第107話 激戦④


「皆殺しじゃ、皆殺しじゃあ! 一人たりともこの平原から逃すなァ!」


 リヴィオの雄叫びが戦場に響き、伝播し、他の獣人達も吼えた。

 人間では決してあり得ない挙動。仲間を守る意志を怒りに変えておきながら、叫び怒鳴り散らすよりもずっと崇高な、暴虐の意志。

 聖伐隊はただ、恐れおののくしかない。人間にはない習性が、恐れを助長させる。


「ど、ど、どうなってるんだ、あいつらは! さっきまでの気迫じゃない、異常だぞ!」


「ひ、怯むな! 聖女様の加護が我々にはびッ」


 そしてそれが――蛮勇に満ちた兵士の首が刎ねられたのが、圧倒の合図となった。


「行け、あいつらの死体を踏み倒していけ!」


「ボスに手を出した連中を後悔させてやれェ!」


 さっきまでは多少有利、拮抗しているはずの戦況だったはずが、狂気の如き咆哮を轟かせながら突進してくる獣人を前に、聖伐隊は本能的な恐怖を抱きつつあった。

 剣を刺しても、致命傷でなければ引き抜いて攻撃を仕掛けてくる。盾で防御しても、剣と腕力で無理矢理腕をもぎ取ってくる。こんな相手を前に、いくら聖伐隊として訓練を受けたとはいえ、勝ち目は明らかに薄い。


「おかしいぞ、こいつら……これが、獣人なのか!?」


「リオノーレ様はどこに行ったのですか、隊長! 『選ばれし者』がいなければ、このままでは押され切ってしまああぁッ!?」


 こんな時の『選ばれし者』のはずなのに、肝心のリオノーレがどこにもいない。

 いざというタイミングで居ないのならば、あんな子供に付き従う理由がない。仲間達がたちまち斬り殺されていく中、殴り殺されていく中、髭を生やした隊長は通信機でリオノーレに連絡を取る。


「ぐ、この……リオノーレ様、リオノーレ様!」


 幸い、リオノーレには直ぐに連絡が取れた。向こうも誰かと戦っているらしく、相当苛立った声と剣がぶつかり合う音が聞こえてきた。


『何!? 私は忙しいのよ!』


「獣人共に圧されています、このままでは全滅です! 転移魔法でどこに行ったのかは分かりませんが、一度こちらにお戻りください!」


 戻ってきてほしい。

 そんな隊長の、というより仲間達の願いは、あっさりと。


『はあぁ!? 私は逆賊を討つ使命があるのよ、獣人ぐらい貴方達で何とかしなさい! それすらできない無能なら不要よ、そこで死ね!』


 断ち切られた。

 半ば逆上したようなリオノーレの言葉と共に、通信は完全に断ち切られた。音の一つも鳴らなくなった通信機を耳から剥がし、彼は呆然と空を仰ぐ。


「……そんなぶッ」


 そして、彼が顔面を剣で貫かれ、脳漿を撒き散らした時、聖伐隊の未来は決まった。


「に、逃げろ、逃げろおお!」


 誰もが逃げ出した。使命も加護も、何もかも関係ないと言わんばかりに逃げ出した。男も女も関係なく逃げ出したが、獣人からすれば男も女も関係ない。

 唯の聖伐隊であれば、決まっている。はいそうですかと、逃がすはずがないのだ。


「一人として逃がすな! 投降も許すな、ギャングの流儀を見せてやれ!」


「獣人を舐めるんじゃねえぞ! これは仲間の分だ、くらいやがれ!」


 背を向けた敵の肉を抉り、背骨を引きずり出す者がいた。既に斃れた兵士の顔面を何十発も殴り続ける者もいた。狂気に見えるが、これがギャングの流儀なのだ。

 そんなギャングを統べるリヴィオは、目の前の兵士を二人同時にカタナで斬り倒した。


「オラァッ! ふう、はあ、どうじゃ、どうじゃああ!」


 敵の血に塗れ、上着すら脱いださらし一枚の彼女に、ティターンの子分が駆け寄ってきた。彼も息が上がって、肩から血を流していたが、それでもここに来て、言った。


「頭、ここは俺達に任せて、街に戻ってください! ニコの傍に行ってください!」


「お前ら!? じゃが、わしが戦場を離れるわけには……」


 クレアとの約束を破るようで、リヴィオはどうしても気が引けた。だが、子分達――というより、オリンポスの一員も、街の男達も、誰もが頷き、同意していた。


「この状況なら、もう相手がひっくり返すことはないでしょう! うちのボスに声をかけてやってください、あんな奴らにやられるなと、お願いします!」


 しかと見つめられ、リヴィオは僅かに迷い、カタナを仕舞い、それを振り切った。


「……おう、行ってくる!」


 さっと駆け出したリヴィオを遠目に眺めながら、二組のギャングの子分は呟く。


「……まさかオリンポスの奴らと、意見が合うとはな」


「俺も意外だったよ、ティターンと背中合わせで戦うと思っちゃいなかったさ」


「おいおい、ギャングだけじゃないだろ、ここで戦ってんのは! さっき、二十歳になる俺の息子が敵の隊長を討ち取ったんだ! もたもたしてると戦果を奪われちまうぞ!」


 そこに割って入った男の言葉で、二人は顔を見合わせ、役割を思い出した。


「それもそうだな、頭に叱られねえように、一人残らずぶっ殺さねえとな!」


「お前達、行くぞ! 二度と獣人街に近寄らないくらい、恐怖を植え付けてやれ!」


 彼らが追い回す聖伐隊の数は、戦いが始まる前の一割以下に減っていた。

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