった。
「今考えても、頭のおかしい理屈よね? でも、私達は両親に逆らえなかった。運良く魔物の子は出来ていなかったし、両親はよかった、よかったなんて言ってたけど、私は忘れなかった。魔物への憎しみも、魔物より醜い両親への怒りを」
魔物の破滅を。魔物や亜人を守る人の殺戮を。
姉妹がそれだけを想うようになるまでには、そう長い期間はかからなかった。感情が膨れ上がるも、実行するだけの力がない日々に苛立っていた時、転機は訪れた。
「そんな時よ、天啓を受けたローラが声をかけてくれたのは。魔物を滅ぼそうって、いるべきではない命を根絶やしにして、復讐を果たそうって言ってくれたの」
聖女、ローラの存在。そして、自分達の天啓の存在だ。
『選ばれし者達』の力こそが世界を変える。伝承通りであれば、これは間違いなく思し召しなのだ。魔物と亜人を一匹残らず塵滅し、人間の素晴らしい世界を作る。
勿論、魔物を助けるような人間、ハーミスのような無能に居場所のない世界だ。
仲間達を説得し、計画を立てるのは早かった。各々の考えはあったが、自分達が世界を変えられると知った『選ばれし者達』の共通意識は一つだった。世界に作られたルールを壊し、創造するのだと。
「あとはもう知っているでしょう? 魔物を守ったあんたを殺し、ジュエイル村を滅ぼし、『聖伐隊』として魔物と亜人、それに与する人間も滅ぼそうとしてる。ああ、両親なら村を出る前にぶち殺したわ。命乞いする様を見れたのは、胸がすく気持ちだったわね」
そして、姉妹には忘れてはいけない物事も一つ。両親への応報だ。思いつく限り最も惨い手段で殺してやった時の、二人の顔を思い出し、リオノーレは嗤う。
「分かる? これは復讐なの。正義に則った、当然の権利なのよ」
「…………」
「ハーミス、あんたのやってることは全て間違いなのよ。自分が殺されたくらいで、聖女の正しい行いを邪魔するなんて、世に認められない愚行なのよ――」
リオノーレにとって、これはまさしく正論、反論の余地もない正しさだった。
彼が反省し、詫びてくるとさえ予想していた。
「――はは、ぎゃはははははははッ!」
だから、彼が急に、狂ったように笑い出すなどとは、まるで予想していなかった。
人をとことん馬鹿にしたような、ジョークを聞いた後のような爆笑。リオノーレの顔がたちまち憤怒に染まってゆき、血管が切れるくらいの表情で怒鳴り散らす。
「……何がおかしいのよ、何を笑ってんのよ!」
「はは、は……いや、ようやく理解できたんだよ」
「何を理解したっていうの!?」
散々笑い、目に浮かんだ涙を指で拭い、ハーミスは言った。
「てめえらのことだよ。俺はてめえらをずっと、『選ばれし者達』と聖女なんてもんに踊らされた狂人だと思ってたんだ。けど、違うんだよな、そりゃそうだ」
彼はこれまで、およそ聖伐隊の動機など知らなかった。知ったとしても、ティアンナのような異常者までいたのだから、皆が皆、狂っているのだとも思っていた。
しかし、違ったのだ。『選ばれし者達』は、誰もが同じ人間だ。
「お前らはただの人間だよ。バカみてえに我が強い、糞野郎のなれ集まりだ」
だからこそ、怒り狂ったリオノーレにも、面と向かって言える。
「訂正しろ! 聖伐隊は偉大な使命を持った……」
彼女達は好き放題できる特別な存在ではない。ましてや神でも、悪魔でもない。
「だったら聞くが――復讐される覚悟はできてるんだよな?」
報復を受けることも知らない、ただの人間だ。
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