ビースト(後篇)
第96話 謝罪
太陽がすっかり昇った、獣人街の昼間。
街はいつもと全く違った様相を見せていた。街中の獣人がわらわらと外に出てきて、大広場に集まっていたのだ。広場に入りきらない人々は、そこに続く道にまで溢れている。
老若男女問わず、山ほどの住民達が家の外に出ているなど、街で年に一回行われる祭りの日ですらそうそうない。原因は、ざわざわと話し合う彼らの会話の中にある。
「何だろうな、話があるからギャング達に集まってくれって頼み込まれたが……」
ギャングやハーミス達が、たっぷり時間をかけて、人々を呼び出したのだ。
「抗争はハーミスとやらが止めてくれたんだろ? 大したもんだぜ」
「とりあえずは安心じゃな。肝が冷えたわい」
とはいえ、抗争が原因とは思えない。呼び出された時に、ギャング達が抗争は事前に止められたと教えてくれたからだ。住民達が落ち着いている理由の一つが、それだ。
「だったら、何も話すことなんかないんじゃないの?」
主婦の井戸端会議のように女性が話していると、大広場から遠くまで、声が響いた。
「――皆、聞いてくれ!」
広場の壇上に立っているのは、縞模様の衣服を着こんだ獣人、ギャング集団ティターンの頭、リヴィオ。その隣に立つのは、スーツを着こんだ灰色の獣人、ニコ。
彼らの後ろには、ギャング達とハーミス一行が並んで立っている。住民達がリヴィオの大語を聞いて静かになったところで、ニコが口を開いた。
「先ずは、集まってくれてありがとう。その上で、僕達から伝えなければならないことがある……知っていると思うが、抗争は未然に防がれた。彼らのおかげだ」
「おお、やっぱり!」「すげえな、あいつら!」
住民達が騒ぐ。喜びの声だ。
「だが……抗争を引き起こそうとしていたのは、暗躍していた聖伐隊だ。そして彼らは、三日後にこの街にやってくる。以前よりも遥かに多い軍隊と、『選ばれし者』を連れて、今度こそ獣人街を滅ぼす為に」
住民達の声がぴたりと止む。畏怖と、悲しみの沈黙だ。
かつて一度は撃退した相手が、『選ばれし者』と軍隊を引き連れてもう一度やって来る。追い返してやると言い切れない辺りが、今のギャングがどれくらい信用されていないか、力を持っていないかの証である。
この反応を、ニコは、予期していた。それでも、こう言う他なかった。
「そこで、僕とこのリヴィオ、オリンポスとティターンはハーミス達と手を組み、街を守る為に聖伐隊と戦う。皆に、その手伝いをして欲しいんだ」
自分達とハーミス一行が組み、街を守る。だから、手伝って欲しいと。
一緒に戦えとまでは、口が裂けても言えなかった。守るべき相手に最前線に立てとは、例え戦力差が十倍、二十倍あろうとも、リヴィオもニコも言えなかった。
だからこそ、何でも良いから手伝いをして欲しいと、ニコは言った。しかし、帰ってきたのは、当然と言えば当然の、住民達からの文句だった。
「戦うって……これまで喧嘩ばかりしてた奴らが、今更手を組むってのかよ!?」
ずっと争ってきた連中への不安。
「ゼウスの時とは違うんだ、お前らが一致団結なんて言っても説得力ないぞ!」
かつての大頭よりも欠けるカリスマと実力。
「内ゲバで崩壊しかけてたのに、どう信じろって言うの!?」
正論に次ぐ正論。
「聖伐隊にやられちまうのがオチだぜ、獣人街をすてて逃げた方がいいんじゃ……」
中には、もう獣人街を捨てる算段を立てる者までいる。
不安と不満の声はあっという間に伝搬し、住民達はこれまでで一番騒めき立った。この調子だと、ギャングは信頼されず、皆は逃げる道を選ぶだろう。聖伐隊が追いかけてきて、破滅するまで、無限の鬼ごっこが続くとも知らずに。
ハーミス達はそれを知っているからこそ、群衆の声に負けないような声で説得した。
「待ちなさいよ、二人がそう言ってるんだし信じてやりなさいよ!」
「敵は逃げても追って来るぜ、ここで戦わねえと――」
しかし、二人よりも大きな――群衆よりも大きな声が、あらゆる罵詈を遮った。
「――皆の言う通りじゃ! わしは、わしらだけでは、聖伐隊は倒せん!」
リヴィオはが言い切ると、三度目の沈黙が訪れた。
「…………」
ニコが立ち竦んでいるのは、現実を前に、子供の一面が浮き出ているからだろう。
「これまでずっと、大頭が亡くなってからずっと、わしは聖伐隊に踊らされておった。ニコと話し合おうともせず、向こうがやった、やっていないで揉め続け、今朝には自らの手で獣人街を終わらせかけた。到底許されることではないとも分かっとる」
だが、リヴィオは違う。ふざけた格好をしていても、大人としての責務がある。
「街に住む皆を不安にさせ続けたわしを、信用してもらえんじゃろう。けど、それでも」
彼女は全てを投げうった。己より、街を、真に愛する者達を優先して。
「頼む、頼む! わしに、獣人街を守る最後のチャンスをくれ!」
壇上で這いつくばり、頭を擦りつけ、彼女は土下座した。
「リヴィオ……!」
ニコは、子分は、ハーミス達は、驚愕で目を見開いた。
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