第97話 動員
驚いたのは、彼らだけではなかった。住民達も、まさかあの勝ち気なリヴィオが頭を下げるなど、夢にも思わなかったのだ。
「あれ、『ドゲザ』って奴か?」「東洋じゃ一番深い詫びだとか……」
街の獣人が噂する通り、彼女の行為は『ドゲザ』と呼ばれる、東の島国では死よりも恥だとされる詫び方だ。一説によると、一国の主が命惜しさにドゲザしたところ、敵の武将が呆れて首すら取らずに見捨てたと言われている。
そんな行いを、彼女はやってのけた。何もかも捨てて、ただ街を守る為に。
「わしのやってきたことを気に喰わんもんもおるじゃろう! 何を今更とも思うじゃろう! その罰は、戦いが終わったならいくらでも受ける!」
惨めだと言われても、笑われても、リヴィオはただ頭を下げ続けるつもりだった。
「追放も、処刑もしてくれて構わん! だから頼む、今だけは……」
「リヴィオ、あんた……」
クレアが息を呑む中でも、子分に見放されても、下げ続けるつもりだった。
「……僕からも、頼む! 皆に助けてほしい!」
しかし、これだけは予想外だった。
唖然と立ち尽くしていたニコも、衣服が汚れるのも構わずに、同じく頭を擦りつけて、ドゲザしたのだ。冷静、冷徹で知られる彼が、音が聞こえるくらい強く頭を叩きつけたのに気づいたリヴィオは、一瞬だけ彼を見た。
「ニコ、お前まで……!?」
彼は、ぼろぼろと泣いていた。
恥と思っているからではなく、ライバルに先を越されたからでもない。頭を下げると言う発想すらなかった、自分の愚かさと情けなさが、死よりも惨めだったからだ。
「僕は今の今まで、頭を下げるなんて選択肢のなかった子供だ! 私情で街を貶めかけた、情けない子供だ! そんな僕がボスとして信用に欠けるというなら、せめてリヴィオには協力してやってくれ!」
自分はオリンポスのボスで、威厳ある存在だと思っていた。
そんなはずはなかった。批判を受け、固まっているだけの自分は、紛れもなくただの子供だ。狼狽するだけの小僧が、手伝えなどと宣言するのは、傲慢だ。
「街を混乱させた僕だ、どんな罰も受ける、甘んじて受ける! お願いだ、皆……!」
二大巨頭が頭を下げる姿を目の当たりにして、ハーミスどころか、誰もが沈黙する。
「リヴィオ、ニコ……」
息を呑む音すら聞こえなくなった大広場の静寂を裂いたのは、誰かの声だった。
「――条件がある」
男の声だったが、誰かなどは重要ではなかった。ひたすら頭を下げる二人にとって、その言葉は紛れもなく、獣人街そのものの言葉だった。
「二人が、二つのギャングが力を合わせて、一緒に戦うことだ! 喧嘩もせず、言い争いもせず、どっちがボスかではなく、どちらもボスだと約束できるなら――」
少しの間を開けて、街は確かに言った。
「――俺達は、いや、獣人街は手を貸すぜ! そうだろ、皆!」
二人が手を取り合うなら、街が力を貸すと。
顔を上げた二人――ニコは涙で散々汚れていた――の前に広がっていたのは、意気揚々と気合に満ち溢れた、街の人々。誰も、疑いも不振も抱いていない。
「……おう、やってやる! 聖伐隊に目にもの見せてやる!」
「見直したわ、二人とも! あたし達にできることがあれば何でも言ってちょうだい!」
「老人にどこまでできるか分からんが、やってやろうかのう」
「せいばつたいをやっつけるぞー!」「「おーっ!」」
今ここにあるのは、ギャングを信じた、住民達の意志だけだ。
「皆、かたじけない、かたじけない……!」
「……僕達は、ずっと間違っていた。こんなに優しい仲間を、危機に晒して……」
肩の力が抜けるほど安堵した二人とギャング達に語り掛けるのは、住民だけではない。
「感傷に浸るのは後だぜ、二人とも」
後ろに控えていた、街への旅人もそうだ。
「ハーミス……!」
聖伐隊と戦う宿命を背負ったハーミス達もまた、あらゆる手段と力を、街の防衛に惜しみなく注ぐつもりでいた。住民達が協力してくれると言うのであれば、猶更だ。
「与えられた時間は三日間だ。それを過ぎれば、聖伐隊がやって来る。それまでにできることを全部やって、二度目の敗北をあいつらに味わわせてやろうぜ」
「ルビーも何でもやるよ! 力だってもりもり湧いてるよーっ!」
「今回だけは、好きなだけ頼ってもらって構いません。といっても、私のような天才に任せたい仕事は多いでしょうから、そこはほどほどにお願いしますね」
ルビーとエルがやる気を滾らせている前で、クレアがリヴィオとニコの肩を叩く。
「そういうわけで、リヴィオ、ニコ。あたし達も協力するわ」
最早、二人の目に迷いはない。振り返り、街の皆に、最も大きな声で宣言した。
「……ありがとう、クレア、皆! よし、早速作業に取り掛かるぞ!」
「「おぉーっ!」」
この獣人街を、聖伐隊など近寄らせない場所へと昇華させるのだと。
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