第109話 激戦⑥


 リヴィオがニコの元に戻ってくる、少し前。


「おおおおおぉぉッ!」


「はあぁ――ッ!」


 獣人街から少し離れた森の中で、ハーミスとリオノーレは、死闘を繰り広げていた。

 輝く一対の剣を振るリオノーレと、一振りの剣と剣士が持つ『見切り』パススルーのスキルをフル稼働して攻撃を回避するハーミス。彼はこの敵が、これまでで一番強いと察していた。

 『見切り』を一瞬でも解けば、リオノーレの剣が喉を突き刺す。こちらが隙をついても、青い魔法防御壁を発現させ、攻撃を防ぐ。そしてハーミスの攻撃をいなすと、もう一度連撃を叩き込む。息つく暇もない攻防に伴う斬撃は、周囲の環境すら破壊する。

 木々がへし折れ、地面が砕け、剣がぶつかり合う衝撃波で頬が裂ける。ボロボロになったコートを翻し、ハーミスは敵の剣を弾き、距離を置いて聞いた。


「……いいのかよ、さっきの通信、放っておいて?」


 今しがた、彼女は仲間からの通信を暴言と共に切断したところだ。


「あいつらが負けようが、私があんたを殺せば勝ちも同然よ。一対一の戦いができる場所に呼び込んだのも、あんたを殺して、連中の希望を削ぎ落す為よ」


「そりゃあ、叶わねえ願望だッ!」


 間を置いて呼吸を整えなおしたハーミスは、再び斬りかかった。

 敵の雑兵と違い、リオノーレは紙一重で回避する。それはハーミスの攻撃が精度に優れているからではなく、大振りに避ける必要がないからだ。


(間違いない、こいつ、俺と同じスキルを持ってやがる!)


 ハーミスは直感していた。自分と同じ避け方をする彼女は、『見切り』のスキルを持っている。それを証明するかのように、その場で回転した彼女が反撃に転じた。

 互いが『見切り』スキルの応酬をする中、双方の剣が激突し、顔を寄せる。互いに凄まじい怒りと憎しみが、食いしばる歯が敵意を示している。


「職業は剣士ってとこかしら? 『見切り』を使えるみたいだけど、何の天啓も与えられなかった無能が、どうやってそんなスキルを手に入れたわけ?」


「こっちはこっちで、色々と手段があるんだよ」


「ま、いいわ。剣士だとして、私に勝てる道理はないわよ。私の天啓を覚えてる?私は『勇者』――剣士、魔法師、騎士の三つの利点を併せ持つ、神に選ばれた存在なの」


 三つの職業の利点を合わせた存在。レア中のレア、正しく『選ばれし者』。

 だとしても、ハーミスが諦める理由にも、慄く理由にもならない。


「見事に人選ミスをやらかしたもんだな、神様も」


「減らず口をッ!」


 リオノーレがハーミスを弾き、押しのけると、右手の剣を宙に投げ飛ばした。そして、開いた掌から電撃を迸らせ、ハーミス目掛けて解き放った。

 流石にこれはまずい、とばかりに彼は距離を取るが、電撃はまるで蛇のように追いかけてくる。地面を抉り取り、コートの裾を焼き切る電撃にばかり集中していると、今度は瞬時に距離を詰めた勇者が既に両手に剣を持って、斬り伏せにかかる。

 薙ぎ払うようにハーミスは剣を振るったが、リオノーレの眼前に青い防御壁が発生する。既に発生させていた魔法の効力によって、彼は否応なく追いつめられる。


(言うだけはある、剣士の『見切り』と騎士の『防壁』ディフェンス、魔法師の『魔法』マジック! 全部がまんべんなく使えるってんなら、そりゃあ強いわけだ!)


 勇者の脅威を感じて冷や汗をかくハーミスに、リオノーレは攻勢に出続ける。


「兵士の剣と一緒と思わない方が良いわよ! この剣は森喰らいのドラゴンの牙から削り出した剣、鋼ですら斬り裂くわ!」


「そうかい、じゃあこっちは飛び道具だ!」


 言うが早いか、ハーミスはさっと距離を取り、ポーチから魔導拳銃を取り出す。


「そのよく分からない武器を、また!」


 リオノーレが防御壁を解除したタイミングを逃さず、彼が引き金を引くと、紫色の魔導弾が連続で放たれる。うち三発は剣に弾かれたが、残り三発は鎧に直撃した。貫通こそしなかったものの、凹みを目の当たりにした彼は、有用性を感じて嗤う。

 一方でリオノーレは、リロードする彼を睨み、謎の武器に言及する。


「鎧の方は、安物みてえだな。それとも魔法がしょぼいってか?」


「ハーミスの癖に、生意気なのよ!」


 リロードした傍から再び銃撃を重ねるが、今度は青い防壁に阻まれる。


「俺はハーミスじゃねえよ、ハーミス・タナー・プライムだ! あの時の俺はお前達が殺しただろ、忘れたとは言わせねえぞ!」


 歯が削れるほど食いしばる彼女は防壁を消し去り、つい怒鳴った。


「あんたが魔物なんて庇うからよ! 私達を傷つけた魔物を!」


 ローラ以外、誰にも言ったことのない秘密を。忌まわしい記憶を。


「――『傷つけた』?」


 剣と銃を構えるハーミスですら、手を止めた。武器を下し、共に暮らした自分ですら知らない秘密を、聞いた。どうしても聞きたかった。


「……そうよ、傷つけたわ。私とサンは、幼い頃に魔物に襲われたのよ」


 リオノーレは答えた。今でも夢に見る、悍ましい光景を。

 自分と妹を嬲り、帰ってゆく忌むべき敵の光景を。

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