第95話 戦争


 ハーミスの言葉が、二人の心臓に重くのしかかった。

 彼だけでなく、クレアも、ルビーも、エルも同じ気持ちだった。無意味な戦いを止めた今、意味のある戦い、この獣人街を滅ぼす敵との戦いを前に、諍いを捨ててほしいのだ。


「これまでの関係を、ぶつかり合いをチャラにしてくれとは言わねえ。永劫仲良くしろとも言わねえ。ただ、聖伐隊が三日後に来るのは確実なんだ。街の皆の為に、今だけでも、手を取り合ってくれ」


「リヴィオ、お願い。今こそギャングが、もう一度街を守る時なのよ」


 流れゆく沈黙の中、先に口を開いたのは、リヴィオだった。


「…………わしは、わしはお前が嫌いじゃ、ニコ」


 否定だった。

 簡単に、長く続いてきた闇を、光には戻せない。

 だとしても、為すべきことは決まっている。


「じゃが、街は好きじゃ。街を愛して、街に住んどる皆を愛しとる。そんな街を恐怖させたわしの行いが許されるとは思っとらんし、罰はなんでも受ける」


「リヴィオ……」


「その前に――獣人街を守る為に、ニコ、お前の力を貸せ。お前らも、大頭が託した街を守るぞ」


「「承知です、頭!」」


 子分達の同意の声が、答えだった。クレアが安心したように、リヴィオは自分の感情よりも、真に守るべきものを優先した。つまり、獣人街の平和と平穏だ。

 彼女が縞模様の耳を揺らすのと同じように、ニコも灰色の耳を揺らした。


「奇遇だな、僕も君が嫌いだ、リヴィオ」


 ニコも彼女が嫌いだった。だが、この街を心から愛している。ならば、答えは決まっているのも同然で、仲間達に――オリンポスとティターンに向き直り、言った。


「しかしここも奇遇だ、僕も同じ意見だ。街に騒動を持ち込んだ罪で首を括る前に、聖伐隊を須らく打ち倒す。お前達、それでいいな?」


「「はい、ボス!」」


「死ぬところにまで同意してどうすんだよ、お前らは」


 ハーミスのツッコミはともかく、これで街のギャングは、一つになった。

 歪な形だが、これまでのように顔を合わせれば殺し合いになりかねない関係よりはずっと良い。少なくとも、守るべき存在が共通であるという点だけでもずっとましだ。

 だが、協力は撃退へのスタートラインに過ぎない。


「……話の腰を折るようで申し訳ありませんが、敵は前回の十倍の戦力です。以前がどれくらいかは知りませんが、十倍という数字を看過は出来ないでしょう」


「それに、『選ばれし者』が来るって! ハーミス、どうしよう?」


 エルとルビーが言うように、敵の戦力は凄まじいものだ。

 十倍の戦力と『選ばれし者』。前回の人数や戦力はともかく、十倍の数を率いてくるとなると、向こうも半ばオーバーキルと呼べる数を引き連れてくるのだろう。一度失敗した攻撃だ、今度こそ成功させるべく、万全を期するはず。

 こんな敵を前にすれば、エルフの里であったなら棲み処を手放す選択肢もあった。しかし、ここは獣人街。居住者は多く、日数は少ない。戦うしかないのだが、今度は撤退に追い込めるだけの人員がこちらに用意できるか。

 現実問題を前に黙りこくるギャング達だったが、ハーミスは違う。


「――大丈夫だ。二人とも、金はあるか?」


「は? 金?」


 彼の問いを聞き、リヴィオは目を丸くした。

 こんな時に、金の話を差せるとは思っていなかったからだ。


「ありったけの金だ。あとは街の地図と、地下の通路を塞ぐ人材だ。それさえあれば、俺のスキルで絶対にあいつらを倒せる」


「か、金なら、腐るほどあるが……」


「……君の、スキルとは?」


 ギャング達が驚く中、ハーミスと仲間達だけは、確信を抱いていた。問題点を提示したエルとルビーも、成程と納得し、にやりと笑った。

 そうだ。ハーミスにはこれがある。今まで何度も窮地を脱した、最高のスキル。

 目の前の敵を退け、彼の復讐に大きく貢献した、最強のスキル。


「金さえあればなんでも買える――『通販』オーダーだ」


 たった三日間で、獣人街を難攻不落の要塞にする。

 それすらも、ハーミス・タナー・プライムには容易であった。


 ◇◇◇◇◇◇


 同時刻、とある平原。


「――工作班との連絡が途絶えた?」


 『選ばれし者達』の一人、勇者のリオノーレは白い馬に乗っていた。

 その後ろに続くのは、無数の軍隊。馬車、迫撃砲、その他諸々。一国を落とすと言っても信じられるほどの勢力が、白い闇が、雲の如く平原を呑み込んでゆく。

 ここに至るまでに、魔物を何匹も殺した。亜人の集落があったので襲い、物資を奪い取った。全ては聖女の願いを世に広め、完全なるものとする為。緑色の髪を靡かせ、オッドアイで眼前を見つめるリオノーレは、ただその一心でここまで来た。

 そこに、妙な報告が来たのだ。送り込んだ工作員からの連絡が途絶えたと。


「はい、先程報告内容の確認をするべく連絡を取ろうとしましたが、『魔法連絡器』が繋がりません。獣人共に見つかったのでしょうか?」


 リオノーレには、薄々理解できていた。原因と、誰がそんなことをしたのかも。

 だとしても、進軍を、聖女の未来を阻む理由にはならない。


「構わないわ。予定通り、三日後には獣人街へ攻撃を開始するわよ」


「分かりました。お前達、引き続き前進するぞ!」


 部下の号令で、聖伐隊は再び進みゆく。

 白い盾と剣、弓と鎧を、亜人共の鮮血で染め上げるべく。


(……ハーミス、あんたの仕業ね、きっと)


 勇者は、幼馴染の夢を阻む悪党を己の手で血祭りにあげる為。


(上等よ。ローラの邪魔をする奴は殺す――あんたは特に、念入りに殺してやる!)


 虚空を睨みつける彼女の目が、爛々と怒りに燃えていた。

 聖伐隊と獣人街の激突まで、あと三日。


 後に、人間、亜人双方の歴史に刻み付けられる戦い。

 『獣人街の戦い』まで、あと三日。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る